30.リカルドと話し合い
わたしはこの一週間考えてみた。
この世界のポーションの使用期限は、夏で五日、冬で二週間ととても短い。
そんな世界で、夏の使用期限が三十日というのは、いろんな場所で変化をもたらすと思う。
まず思い浮かぶのは・・・医療。ポーションの在庫を安定して確保出来るだろうし、無駄にしちゃって、廃棄ロスになることも減ると思う。
家庭でも、常備薬として持ってて欲しい。
行商する人とか、旅人とかにも喜ばれるよね。
そして一番役に立つのは、戦の時かな。
負傷した騎士や兵士が、ポーション不足に悩まされる事も減るし、調達に苦労する事も減る。と思う。
他にも・・・色々あるよね・・・多分。
わたしはこの、ポーション瓶も道具も熱湯浄化して、熱いままのポーション液を注いだ後脱気をするという製法を、独り占めするつもりは無い。
むしろ皆がこの製法でポーションを作ればいいのに。と思ってる。
でもリカルド様はどう思っているのかな?
新しく起ち上げる商会で独り占めしちゃうのかな?
一つの商会が、その製法を独り占めしちゃって市場を独占したら・・・今いるたくさんの薬師はどうなってしまうんだろう?凄く困る事になりそう。
だからわたしは、リカルド様を説得する方法を考えた。
そして今日、このポーション工房へリカルド様が来て、商会についての詳しい事を話してくださる。
その時に特製ポーション(ひとつまみの塩入り)の事を話してみようと思う。
わたしが疲労回復の特製ポーションを調合している最中に、リカルド様がやって来た。
「やあ、お待たせ。」
「ご機嫌よう、リカルド様。
少しだけお待ちください。もう少しで完成するんです─────。できた!」
急いでポーション液を、用意した十二本の瓶に注いで脱気をした。リカルド様が近くの椅子へ座られたので、わたしも近くにある椅子へ座った。
「商会設立の資金は問題なく調達できたよ。」
「・・・素早いですね。」
「ああ、公爵家は僕に甘いからね。
マリー姫とは、これからの展望を話し合いたい。」
「はい。宜しくお願いします。」
「僕はこの商会を、ポーション瓶から薬草の収集、ポーションの調合、そして新商品の開発まで担う商会にしたいと思っている。
今、兄が工場建設の土地を探してくれているから、僕はこれから優秀な薬師を五名ほど、専属薬師として勧誘しようと思う。
それとポーション瓶を生産する工房を探して、専属で契約する。
手に入り難い薬草を収集してくる収集班も編成するよ。
体制を整えると同時に、軍に売り込みをしていく。軍や騎士団、兵士団の御用達になれば安定して利益が出るからね。
軍や騎士団、兵士団の御用達になって、安定して供給出来るようになったら、民間の診療所に売り込みをかけていく。
そのようにして全国に君のポーションを広めて行くよ。
全国に君のポーションを広めると同時に、貴族の贈答用として、超特製ポーションを広めて行く。
その貴族の贈答用を広める役割を僕の母が手伝ってくれるから、かなり期待出来るだろう。
このように考えているんだけど、マリー姫の意見を聞かせてくれるかい?」
まさか工場建設だなんてそこまで大きな規模で考えていたなんて。薬草の収集班までいるなんて、幅広い病気や怪我に対応出来るからとてもいいと思う。わたしも色んなポーションを調合したくなってきた。
軍や騎士団、兵士団の御用達になるのは構わない。
でも民間の診療所にまで売り込むと、わたしが危惧していた通りに、市場を独占してしまい、多くの薬師が大変になっちゃう。それだけはどうにか避けたい。
「リカルド様、軍や騎士団、兵士団の御用達になるのはわたしも賛成です。でも民間にまで売り込んでは、多くの薬師が困ってしまいます。お願いします。ポーションの使用期限を延ばすこの製法を、独り占めしないで欲しいのです。」
「マリー姫、世の中は厳しいのだよ。優れた物が出れば、そうでない物は淘汰される。
当然の事だよ。」
「それでも、お願いします。今すぐとは言いません。せめて、軍や騎士団、兵士団の御用達になれた後でいいんです。使用期限を延ばすこの製法を開示して下さい。無料で開示しなくても情報料を取ってもいいです。
その代わりと言っては何ですが・・・。」
わたしは、ひとつまみ分の塩が入った、一本の特製ポーションをリカルド様の目の前に置いた。
「普段通りに作ったポーションに、ほんのちょっとだけ工夫をしました。
沸騰したお湯に、ポーション一本当たりひとつまみ分の塩を入れたものです。
【特製ポーション】と言います。ひとつまみの塩を入れるだけで、薬草から効能が余すところなく溶け出し、ポーション液の色んな効能が調和します。しかも体への吸収が良くなります。それによって通常の一・三倍の効果が出ました。
どうかお試し下さい。」
リカルド様は特製ポーションを手に取ると、無言で飲み干した。
「・・・超特製ポーションほどでは無いけど、これもいいね。飲みやすいし、効果が直ぐに表れる。普通のポーションより明らかに効果が高いのを感じるよ。」
リカルド様は飲み干したポーション瓶をテーブルの上に置くと、溜息をひとつついた。
「・・・分かったよ。これで差別化を図るんだね。」
「は、はい。そ、そうです!差別化です、差別化!」
「マリー姫に嫌われて、他の人に囲われてしまうのは避けたいからね。
言う通り軍や騎士団、兵士団の御用達になれたら、この使用期限を延ばす製法を開示するよ。
そしてこの特製ポーションを、普通のポーションの一・三倍の価格で売るには問題無いよね。」
「はい。理解してくれて嬉しいです!ありがとうございます!」
「本当に君って、他の令嬢達とは違うね・・・。」
これで、多くの薬師を苦しめなくても済むと思ったら安心した。もしかしたらポーションの一般的な価格が下がるかも知れないし、貧しい人にも買える様になれば嬉しい。
そしてわたしは、もう一つ気になっていた事を言う。
「ひとつ言っておきたい事があるんですけど・・・。」
「なんだい?」
「超特製ポーションは、材料がとても希少なんです。注文を受けても、直ぐに作れません。
それに作れる人材がいるかどうか・・・。」
「どういう事だい?」
「あの・・・実は・・・超特製ポーションというのは、非常に品質のいい薬草を使用してまして。」
「うんうん。そうだろうね。」
「どのくらい品質がいいかと言うと、薬草に、妖精がぷらーんとくっついてるくらい品質がいいんです。その妖精がくっついたまま、お湯の中へポチャンと・・・・。」
リカルド様が、口を半開きにさせたまま固まってしまった。大丈夫だろうか?イケメンは、呆けた表情もイケメンだ。
しばらくの沈黙の後、ようやくリカルド様が口を開いた。
「・・・驚いたよ。まさか妖精をそのまま煮込んでたなんて。でも、まあ、納得した。
そうでなかったらあれほどの品質は簡単には出せないよね。
今のところ君にしか作れないから、注文を受ける時には、納期を約束出来ない事を伝えるよ。」
「はい。宜しくお願いします。」
「せっかく瓶の製造から携わるんだ。何か意見やして欲しい事はあるかい?」
リカルド様のその言葉で、以前から思っていた事を頼んでみることにした。前世との薬の瓶の色の違いを。
「はい。瓶についてですが、瓶の色を茶色にする事は出来ますか?」
「出来ない事は無いけど、なぜ茶色なんだい?」
「茶色の瓶のほうが品質が長持ちするんです。」
本当は光を遮断する事によって、劣化を防ぐと前世で習ったが、大まかな説明に留めて置いた。紫外線がどうとか、わたしには詳しく説明出来ない。
「そうだったのか。見た目の美しさは損なわれるけど、検討してみるよ。」
「是非お願いします。」
「それから、君と利益の取り分についてだけど、僕が六で君が四でいいかな?」
「あ、あの、どのくらい利益が出るものなのか分かりませんが、そんなにも要りません。
わたしは製法をお教えする事ぐらいしか出来ません。御身代なので自由の無い身なのです。工場へ行ってポーションを作ることさえも出来ません。それにわたしは、お金を使う用事が無いのです。ですからリカルド様が九でわたしは一にして下さい。」
「いくら何でも九:一はダメだよ。それより好条件で君を取り込もうとするやつが現れる恐れがあるからね。
七:三にしよう。いいね。」
「はい。分かりました。」
「最後にこれ、渡しておくよ。」
リカルド様は一枚の金色のカードを差し出した。
「何ですか?これ?」
「やはり見たこと無かったか。ランチェスター公爵家が管理する、従業員への給金専用の個人金庫の身分証明書だよ。
君の名義で個人金庫を作っておいた。その中にアドバイスの謝礼金を振り込んでおいたから。
ランチェスター公爵家の管理する屋敷や施設にある、門番の詰所に一緒に併設されている、給金受け取り窓口でこのカードを見せると、お金を受け取れるよ。窓口は門の外側からでも対応してくれるから、安心して。
君がお金を使うのはいつになるかわからないけど、必要とする日が来るかも知れないからね。
商会の運営が軌道に乗ったら、君の取り分である、利益の三割はそこに振り込んでおくよ。」
前世で言う、キャシュカードのようなものか。こんな便利な物があるなんて知らなかった。意外にこういうものは、勉強では教えてはくれないのかも知れない。
「ありがとうございます。大切にします。」
笑顔でお礼を言うと、リカルド様も嬉しそうに笑顔になった。
「話し合いがスムーズに運んで良かったよ。
ところで、そこにある特製ポーションは何に使うのかな?」
「あ、これはリカルド様を説得する時に、試して貰おうと思って作った残りなので、わたしとエリーで飲もうかと・・・。」
「もし、差し支え無かったら僕にくれないか?薬師を勧誘する時の、手土産として使いたいんだ。」
「そういう事でしたら、どうぞ。」
「ありがとう。助かるよ。今後の進捗状況はこの場所に報告に来るから、宜しくね。」
「は、はい。宜しくお願いします。リカルド様はお忙しくなると思いますが、無理をなさらないで頑張って下さい。」
「マリー姫は優しいね。結婚して欲しいくらいだよ。じゃ、またね。」
「ご、ご機嫌よう。」
そろそろリカルド様の、わたしと結婚したいと言う冗談には慣れてきた。
御身代として成人後もエリーと行動するわたしは、結婚など出来るはずも無い。
しかもリカルド様は公爵家のご子息だし、わたしは領地無しの男爵家の娘だ。家格が釣り合わない。
そんなわたしに冗談だとしても、結婚したいと言ってくれるのはちょっとだけ嬉しかった。
リカルド様の商会、上手く行くといいなぁ。




