29.リカルドと甘い家族
誤字脱字報告ありがとうございます!感謝です!
自宅として使っている公爵家の別館へ帰ると、早速本邸に住む父親のレンブランと母のサンドラ、兄のカルロスに夕食会の招待状を送った。
商会設立のための資金を、出資してもらう話をするためだ。
自宅へ招待しようかとも考えたが、何せ自宅の維持費、生活費から、使用人の給金に至るまで、全て公爵家から出して貰っていた。そんなところに公爵家の当主と次期当主を招待しても、ただ呼び付けるだけになってしまう。
そこで遣いの者をやり、王都内で最高級のレストランの個室を押さえた。
もちろん、費用は医師見習いとして働いた給金を貯めておいた金から出す。
公爵家が生活の費用を負担してくれていたお陰で、ほとんど使うことなく貯まっていた金だったが、働いて得た金を使う事で誠意は伝わるだろうと考えている。
そして手元にある九本の特製ポーションを、父のレンブランに五本、兄のカルロスに三本、残りの一本は自分の師匠であるノートン医師へ後日渡すために仕分けて、贈り物用として梱包の依頼を出した。
───そしてレストランでの夕食会当日。
夕刻には貴族用のフォーマル服に着替え、堅苦しくなりすぎないように少しだけ着くずす。
贈り物用に梱包された超特製ポーションを従者に持たせると、馬車に乗り込み早めにレストランへと向かった。
レストランへ着き、案内係に個室へ通されると、そこは家族で何度か食事をしたことのある部屋だった。
しばらく待つと、扉の叩く音が聞こえた。
案内係の「お連れ様がお見えです。」の声に返事をすると、何とも嬉しそうな父と母、そして兄の三人が入ってきた。
一度椅子から立ち上がり、父の次は母、その次が兄と順に席に着くのを確認すると、最後に着席した。
それを合図に食前酒や料理の給仕が始まった。
「お前から、こんな風に招待を受けるのは初めてじゃないか?」
そんな父の言葉から会話が始まった。
「医師見習いの薄給では、そう簡単にご招待できませんよ。これからはもっとご招待できるように精進しますよ。」
それからは、領地の葡萄畑ではよい葡萄が豊作で、今年は葡萄酒の当たり年になりそうだとか、またエリー姫が騎士の怪我を治癒しただとか、いつもの家族の会話が繰り広げられた。
食事も一通り終え食器が下げられると、食後の紅茶とデザートが出された。それを見計うと、部屋付きの係の者に目線を向け、軽く左手を挙げた。
部屋付きの係の者は、それを察すると他の給仕の者達と一緒に静かに部屋を出て行った。
「今回、食事にお誘いしたのは相談したい事があったからです。」
「さて、何をおねだりしてくれるのな?」
「おねだり」と言われ茶化された気持ちになり思わずムッとする。
「おねだりだなんて可愛いものではありません。実は事業を立ち上げたいと考えています。」
「金ならいくらでも用意しよう。」
父は即答だった。母も兄も嬉しそうに微笑んでいる。事業の詳しい内容も聞かず、即答で金を出すと言う、甘過ぎる父に対して苛立ちを覚えた。
「まだ事業の内容も説明してません。」
「お前の頼みだ。始めから何でも協力するつもりで来ている。」
つまりは、招待状が送られてきた時から無条件で、全てを受け入れるつもりだったのか。
なぜ、なぜ、そんなにも甘いのか?
「なぜそんなにも甘いのですか。
お父様だけではありません。お母様も、カルロス兄さんも、僕に甘過ぎる。
普通じゃない!」
思わず、今まで思っていた苛立ちを吐き出してしまった。今までこの甘過ぎる家族を気持ち悪く感じていた。
世の中はこんなにも甘くない。それなのに、この僕をぬるま湯どころか砂糖漬けにしようとする。この家族は絶対おかしい。
苛立ちを隠せない僕に、父は静かにフォークとナイフを置き、真剣な表情を見せた。
「お前は社交的で友人も多く、顔もいいから女性にも人気だ。
一見軽い性格に見られがちだが、私達は、リカルドが真面目で堅実な性格である事を知っている。
私はお前に、公爵家の次男としてふさわしい役職を与えられなかった。跡継ぎにはカルロスがいて、領地の経営にはお前の叔父達がいたからな。
いや、与えようと思えば用意できたが、与える前に、お前は自分の道を探して、自らの力で騎士団専属医師のノートン・ブルックナー氏に師事するようになった。
今思えば、お前は幼い頃から自分の立場を知っていたのだろう。だから将来の道を模索するために社交の場へよく赴いていた。様々な人から情報を得ているようだったからな。
そして今、お前は医師見習いとなり立派にやっている。きっと公爵家が生活の面倒を見ずとも、お前の力だけで生活していたと思う。お前に別館を与えたのは私の見栄だ。
お前はよくやっている。そんなお前を誇りに思うぞ。だからこそ甘やかしたくなるんだ。」
父は、そこまで僕の事を見てくれていたのか。『よくやっている、誇りに思う』そんな言葉をかけられては、胸が熱くなってくる。
「ぼ、僕は、お父様がそう仰るほど、出来た息子ではありません・・・。」
「あらあら、もう十八歳だというのに。そんなに泣いては私似の美しい顔が台無しよ。」
「可愛いヤツだな。だから兄としても何かしたくなる。」
泣くつもりは無いのに、恥ずかしながら泣いてしまった。何か言い返したいがこれ以上言葉が出てこない。
「とは言え我が息子がどんな事業を起こすのか知っておきたい。どんな事業か説明はして貰うぞ。」
「はい。では説明を・・・。」
急ぎ涙を拭い、気持ちを切り替えた。
「最近、腕のいい薬師を見つけました。
その者の技術で作ったポーションは、夏の時期に使用期限が三十日あります。検証では四十本用意し、一日一本服用した結果、四十日問題なく服用できました。それでも安全を考えて使用期限は三十日と設定しています。」
「それは凄い薬師を見つけたものだな。」
「夏に三十日だなんて信じられないわ」
「そのポーションを軍に卸せば、戦時の状況もかなり有利になるな。」
「はい。僕もそれを考え、軍事用に大量生産できる工場を建設したいと思います。」
「さすが我が息子だ。」
「さすが私の息子ね。」
「さすが我が弟だ。」
三人で声を合わせて褒める。恥ずかしいので無視をした。
「もう一つ軍事用とは別に、貴族の贈答用としての商品も扱おうと考えてます。」
部屋の隅で控えていた従者に目線を送り、持たせていた超特製ポーションを父の目の前と、兄の目の前まで運ばせる。
「疲労回復の超特製ポーションです。通常の二倍の効果があります。五日ほど前に作ったものなので、使用期限は二十五日です。どうぞお試し下さい。」
「二倍の効果と言うのは二倍濃いだけではないのか?」
「いいえ、違います。一度服用していただけたら良さが分かっていただけると思います。王に献上してもいい位の品質です。」
「そこまでの代物か。それは楽しみだな。」
「ところでリカルド、人材は足りているのか?」
「いいえ。実のところ、この薬師を技術顧問として迎え入れる約束をした以外、何も進んでおりません。」
「それならば、領地から商会の運営に役立つ優秀な者を三名、呼び寄せておこう。」
「贈答用の超特製ポーションを貴族に広めるのはママに任せてね。」
「なら私は工場用地を探してやるよ。お前忙しいだろ?」
「ありがとうございます。お父様、お母様、そしてカルロス兄さんの期待に沿える様、必ず成功させて見せます。」
「ああ、楽しみにしているよ。」
こうして、リカルドの商会設立の資金集めは簡単に解決した。
夕食会から本邸に帰ったレンブラン、サンドラ、カルロスの三人は、後日、超特製ポーションを服用しあまりの効果の高さに驚き、リカルドの成功を確信したのであった。
こんな家族いねぇよ。と思いながら書いてます。




