25.リカルドの家族
久しぶりの本邸での食事だった。
成人を迎えた時に、王都に僕のための別館と使用人を用意してもらってから、生活は別館でしていた。そしてたまには食事でも一緒にどうかと、ランチェスター公爵家から遣いの者が来た。
「リカルド、お前ももう十八だ。そろそろ結婚を考えたらどうだ?生活費の心配は要らない。お前はお前のやりたい事をやっていればいい。金はこの公爵家から出せばいいんだ。」
宰相を務める父が、本日のメインディッシュであるロブスターのソテーを口に運びながら、結婚を勧める。
普通だったら、親が公爵家のためになる家柄の令嬢を探して来て、政略結婚を推し進めるはずだ。しかし、公爵家当主である父は、決してそうはしなかった。
この公爵家は、兄のカルロスが継ぐ予定となっており、王太子であるライオネル殿下の側近として、次代の宰相に成るべく務めている。
しかも兄は五年ほど前に結婚し、跡継ぎとなる男児も産まれた。
「そうだぞ、リカルド。結婚はいいものだぞ。
お前が結婚しても、お前の家庭くらい私が面倒見るさ。」
口の中のロブスターを白の葡萄酒で流し込みながら、兄が言った。
兄も、穀潰しである僕に対して優しい。その優しさが逆に僕を苛つかせる。
このランチェスター公爵家は、広大な領地を有しているが、領地経営は二人いる父の弟、つまりは叔父たちが担っており順調だった。
つまりはこの公爵家に於いて、僕はいてもいなくてもどうでもいい存在だと言うことだ。
そんなどうでもいい存在の僕に対して、父も、母も、兄も、とにかく甘かった。
何も強要せず、お金はどれだけかかってもいい。自由に好きなことをして生きろと言う。
女だけには気を付けろとは言われるが。
如何に期待もされていないかがわかる。
「今は結婚の事は考えておりません。あと一年、医師見習いの期間を終えてから考えます。」
「そうか。お前の好きな時にすればいいが、気になる令嬢はいないのか?」
気になる令嬢・・・一人だけ思い出す令嬢がいる。エリー姫の『御身代』のマリー姫だ。欲が無く、他の令嬢達と違ってガツガツしていない。頭は悪くないが、エリー姫と比べてどこか鈍いところがかわいい。
それに、妖精が見えると言う彼女の聖力が気になる。エリー姫が治癒の能力を使う時、彼女の力が幾らか作用しているように見えて仕方がない。
「そうですね・・・。一番気になる令嬢は、マリエッタ嬢でしょうか。」
「マリエッタ嬢?初めて聞く名前ね。夜会には参加しているのかしら?」
母のサンドラが尋ねた。
「お母様、マリエッタ嬢はまだ十四歳で社交界デビューもしておりませんし、お茶会などの参加もしておりません。」
「まぁ、ならばまだ子供じゃないの。」
「サンドラはエリザベート王女殿下の『御身代』の名前は知らなかったか?」
「あら!あの『御身代』のご令嬢!だったら反対はしないわね。『御身代』になると言うことは出自ははっきりしてるものね。」
「リカルド、マリエッタ嬢で反対はないが、エリザベート王女殿下が大層気に入っている。
『御身代』の任をいつ解いて貰えるか分からないぞ。」
「はい。承知しております。」
「そうか。わかっているか。彼女は王族の覚えもめでたい。取り込んでおいて悪くない令嬢なんだがな・・・。もしかしたらライオネル王太子殿下の第二妃になる可能性もある。」
「っ!!」
思わず手にしていたフォークとナイフを握る力が強くなる。ライオネル殿下に取られたくない。そんな感情が湧いてくる。
ライオネル殿下には第一妃となる婚約者がいる。同盟関係にあるファイデリティー国の王女であるフローレンス王女だ。
体裁上フローレンス王女が第一妃であり、未来の王妃ではあるが、まだ幼く五歳だ。
この国に嫁いで来るまでに十年以上ある。
それまでライオネル殿下をお支えし、実質的な第一妃となるのが第二妃だ。
「あくまで可能性の話だ。それとだ、結婚も大事だが、もし、何か事業を起こそうと思ったらいつでも相談しなさい。資金の都合でも、人材の確保でも助けてやれる事は何でも助けるぞ。」
「あら、あなたそれはいい考えですわ。
リカルド、ご婦人達の根回しが必要だったら、ママにも相談なさいね。」
「お父様、ズルイですよ。リカルドが起こす事業なら成功間違いないでしょう。私も兄として一枚噛ませて貰いますよ。」
全く何なんだこの家族。なぜここまで僕に甘いのか?
「待って下さい。まだ事業を起こすとも何も言っておりません。話が先走り過ぎです。」
「おお、そうだった。お前の事となるとつい、必要以上の事をしたくなるのは悪いクセだな。」
「本当に私達はリカルドの事になるとダメね。甘やかしたくなるのよ。
ところでリカルド、今夜は泊まって行くでしょう?」
食事も終え、テーブルには食後の紅茶とデザートが出された。一口紅茶を口に含み、このやたら甘やかす家から逃れる事を考える。
「いいえ。ポーションの在庫を今日中に確認しておきたいので、今日はこれで失礼します。」
「そうか。忙しいのだな。あまり無理をするなよ。」
「はい。ありがとうございます。」
デザートを食べ終えると、ランチェスター公爵家を出た。そのまま別館へ帰ろうとも思ったが、帰路を変え王城内のポーション倉庫の在庫確認してから帰る事にした。
こんな家族ねぇよ。と思いながら書いてます。
 




