221.お印
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転移先の院長室ではテレサ院長、ドミニクとマリン夫妻、そしてここの孤児院出身のアンが出迎えてくれた。
「「「お帰りなさいませ、大聖女様。」」」
「皆さんごきげんよう。永らく足が遠のいて悪かったわね。」
「いえいえ、もったいないお言葉でございます。」
テレサ院長が代表してわたしと挨拶を交わす。
テレサ院長とドミニクとマリンは恭しく胸に手を当てて頭を下げていたが、アンだけは口を半開きにして硬直していた。
「ままままマリーさん?だだだだ大聖女様?」
「あら?マリン言ってなかったの?」
「はい。言うタイミングを逃してしまいまして。」
「えあ、おあ、そんな、今まで・・・。」
「アン、突っ立ってないでお茶をお出ししてちょうだい。」
「はははははいっ。」
テレサ院長の声でアンは一度院長室を出ると、紅茶セットのワゴンを押して入ってきた。
わたし達はソファに腰を落ち着かせてアンが紅茶を出すのを静かに待った。
今までアンに出迎えられたことはなかったし、紅茶を淹れてもらったこともない。
なのに今日はあえてアンにそれをさせている。テレサ院長とマリンに何かしらの意図があるのだと思った。
視界の端でアンの様子を捉える。
ん?背筋を伸ばして綺麗な立ち姿。
ん?音も静かで流れるような所作。
「お待たせ致しました。サッアム地方の茶葉を使用してございます。どうぞ。」
ん?丁寧な言葉遣い。
どうしたんだろ。
いつもは大きな声で「あんた達いい加減にしなさーい!」って子供達のケンカの仲裁してたような子が、今日はどこかの貴族のお屋敷に勤める使用人のようだ。
「ありがとう。どうしたの?
アンがブラッシュアップされてるわ。」
「気が付いていただいて嬉しく存じます。実はそのことも含めてマリエッタ様にご相談があります。」
「相談?何かしら?」
「はい、テレサ院長が体力的にもそろそろ引退を考えておいででして。そしてわたしも無理のできない体でございまして・・・。」
と言いながらお腹を擦るマリン。
そしてそんなマリンを優しく見守るドミニク。
「まあ!おめでとう!」
マリンとドミニクに赤ちゃんができた!
わたしの好きな人の喜ばしいできごと。
こちらまで幸せな気持ちになる。
「ありがとうございます。
それで私も孤児院の運営管理をしばらくお休みさせていただきたく存じます。
私が身動きできない間は、アンにここを任せようと、伯爵家でいろいろ学ばせているところでございます。
アンでしたら、孤児院の運営費のことから日々の生活のこと、子供の面倒まで信頼における人物でございます。」
そう言うマリンの後ろで、アンが姿勢を正し、手を体の前で重ねて立っていた。
孤児院の運営責任者には、それなりの礼儀作法が求められる。
慈善活動をする貴族や、孤児を養子に迎えたいという富裕層の対応をしなければならないこともあるため、礼儀作法を身につけることは必要なことだった。
それを伯爵家で身につけさせて、なおかつ孤児院の運営に問題がないのならアンに任せることに何の異論もない。
「いいんじゃないかしら。
とても美しい所作だったわ。」
「ありがとうございます。
もちろん、テレサ院長も引退後もお手伝いに来て下さいますし、私も様子を見に来たり、使用人を通じて見守りたいと思っております。」
「モニカ、この場合のアンの待遇は?」
「は、この方の身分等考慮しまして神殿に勤める灰色の職員と同じであります!」
灰色の職員。
平民で神殿内の雑務をこなしてくれてる職員だ。マリンの助手ならばそれでいいけど代理を務めるならばもう少し待遇を考え直さないと。
「でもこの孤児院を任せることも考えておきたいわ。」
「それでしたら大聖女様のお印をお与えすれば、神官と同じ待遇でも周りから認められるであります!」
「お印?」
「例えばこの腕輪であります!
この腕輪は大聖女様が信頼のおける者にしか与えない代物だと世に知られております!」
モニカは嬉しそうに言いながら腕輪をはめた手首を振った。
モニカのはめてる腕輪はモニカが個人的に作った複製品で、わたしが与えた物じゃないし、それに込めてる能力は転移じゃなくて守りの祝福だ。
それでもお印としての役割は果たしているらしい。
そうか、この転移の腕輪がいつの間にかそんな意味を持つようになっていたとは知らなかった。
家に帰れば予備があるからとりあえずわたしが嵌めているこれを・・・。
「ふぬぬぬぬぬ・・・・。」
とりあえずこれを・・・。
「ふぬぬぬぬぬ・・・・。」
わたしが身に着けている腕輪をはずそうとすると、睨むようにそれを見つめるモニカから異音が漏れる。
はて、どうしたものやら。
「大聖女様、大聖女様が身につけておられる貴重な品を渡す必要はないであります!あたしがストックをたくさん持っております故、それをアンに渡すであります!」
「そ、そう、モニカがそれでいいのなら・・・。」
どうやらわたしが使っていた物を渡してしまうのはモニカ的に我慢ならなかったらしく、モニカが個人的に依頼して作った複製品を渡すことになった。
モニカの所有物をわたしのお印として使うのは正しいことなのか不明だけど、深く考えるのは止めておいた。
マリン達はアンを孤児院の職員として正式採用してもらえるとは思ってなかったみたいで、深々と頭を下げた。
それからわたし達は孤児院の子供達の様子を見た後、わたしの真珠貝を採取するため海辺へと向かった。




