218.燃やす
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長期休暇のスーザンの代理でモニカがわたしの側に付くようになった。
予定ではあとひと月はスーザンもいるはずなんだけど、結婚式の準備だったり、城に呼び出されたりしてモニカの出番が多くなっていた。
「あっ!大聖女様!肩に髪の毛が!
へ、へへっ、一本だけ抜けてました。」
「あ、ありが───!!」
わたしは素早い動きでモニカの手首を掴む。
何を考えているのか、モニカはその一本だけ抜けた髪をハンカチーフでくるみ持ち帰ろうとしていた。
わたしは無言の圧力をかけながら静かに首を横に振る。
「で、ですよねぇ・・・。へへ。」
まったくもう、油断も隙もあったもんじゃない。
最近のモニカの大聖女好きはおかしな方向に行きつつあり、少し変態っぽくなってきた。
この前なんかおやつのクッキーを食べた後、「指をお拭き下さい。」ってハンカチーフ出してくれて、なんて細やかな気配りができる子なのっ?!って感動してたら、ニヤニヤしながらその指先を拭いたハンカチーフを別のハンカチーフでくるんでポケットへしまうという訳分からん事案が発生したばかりだった。
わたしはモニカの手のひらにあるその髪の毛を指先で摘まんで取り返すと、グローリアへ渡してどっかへ捨ててくるよう頼んだ。
「そう言えばモニカにも守りの祝福かけなきゃね。」
ふと思い出して言う。
スーザンにも守りの祝福をかけてたんだけど、モニカにはまだだった。
大聖女と近い関係ってことで良からぬことを考える輩がいないとは限らないので、スーザンと家族には守りの祝福をかけていた。
「ふ、ふおぉぉぉ・・・・。
あ、あたくしにもですかっ?!」
「そうよ、わたしの側近になったばかりに危険な目に遭ったりしてはいけないわ。」
「そ、それでしたら!しょ、少々お待ちを!」
モニカは急に執務室を出ると、パタパタと足音を立てて去って行き、またパタパタと戻ってきた。
忙しない。普段は走ったりせずに貴族の令嬢としての振る舞いもできるのに、大聖女がらみになるとこうも慎ましやかさの欠片もなくなるのか。
「はあっ、はあっ、こ、これに、これにお願いしますっ!!」
モニカが大事そうに両手で包むように持ってきたのは水晶玉の嵌められた金の腕輪だった。
「そ、それって・・・。」
そう、わたしの手首にはめられた腕輪と全く同じデザイン。
転移や通信、手紙のやり取りを手っ取り早くやりたいときに便利なアイテムで、わたしが神殿を通して個人的にオーダーメイドしているものだった。
この腕輪を持っているのが、わたしとエリック、諜報活動しているケビンだけで、予備としてもうひとつ作ってあるので合わせて四つしかないはず。
それがモニカの手の中にひとつ。
「なぜモニカがこの腕輪を?」
「はいっ!大聖女様が依頼している工房にお願いして、同じ物を作ってもらうよう依頼しました。
あたくしのコレクションのひとつであります!装着用、鑑賞用、布教用と三つ作りましたが、これは装着用なので全然大丈夫であります!」
何がどうで大丈夫と言っているのかわたしにはまったく理解できないが、モニカが瞳を輝かせて腕輪を差し出してくるので、まあ、喜んでくれるのならそれでいいか。と腕輪の水晶玉に守りの祝福をかけることにした。
「はい、これでもう大丈夫。
常に身に着けてね。」
「ふおぉ・・・スーザン様に勝った・・・。」
一体何の勝負をしているのか解らないが、腕輪を嵌めた手首を掲げて嬉しそうに眺めているので詳細は聞かないことにしておいた。
今日は先代の大聖女ソフィーア様をお呼びして、とある相談をする予定だった。
それはエリックから受け取った『国家戦略指針』というナディル帝国が世界制覇をするための戦略や戦術が記されている本で、その本の処分方法を話し合うためだった。
アディーレ大神殿のマクシム神殿長の執務室には、マクシム神殿長、統括組の神官長、ソフィーア様、そしてモニカとグローリアを伴いわたしも同席した。
「どうしてかナディル帝国には近付きたくないという嫌悪感があったけど、その正体はこれだったのね。」
ソフィーア様は興味深そうに『国家戦略指針』と金色の文字で描かれた黒く重厚な表紙を捲る。
「はい。わたしも『どうしても足を踏み入れたくない地』という感覚があって避けていたので、エリック帝王からこれを受け取った時には何かがストンと腑に落ちた気がしました。」
「本当にそうね。
マリエッタさんはこれをどう処分するか決めましたか?」
「はい、ソフィーア様と神殿長の立ち会いのもと、焼却処分しようかと。」
「それがいいわね。」
「ソフィーア様、マリエッタ様、この本は大聖女の歴史において貴重な資料となりましょうぞ。その上、ナディル帝国に対しての何かしらの交渉の切り札となるかも知れません。本当に燃やしてしまいますか。」
「ええ。」
「当然です。」
神殿長の言葉にはどこか捨てるには惜しいというようなニュアンスが含まれているが、わたしにとってはメッタメタのギッタギタのケチョンケチョンにしてやりたいくらい存在が許せない。
多分ソフィーア様も同じだと思う。
「いやいや、あくまで最終確認です。
焼却処分に反対するつもりはございません。では早速昇華施設のほうへ参りましょうか。」
昇華施設とは世界中の信者から寄せられた願い事が綴られた手紙を焼却するところ。そこでは手紙以外に書類や不要になった本、衣類などを燃やす焼却炉もある。
わたし達が移動のため腰を上げようとしたときだった。
「あ、あの!一生のお願いがあります!その本、絶対に!人に見せたりしないので・・・」
「なりません!グローリア、外へ連れ出して。」
「は。」
わたし達の行動を遮って声を上げたのはモニカだった。
わたしはモニカが何を言いたいのか即刻理解して言葉を遮り、グローリアに退室させるよう促した。
「ああぁぁぁー!厳重に!管理しますのでぇぇぇー!どうかあたくしにぃぃーーー!」
「黙れっ!」
グローリアに後ろから羽交い締めされながら、引きずられるようにモニカは出て行った。
「・・・。」
「ソフィーア様、申し訳ありません。
悪い子ではないのですが、大聖女に関して変な収集癖があるようでして・・・。」
呆気にとられるソフィーア様に先ほどの醜態を詫びる。
大聖女が下した判断を覆そうだなんて本来ならあり得ないのだ。
「・・・秘書官は選んだ方がいいわよ。」
「はい。仰るとおりです・・・。」
今回だけだぞモニカ。
次に同じようなことをしたら秘書官補佐は退任してもらうわよ。
わたし達は昇華施設へ移動して、いくつもの焼却炉が並んだ場所でその一つの前に立った。
「行きます。」
『国家戦略指針』を抱えた白神官が、焼却炉の蓋を一瞬だけ開けるとすかさずそれを放り込んだ。
その本は古い時代に製本されたものだからか、よく燃えた。
わたし達は一言も発することなくそれを眺める。長い大聖女の歴史が一つの区切りを迎え、新しい歴史が始まった気がした。




