214.召集会議②
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俺は懐から一通の書簡を取り出す。
「こんな物がアレクサンダーの執務机に入っていた。」
俺はテーブルの真ん中へナディール王国からの書簡を放るように置いた。
「これは?」
「ナディール王国からのネストブルクの戦いでの損害賠償や慰謝料を請求する書簡だ。」
「なっ?!」
ローエンハイム宰相は、すかさずそれを手に取って開く。
書簡の文字を追う目が徐々に見開かれていった。
「こんな金どうやって・・・。」
他国を侵略し続けて土地を、金を、資源を、そして人さえも奪い続けた帝国は、逆に奪われることを知らなかった。
分割して払うにしても十何年と支払い続けなくてはならない賠償金額がそこには記載されていた。
「ネストブルクの戦いから三年以上経ってなお、王国が攻め入る兆しは見えません。このまま無視をしておけばよいではありませんか。
開発中の兵器を完成させて、次こそ勝利し王国を我が国の領土へと併合してしまえば、こんな請求なかったものにしてしまえばよろしいのです。」
閣僚の一人が言った。
この国は何でもかんでも戦で解決しようとする。
それがこの国が落ちぶれていく原因だとなぜ解らないのだろうか。
「しかしですな。
ここに居る諸侯は、彼の国をその目で見たことがない。
彼の国は豊かで民は活気に溢れ、国全体に力が漲っているのがわかる。
しかも大聖女様がおられる国ですぞ。
軍事力だけを見れば我が国の方が勝っているやも知れんが、いざ戦になれば、ただでは済まされますまい・・・。
先の大戦がいい例ではござらんか。」
言ったのはロナウド将軍だった。
俺もロナウドと同意見で、戦になれば『国の体力』があちらの方が勝っていると考えている。
「あれは、『聖女の矢』が・・・。」
「あちらは大聖女を味方に付けて卑怯で・・・。」
「アレクサンダーが未熟であったがために・・・。」
と負けた原因が、当時大聖女候補として見出される前の大聖女の『聖女の矢』であることや、拙い采配をしたアレクサンダーにあると閣僚らは口ごもりながら言い訳をする。
「俺も未熟だ。
それに大聖女は亡くなったエリザベート王女の御身代だったのは周知の事実であろう。また戦となれば大聖女の怒りを買うことになる。」
「「「・・・。」」」
ここにいる者は皆、大聖女のマリエッタが俺と恋仲にあることは知っているが、同時に故エリザベート王女の御身代であったことも知っている。
例え恋仲だとは言え、戦となれば大聖女はどちらの味方に付くのかは明白だった。
「ロナウド将軍の言うとおり、ナディール王国はとても豊かで食糧、物資、ミスリル武器、そしてポーション。
帝国よりも勝っている物は多い。
それに近隣諸国と同盟を結んでいるため、援軍を頼まれたらこの国の存続自体危うくなる。
故に次こそはと再び戦を仕掛けることはしない。
支払う賠償金を確保するために早急にこの国の財政再建にとりかかるしかないだろう。
もちろん、分割払いや金額の引き下げの交渉をするつもりだがな。
皆に問う。財政再建のよい政策案を提示してくれ。」
「「「・・・。」」」
『戦』という解決方法しか知らない者達は再び黙り込んでしまう。
ここで『増税』と一人ぐらい申し出るのならばまだマシだったのだろう。
ここにいるそれぞれが納税側でもあるためそんなことを言い出す者は一人もいなかった。
「分かった。税収を上げるため農作物の収穫高を上げることから着手しようと思う。農業に携わる部署はどこだ?」
「「「・・・。」」」
「土壌改良や灌漑について詳しい部署は?」
「「「・・・。」」」
まさか誰も回答ができないとは思いもよらなかった。
この国は異常なまでに軍事に傾倒しすぎている。武器開発の部署はあっても農業開発の部署などないということか。
「まあいい、専門部署を後で発足させよう。農作物の収穫高を上げることができればそれを流通させ国内の経済を活発にさせねばならない。
橋梁、トンネル工事、道路整備など土木や建築に携わる部署は?」
「「「・・・。」」」
「まさか土木建築の部署などないとは言わないよな。」
「・・・陛下。
恐れながら、土木建築の部署もございません。
敢えて言うならばそれは軍の特殊部隊の管轄にございます。
行軍の作戦で道を作り、橋を架けたりトンネルを掘ったりする部隊があります。
しかしそれは行軍を目的とした工作物なので耐用年数は長くはございません。
逆に頑強な造りのものは敵に攻め込まれやすくなるため避けております。」
「またしてもか・・・。」
流通を活発にしたくても戦がそれを邪魔をする。やはり南方の戦も全国各地の紛争も早急に解決せねば何も始まらないという訳か。
いち早く解決できる紛争地帯はどこなのか。どこでどのような争いが起き、どのような解決策が有効か話し合うため、地図を用意させた。
「優先して紛争を終結させたいのが穀倉地帯である西南地方のここ。
ここの紛争の原因は知っている者はいるか?」
「確か領主家の三代くらい前の跡目争いが原因だったとか。」
「いや、隣の領地との水利権の問題じゃなかったか?」
「いや、農家の反乱と聞いたことがあるような。」
誰も確かな情報を把握していなかった。
「誰も調べたりしなかったのか?」
国として重要な地域である穀倉地帯の問題を誰も確かなことを把握していない。
政治を担う者としてどうなんだと思わざるを得ない。
「我々も自領地に問題を抱えている立場です。他領地のことに首を突っ込んでいる場合ではなくて・・・。
我々より、王族の方々の方が把握なさっているとお聞きしました。」
「アレクサンダーなら各地の紛争について把握していると?」
「あ、いや、アレクサンダーはその手の話には無関心でして、敢えて言うなら前第三王妃のミランダ、そしてジェフリー・ガジック辺りなら把握していた可能性も。後は妃教育を受けた元公爵令嬢のスーザン・デストワーグナー嬢が追放前に国政を手伝っていたこともあるので詳しいかと・・・。」
「スーザン・デストワーグナー?」
どこかで聞いたことのある名だと思った。でも思い出せない。
「はい、デストワーグナー家の生まれで、アレクサンダーの元婚約者でもありました。リリーティア殺害未遂の嫌疑をかけられ国外追放処分となりましてございます。その後スーザン嬢はアデル聖国へ渡り聖女の道へお進みになり、その後その才を買われ大聖女専属秘書官を務めておられます。」
大聖女専属秘書官──。
俺はマリーの一歩後ろに控えるいつも無表情の女性を思い浮かべる。
確か彼女はマリーの家の養女になり、ライオネル王太子の第二妃として婚約していたはずだ。
そうか、彼女が追放されたアレクサンダーの元婚約者か。
今となってはそのリリーティア殺害未遂の容疑も怪しいものだ。
貴重な人材を逃すとはアホなことをしてくれる。
こうなったら紛争の当事者を召集し話し合いの場を設けるところから始めるべきか。
何一つ事が運ばないことに苛立ちと疲れがどっと押し寄せる。早急に解決しなくてはならないことばかりなのに、その全ての道のりが遠い。
金が足りない。
時間も足りない。
人材が足りない。
知恵も足りない。
それに何より、俺自身に政の経験が足りない。
ないない尽くしで頭が痛くなってくる。
俺はふと、あの王太子だったらどう対処するのだろうか。とあのいけ好かない黒髪の男の顔を思い浮かべた。




