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あたしも聖女をしております  作者: 斉藤加奈子
第三章

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211/231

211.国家戦略指針

誤字脱字報告ありがとうございます!感謝です!

 帝国城を制圧し、俺が新たなナディル帝国の帝王となった。


アレクサンダーの処分は王族を隔離するための城、北の離宮へ幽閉し、ミランダとミランダの生家であるガジック伯爵家の中で事件に関わっていた者は処刑、そして伯爵家は取り潰されることになった。


ガジック伯爵家以外のアレクサンダーの支持派閥については、特に処罰は下していない。

アレクサンダーは実際にこの国の帝王だったのだ。どれだけ愚王であったとしても、帝王を支持することが罪になるのなら、何であったら許されると言うのか。それが理由で不用意な処罰は避けることにした。

ただ、唯一リリーティアの後ろ盾となっていたデストワーグナー宰相だけは更迭させてもらったが。


 俺と母親が襲われたのが二十一年前。

俺が乳児だった時にアレクサンダーはまだ三歳だった。

アレクサンダーが俺や母親の殺害計画に無関係なのは明白であり、それについて罪には問わず処刑としなかった。


しかし、王国との戦での敗戦の責任や、妻だったリリーティアが起こした大聖女候補の誘拐事件などの責任を負い、生涯幽閉することに至った。


幽閉されたアレクサンダーの様子を見に行けば、肩を落とし、眠れていないのか顔色も悪く、まるで別人かのように弱々しい男になっていた。


思えばこの男も気の毒だと思った。

妻は罪を犯しどこかへ消えた。

父も死に、母も先日処刑された。

後ろ盾となるガジック伯爵は処刑され家は取り潰し。

幽閉されてから面会に訪れる者もいないので恐らく友人もいないのだろう。

本当の意味で孤独となってしまった。


王国へ潜伏していた俺もどうしようもない孤独感に苛まれたりしたが、そんな俺よりも深い孤独を味わっていることだろう。


皮肉なことに幽閉された今、アレクサンダーの口を覆っていたマスクが不要となっていた。

声が戻り、話すことが出来るようになっていた。


俺はこの男に対して同情の気持ちがあったのだろう。

この男と兄弟である俺しか面会に訪れる者はいないようで、何か話をしてみようと思い至り時々会いに行った。


この国を治める上で何か役に立つ情報を引っ張り出せればそれで良し、そうでなくとも血の繋がった『兄』という存在を少し知ってみたかった。


「アレクサンダー兄上にとってこの国はどのような国でしたか。」


そう問えば、アレクサンダーはぽつりぽつりとどのような思いで王座に就いていたのか語った。


「どのような国・・・そうだな・・・世界を掌握するための足がかりとなる国だな。俺は先代も、先々代も成し遂げられなかった覇権の道を───。」


世界はナディル帝国のために有り、己ならば世界を掌握できるという根拠のない自信があった。

そして帝王へ即位して己の栄光を知らしめようと功を焦る気持ち。


──何と世間知らずで傲慢な男か。


無言で話を聞いていたが、如何に狭い世界で生きてきたのかが分かるだけで、残念ながら統治者の語りとして大して参考にならなかった。


しかし久し振りに声を出せた喜びか、それとも俺という存在を認めたからか少し饒舌になっていたように見えた。



 制圧後は寝る暇がないほど多忙を極めた。アレクサンダーが使っていた執務室をそのまま俺の執務室として使い、慣れない膨大な量の書類と格闘する日々となってしまった。


おかげでマリーと話す暇もなく、いつになったらマリーを迎えに行けるのか全く目処が立たない状況に辟易としてしまう。


 この国は軍事に特化した国で、国家予算も軍事関係に多くが費やされていた。

そのせいで学問、医療、福祉、環境整備など他国に比べはるかに遅れを取っていた。


特に気になるのは、貧富の差が激しすぎることだった。この国の食糧事情は大変乏しく、民の多くが痩せ細っていた。


それを解決するには喫緊に食糧問題に取り組まなければならず、森や荒れ地を開墾し、農業従事者を増やす必要があった。


しかし民が安心して畑仕事をするためには、国のあちこちで起こる紛争を収めなければならなかった。


過去に帝国が滅亡させ、この国の領土となった国の民が反乱を起こしたり、傭兵崩れの盗賊、領地拡大や鉱山、水源の利権を争った領主同士の争いなど、国中で起こる紛争のせいで簡単に農地を広げられる状況にさえなかった。


民が安心して農業が出来るようにしなくてはならない。

そのためにはやらなくてはいけないことが多すぎる。


俺は各地で起こる紛争の解決を探るため、あらゆる資料を読み漁った。


 帝王の執務室の隣には、帝王のみが入れる書庫がある。

そこにはこの国が如何にしてこの国の領土を広げてきたのか、戦法、相手の弱点、秘密の兵器や暗殺部隊について事細やかに書かれた本が収められていた。


そしてそれらの本の中で、気になる一冊を見つけた。


他の本に比べて古く、一際重厚に装丁されたそれは『国家戦略指針』と書かれていた。

黒皮の表紙に金色で描かれた題字と装飾。


表紙を捲ると綴られた羊皮紙は色あせていて、表紙だけ何度も装丁し直されたのが分かる。


書体や文章がかなり古い書き方がされていて読みづらいが、要は世界征服を目指すために何が必要かということが書かれているようだった。


そしてこの本の第一章に書かれていたのは、「大聖女を王妃として娶り、大聖女を存分に使いこなし、世界統一に寄与させよ」ということだった。


大聖女の持つ守りの祝福で無敵の軍を編成し、転移の能力で敵の城へ一瞬で攻め入り、聖女の矢を用いて邪魔者を戦闘不能に陥れる。


その他にも大聖女には鉱山や水脈を見つけることや、自然災害や天変地異を起こすことも可能なため有効に活用せよ。

と書いてあった。


「何だ・・・これは・・・。」


これがナディル帝国の根幹か。

大聖女とは女神の代理人とまで云われているだけあって、その能力は神がかり的だ。実際マリーのすることを目の当たりにして何度も驚かされてきた。


その大聖女の力を戦に利用しようと考えていたのか。

これは大聖女の意思を無視して、戦争兵器として使い潰すのと同義ではないか。


ダメだ。

こんなこと許されるはずがない。

マリーがこの国を忌み嫌うはずで、歴代の大聖女がこの国へ訪れなかったのもこの本のせいではないかと思えた。


俺はこの国を変えなくてはいけない。

そのために最初にやらなくてはならないこと・・・。


それはこの本を処分してしまうことだと確信した。


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