210.突入
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『神殿長、大聖女の信頼を得たいのならば、私を支持すると明言なさるのは止めた方がいいのでは?』
腕輪の向こうから聞こえてくるエリックの声。わたし達セディア神教は、政治に宗教は関わらないことを信条としている。だから特定の派閥を支持するなんて明言してはいけない。
エリックの立場からすれば神殿長のその言葉はとても心強いものだったろうし、神殿側の支持は喉から手が出るほど欲しいものだったと思う。
でもエリックは宗教のトップである大聖女のわたしのためなのかそれをはね除けてくれた。
嬉しい。
胸がきゅぅぅと締め付けられて切ないような気持ちになった。
はい好き。今すぐ好き。たくさん好き。
もう、わたしにはこの人しかいないと思ってしまう。
「マリエッタ様、盗聴はいかがなものかと。」
「しっ!向こうに聞こえちゃうじゃない。」
声を潜めてグローリアに注意する。
ほんと、盗聴だなんて人聞きの悪い。
わたしはエリックの心配をしていてですね。向こうで嫌な目に遭ってないかなーとか、怪我とかしてないかなーとか、時々腕輪に神気を込めて向こうの様子を盗・・・じゃなくて確認している訳ですよ。
こんなこといつもやってる訳じゃないのよ?エリックが王国を発ってから一日一回、何してるかなー?って感じで、腕輪から聞こえてくる様子をちょっとだけ窺ってるだけよ?
そのほとんどが忙しそうで話しかける雰囲気じゃなかったし・・・。
シェーネス東神殿の人たちのことは別に嫌っている訳じゃない。
リリーティアに情報を流した件も別に怒ってはいない。だって自国の王妃に聞かれたら誰だって話しちゃうと思うから。
でも事件は起こってしまったから何かしらの処罰は受けてもらったのであって。
それなら何故シェーネス東神殿に近寄らないのか?
こればっかりは何となくとしか言いようが無いんだけど、きっと歴代の大聖女の方々もそうだったと思う。
何故かシェーネス東神殿を含めてナディル帝国に近寄りたくない。
理屈じゃなくて、嫌な何かを感じてしまって。
✳
城を包囲して二週間が経った。
城勤めの文官や使用人のほとんどが城から避難したと報告が上がった。
城内にいる帝国軍の兵士も投降した者も多く、城内に残ったのはアレクサンダー達と、それらが立てこもる王宮を守る兵士のみとなった。
「皆の者!我等には帝国をあるべき姿へ戻すため、帝国を平和と繁栄に導く使命がある!大義は我に有り!!今こそ!アレクサンダーを討つ!」
「「「おおー!!」」」
「破城搥用意!!突撃!!」
「「「うおおおぉぉぉ!!」」」
地鳴りのような激しい衝突音とバリバリと扉が割れる音を何度か繰り返すと、ついに城門は破られた。
国政を取り仕切る国政城はローエンハイム家が制圧、
様々な行政を執り行う行政城は協力者らが制圧、
軍事を取り仕切る軍務城はロナウドが制圧した。
そして俺は王族の住まう王宮城を制圧するべく兵を率いて馬を駆る。
王宮城の前には、ここにアレクサンダーがいるのだと示しているかのように、帝国軍が待ち構えていた。
しかし圧倒的な兵数でそれを打ち破り突入する。
全ての出入り口を塞ぎ、屋上から攻め込む部隊も壁をよじ登って行く。
王宮内では、大盾を構えた部隊を前面に出して攻め入った。
アレクサンダーには守りの祝福の宝剣(マリー曰くあの宝剣の力は守りの祝福と全く同じものだということだった)があるため迂闊に近づけない。だが攻撃を目的としない盾ならばかなり近づけることが判明し、目前まで追い詰めた。
「アレクサンダー!大人しく投降し、その剣を渡せ!」
大盾部隊の向こうで、アレクサンダー、ミランダ、そしてガジック一族が身を寄せ合っていた。
アレクサンダーは宝剣を構え、こちらを睨む。何かを言いたげではあるが、ふうふうと鼻息を荒くするばかりだった。
「エリックを騙る偽者め!
エリック王子は強盗に襲われて死んだのよ!お前がエリック王子である証拠は何処にもないわ!」
アレクサンダーの後ろで喚き叫ぶミランダ。
王家に生まれた者には、王族である証明として生まれたと同時に渡される物がある。それはネックレスのペンダントにしている銀のプレートだった。
銀のプレートの表には王家の紋章である火を吹く獅子と、裏には俺の名前が彫られている。
俺は首下からそのプレートを取り出し掲げて見せた。
「これが証拠だ。」
「それも偽物だろう!
帝国の秩序を乱す逆賊め!
王に刃を向けたこと、目にもの見せてくれるわ!」
と吠えるジェフリー・ガジック参謀。
そもそもの逆賊はお前達ではないか。
王位継承順位一位の俺を亡き者にしようと謀ったのはお前らの方ではないか。
アレクサンダーの後ろで守られながら喚き叫ぶ者達を冷めた目で見る。
何と愚かな。
宝剣に守られなければ吠えることしか出来ない者達。正直、ここまで愚かな者達に囲まれたアレクサンダーが気の毒に思えてくる。俺自身はアレクサンダーに恨みも憎しみもない。
ただこの男はこの国の統治者としてあまりにも相応しくないだけだ。
この国は変わらなければならない。
平和で、活気のある国へ!
今こそ、この国を変える時!
「アレクサンダー!お前の時代は終わりだ!」
アレクサンダーの宝剣の力と俺の守りの祝福が拮抗し、反発し合い、バチバチと音を立てる。
「チッ、くそっ!!」
どうしてもアレクサンダーに近寄れない。何か、何か打開策はないものだろうか。
✳
エリックの様子をこっそり窺う。
二週間かけて城の中にいる人達を逃がし、警備や帝国軍の兵士を懐柔し、そろそろ城の中がアレクサンダー、ミランダとガジック一族、そして一部の帝国兵のみを残すという状況になったみたい。
いよいよその時が訪れ、エリックが檄を飛ばす声が聞こえた。
お願い。
無理しないで。
どうか無事でいて。
時々剣を打ち合うような音が聞こえる度、心配でたまらなくなる。
エリック達はいくつかの敵をいなし、順調にアレクサンダー達のいる王宮へと辿り着いたようだ。
しかし宝剣を前にどうしてもアレクサンダーを捕らえられない様子だった。
バチバチという音と共に、エリックの舌打ちと「くそっ!」という言葉が聞こえてきた。
今だわ!!
✳
突如、辺り一面が目を開けていられないほどの眩しい光に包まれた。
この光は!
「マリー!何故来たんだ!
危ない!帰るんだ!」
俺らとアレクサンダーの目の前に現れたのは、やはり大聖女のマリーだった。
武装した護衛と、錫杖を手にした秘書官を従えて、突如現れたその姿は神々しささえ感じさせた。
女神の降臨かと思わせるような登場に、周囲の者は一様に目を奪われていた。
「ごめんなさい、エリック。
これは、わたしがやらなくてはいけないことなの・・・。」
申し訳なさそうにマリーは謝るが、帰ろうとしない。
そしてゆっくりとアレクサンダーへ近付いていく。
いくら守りの祝福があって、護衛も引き連れているとは言え、闘争中の相手に近付くだなんて無謀過ぎる。
もし万が一のことがあってからでは遅すぎる。
マリーは信仰の対象であり、人類の希望なんだ。
マリーにはアレクサンダーの宝剣の力は全く意味を成さないのか、一歩一歩アレクサンダーへと近付いて行く。
「大聖女!陛下を守りなさい!陛下をお守りし逆賊共を追い払えば、王妃として迎え入れてあげるわ!帝国の王妃となれる又とない機会よ!」
大聖女に向かって呆れた物言いをしたのは前第三王妃のミランダだった。
この国の王族は一体何なんだ。世界中の何処に行っても大聖女にこんな口の利き方をする者は見たことがない。
「結構です。わたしには心に決めた人がいますので。」
チラリとこちらを見て頬を染めるマリー。かわいいけど、かわいいけれども!
今そういう雰囲気じゃないんで!
「貴女、スーザンね!貴女も何とかしなさい!貴女には昔、特別に可愛がってあげたでしょう!私への恩を忘れたとでも言うのっ!!何だったら貴女をまたアレクサンダーの婚約者にしてあげてもいいわ!私達を助けなさいっ!!」
「私も結構です。
私にもすでに婚約者がおりますので。」
とポッと頬を染める秘書官。
お前もか!
「私達を助けなさい!」と前第三王妃のミランダだけが喚き叫ぶ中、俺達はことの次第を見守ることしかできなかった。
アレクサンダーは宝剣を構えてはいるものの、剣先が小刻みに震えていた。
「その剣をわたしへ。」
マリーが右手を差し出す。
アレクサンダーは一歩も動けず、剣を握りしめる手が緩んだ。
マリーが剣先まであと一歩というところまで近付くと、アレクサンダーの手からカランと音を立てて剣が落ちた。
周囲は今何が起きているのか、そして何が起きようとしているのか、いまいち状況が理解できていない様子だった。
マリーの護衛の一人が落ちた宝剣を拾い、マリーへ手渡す。
マリーはそれを受け取ると、束の部分に嵌められた水晶にそっと指先で触れた。
すると宝剣の守りの祝福が解除されたのか、艶やかな輝きを放っていた豪奢な宝剣が急にくすんだように見えた。
例え守りの祝福が解除され、ただの派手な剣となってしまったとしても、歴代の帝王が代々受け継いできたそれは、帝王であることを証明する大事な宝剣であることには変わりはなかった。
「マリー、それをこちらへ!」
俺は宝剣をこちらへ確保しようと、手を伸ばしかけた。
「はい、これでこの剣に込められていた守りの祝福は解除されました。
これは一旦持ち主に返します。
これからは自分の身は自分で守って下さい。」
「・・・?」
「「「は?!」」」
あろうことか、せっかく手に入れた宝剣をマリーはアレクサンダーへ返却した。
戸惑いながらそれを受け取るアレクサンダー。
「マリー・・・なぜ、返してしまうんだい?」
「ごめんなさい、エリック。
わたしはこの宝剣に込められた守りの祝福についての責任はあるけど、この政変については介入できないの。」
「そ、そうか・・・。」
俺に守りの祝福を授けてくれた時点で今更な気もするが、こちらが勝利したのも同然であるのは変わりがないので、この事態を受け入れることにした。
「じゃ、わたしは帰るわね。
エリック、頑張ってね!」
「お、おう・・・。」
再度辺り一面が眩い光に包まれて、大聖女一行は忽然と消えていった。
「「「・・・。」」」
場の緊張感が皆無となってしまったのはとりあえず気が付かない振りをして、俺は剣で軽くアレクサンダーの持つ宝剣を払い落とし、そのままアレクサンダーの膝を突かせた。




