202.再会
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わたしは平民の服を着て、ブラウンのかつらをかぶり瞳の色をごまかすためのだて眼鏡をかける。
バークレイ夫妻はそんなわたしの様相に少し驚いた様子だったが、市井へ行くときは大抵こんな格好だと説明すると納得していた。
スーザンにはバークレイ侯爵家の使用人に扮装してもらった。それでこれから始まるエリックとバークレイ侯爵との話し合いで、行方不明となっていたご子息があるべき場所に戻っていく成り行きを部屋の隅で見守ってもらうつもりだ。
王太子の第二妃になるスーザンにそんな格好をさせるのは・・・と、侯爵夫妻は戸惑っていたがこれもよくあることだと納得してもらった。
そしてわたしだけバークレイ侯爵家の馬車に乗り込み、御者台には護衛のグローリアも座って、エリックとテオと、そしてロッキーを迎えに行った。
テオはバークレイ侯爵家の馬車を見て、「金持ちが乗る馬車だ!」とはしゃいでる。
いつもより綺麗な服を着させられたテオにエリックの覚悟みたいなものを感じた。
馬車の中で「どこいくんだ?」「誰に会うの?」と何度もテオに聞かれたが、それに対してエリックは、テオの頭を撫でながら「大事な人に会いに行くんだ。」「行儀よくするんだぞ。」とはっきりしたことは言わなかった。
侯爵邸へ到着すると、テオは侯爵の住む邸を馬車の窓にへばりついて眺めていた。
馬車の扉が開き、テオとロッキーが元気に飛び降りた。
それを見ていた出迎えの執事がテオに一瞬目を奪われはっと息を飲んだ。
執事は五十代くらいのベテランで、恐らく誘拐される前のテオを知っているのだろう。それでも直ぐに接客用の笑みを作りエリックに向き直った。
「エリック様、テオ様、ようこそおいで下さいました。侯爵が中でお待ちです。ご案内致します。」
「出迎え感謝します。
こいつはテオと兄弟のように育ったロッキーといいます。こいつも一緒にいいですか?」
「・・・ええ、かまいません。どうぞ。」
執事は一瞬ためらったが、テオにとってロッキーは大切な存在だと理解すると許可してくれた。
侯爵邸の中をテオは珍しいものを見るかのようにキョロキョロしながら歩く。
応接室に着き、執事が扉を開けてくれたので、エリック、テオ、ロッキー、わたしの順で部屋へ入った。
「「!!」」
すでに部屋で待っていたご夫妻がテオを見て言葉を詰まらせた。
夫人に至っては口を押さえて今にも泣き出しそうになっていた。
「お初にお目にかかります。
旅芸人をしているエリックと申します。こちらは弟のテオ、そしてロッキーです。
テオ、ご挨拶を。」
「テオです。九歳です。得意技は皿投げです。」
テオが胸に手を当ててペコリとお辞儀をするとロッキーも「わふん!」と挨拶をした。
「私の名はマークス・バークレイ。
こちらは妻のケイトリンだ。
本日はわざわざ来てくれてありがとう。」
侯爵が挨拶を返すが、その目はテオを凝視したままだ。
席に座り始まった会話は、最近めっきり寒くなってきたと時候の挨拶から始まり、お仕事はどんなことをしているのかとか当たり障りのない内容だった。
そんな話の内容のせいでテオには当事者意識が薄いようで、「なあマリー、お菓子って食べてもいいのか?」と小声で耳打ちしてきた。
お相手の方がどうぞって言ってからよ。と言う前に、
「テオくん、どうぞ食べて。
おかわりだってたくさんあるわよ。」
と眩しそうな眼差しを向けて夫人が言った。
「いただきます。」
テオはぺこりと軽く頭を下げてクッキーに手を伸ばした。
それを見て夫人は瞳を潤ませながら嬉しそうに微笑んだ。
侯爵も、夫人も、血の繋がった親だからだろうか。すでにテオが自分達の息子だと感じているようだった。
「私がテオと出会ったのが、八年前のことです。収穫祭の時期は毎年アデル聖国で公演をするのが恒例で、その年もアデル聖国の聖都を目指して幌馬車を走らせていました───。」
エリックとバークレイ侯爵の会話が、いつの間にかエリックがテオを拾った時の話に移っていた。
「バークレイ侯爵。ご子息が行方不明になったときの状況をお伺いしても?」
とエリックはテオを拾った当時のことを話した後、次は侯爵が話す番だとばかりに促した。
テオはさすがに自分のことを話しているのだと理解したらしく、クッキーを手にしたまま固まっていた。
侯爵は当時一歳の、自分と同じ髪色と瞳の色をした、青い小鳥の刺繍が入った前掛けと、『テオドール』と名前の入った布製の靴を履いた男の子が誘拐されたと話した。
それがエリックにとって信用に足る情報となったのだろう。
エリックは、持っていた鞄から色あせた赤ちゃん服と小さな靴を取り出した。
「テオが着ていたものです。」
と言って差し出した。
それを侯爵夫妻は震える手で受け取るといよいよ押さえていたものが押さえきれなくなったようだった。
「ああっ!テオドール!母です!
私が貴方の母です!」
「私の息子!ようやく見つけた!」
「オレの・・・お父さん?お母さん?」
クッキーを片手に固まったままのテオはゆっくりと視線を夫妻に向けた。
「ああ、そうだよ!君の父と母だ!」
「お父さんとお母さん?」
「そうよ、貴方のお母さんよ!」
堪らず席を立ちテオに近寄るご夫妻。
わたしはテオの耳元でそっと「行っておいで。」と促した。
「う゛、う゛、う゛・・・うわーん!!
オレにもお父さんとお母さんがいたー!オレ、オレ、寂しかったんだぞー!!」
テオは今まで溜めていたものを吐き出すように大声で泣き出した。
「悪かった。お父さんが悪かった。
寂しい思いをさせて悪かった。」
「うわーん!!
お、オレ、ま、待ちくたびれたんだぞっ!!」
「ごめんね、ごめんね、テオドール!
貴方の顔をもっとよく見せてちょうだい!!」
堰を切ったように泣きじゃくるテオ。子供らしく泣いている姿を初めて見た。テオはテオなりに色んなものを抱えて、我慢して生きてきたのだろう。
テオを抱きしめる夫人と、その二人を守るように腕の中に閉じ込める侯爵。
テオを心配してかロッキーがそんな三人に寄り添っていた。
こちらまでもらい泣きしちゃって、わたしは心からよかったと思えた。
だけどエリックのことが心配になり、そっと横を見る。
エリックは親子の感動の再会に目を細めているが、その横顔はとても寂しげだった。
「エリック殿、本当に今までテオドールを守ってくれて感謝する。」
「わたしからも感謝申し上げます。」
エリックに向き直り、深々と頭を下げるバークレイ夫妻。
高位貴族が平民に頭を下げるなんて有り得ないとされる中、ためらいなくそれをするご夫妻に心からの気持ちが表れていた。
何かお礼をさせてくれと言う侯爵に対し、
「いえ、お礼は要りません。
私はテオと過ごした八年間幸せでした。」
と言って微笑みながらお礼を固辞していた。そんなエリックが逆に悲しげに見えてしまった。
テオだけでなくロッキーもバークレイ侯爵家に引き渡されることになり、帰りはエリック一人で帰ることになった。
「オレも兄ちゃんと一緒に帰る!」
テオがエリックにしがみ付いて離れなくなってしまった。
兄であり、親でもあったエリック。
今引き離すのは酷のように思える。
だけどエリックの決心は固かった。
「テオ、テオがいなくなってお前のお父さんとお母さんは毎日辛かったんだ。
今日からお前は元気な顔を毎日見せて安心させてあげないといけない。
分かるな?」
「う、うん・・・。」
「俺とは一緒に住まなくなるけど、俺達はこれからもずっと兄弟だ。そうだろ?」
「うん。」
「よし、いい子だ。
お父さんとお母さんの言うことをよく聞いて、勉強頑張るんだぞ。」
「うん、皿投げも頑張る。」
「たまには兄ちゃん会いに来るから。」
「うん、絶対だかんな!」
そう言葉を交わすとエリックは馬車に乗り込み、帰って行った。
テオはいつまでも「兄ちゃーん!エリー兄ちゃーん!」と両手を振り続けていたが、馬車の中のエリックは一度も振り返ることはなかった。




