200.バークレイ侯爵夫妻からの手紙
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日課である『平和への祈り』の後は願いの書簡室へ向かう。
大神殿の壁も床も柱も全て白い廊下を、カツカツと足音を響かせてスーザンとグローリアと歩いていた。
今朝方ドミニクから届いた手紙の内容を思い出す。
その手紙には、辞職の挨拶とともに近況の報告が綴られていた。
「まさかハーパーベル家へ婿入りするとは思わなかったわね。」
ドミニクは白神官を辞めて、パルディアン王国の真珠養殖事業をお助けすることを引き換えに、国王に願いを聞いてもらっていた。
ドミニクのことだから爵位を望むとばかり思っていたのに。
「デニス・ハーパーベルに対しての処罰が蟄居を命じるだけでは生温い気も致しますが。」
と厳しいスーザン。
「ま、そのくらいの方が後を継ぐドミニクやマリンに悪評が立たなくていいんじゃないかしら?」
スーザンの言うことも分かるけど、目立つような処罰を受けた家では貴族社会でやっていくの大変そう。
このくらいが円満解決なんじゃないかと思う。
「しかしドミニク殿はさすが狡猾ですね。爵位と領地と好きな女性を一遍に手に入れてしまうのですから。」
と普段あまり会話に入ってこないグローリアが珍しく口を挟んだ。
彼女は今日も辛辣だ。
そんな会話をしていたら願いの書簡室へと到着した。
今日も世界各地から信者の願いが綴られたたくさんの手紙が届く。
部屋を見渡せば点々と青白く光る手紙。
その中で植物のレリーフが彫られた青い書架にも青白く光る一通が。
青い書架には、主に王族や領主貴族から寄せられた手紙が収められている。
国や民を治める立場の人からの手紙は、なるべく優先して解決に当たっていた。
「ニールス、青い書架のBの三をお願いします。」
「はい、ただ今。」
白神官のニールスは、梯子を担ぐと青い書架のB列の三段目付近に架け直す。
身軽に梯子を登ると、指定した棚から束になった手紙を載せたトレイを取り出し、机の上へ置いた。
わたしはトレイの中から青白く光る一通を手に取った。
手紙はナディール王国からで、バークレイ領の領主、マークス・バークレイ侯爵とその妻ケイトリン・バークレイ夫人の連名で送られていた。
ナディール王国のバークレイ領は、ここアデル聖国と隣接している領地で、アデル聖国とそのまた隣のファイデリティー王国との交易の要所であり、多くの商人や旅行者が行き交う活気あるところ。
そしてバークレイ侯爵には、三年前にわたしが大聖女候補としてアデル聖国へ行く際、最後の宿泊場所として部屋や食事の提供、入出国の手筈、大神殿へ事前連絡などとてもお世話になった。
バークレイご夫妻は侯爵も夫人も、とても優しくて穏やかなお人柄だった。
だけど時折見せる、どこか影のある寂しげな様子が印象に残った。
あのお二人が女神に何を願ったのか。
わたしはゆっくりと封を開き目を通す。
バークレイ侯爵の字だと思われる文筆は、流れるように美しく、知性と優しそうな人柄を現すようだった。
そしてそこに書かれていた内容に、わたしは言葉を失った。
──およそ八年前。
一歳になったばかりの息子が誘拐された。息子の名前はテオドール・バークレイ。ブラウンの髪にブラウンの瞳の天使のようにかわいい子。
命より大切な我が息子をどうか私達の元へお返し下さい。
そのようなことが書かれていた。
わたしの知っている人で思い当たる人物がいた。
───テオだ。
直ぐにでもバークレイ侯爵の下へ駆けつけて話を聞くべきなんだろう。
だけど躊躇してしまった。
テオが本当の親の元へ帰ってしまうと、エリックはどうなるのだろうか。
あんなにテオを大切に育てていて、血はつながっていないけど本当の兄弟のようで。そして二人きりの家族。
エリックはテオの両親を見つけてやりたいと言っていたけど、いざ見つけてしまうと、エリックが一人きりになってしまう。
それにわたしも、テオとエリックとわたしと、あとロッキーとのあの楽しい時間が、今まで通りではなくなってしまうと思うと即行動に出ることができなかった。
そんな考えが脳裏に浮かんできたけど、本当の父親と母親が見つかったんだ。
めでたいことには違いない。
テオだって自分にお父さんとお母さんがいないことを寂しがっていた。
それにバークレイ侯爵夫妻の心痛を思えば早くお知らせして真偽を確かめた方がいいに決まってる。
だけど、一日、一日だけわたしの心の準備をする時間が欲しい。
「マリエッタ様、どうされました?」
黙り込むわたしを心配して、スーザンが顔を覗き込んだ。
「あ、ごめんなさい。
この手紙の件ですけど、一晩だけ考える時間を下さい。
明日の朝この手紙について報告します。」
「御意。」
バークレイ侯爵夫妻には申し訳ないけど一晩だけ動き出すまでの時間をもらうことにした。
わたしは三年前に、エリックから受け取ったテオを拾った時のことが書かれたメモを机の引き出しから取り出す。
バークレイ侯爵夫妻が本当にテオの両親であって欲しい気持ちもある。
だけど、そうじゃない今まで通りの関係を続けたい気持ちや、エリックのこと、親を恋しがるテオのことを思い出しながら、心の整理をつけた。
次の日の朝、中央神殿のわたしの執務室。
アディーレ大神殿へ転移する前の朝のミーティングの時間に、わたしはスーザンへ手紙の内容を説明した。
バークレイ侯爵夫妻のご子息が八年前に誘拐された。
その子が、エリックが拾って育てているテオである可能性が高いと。
スーザンにはテオのお勉強で、おすすめの学習教材を教えてもらったりしていたから、テオとは会ったことはないけど存在は知っていた。
少し驚いたようだったけど、「高位貴族のご子息が誘拐されたのです。神殿長だったら当時のことを何か耳にしているかも知れませんね。」と言ってとても冷静に判断して神殿長を呼んでくれた。
「神殿長、何か聞いたことはありませんか?」
ローランド神殿長は、白くなったあごひげをさすりながら、その頃の記憶を辿るように語り出した。
「ううむ、確かに一時期そのような話が社交界でも話題になったことがありましたな。
バークレイ侯爵も、必死で全国各地の領主に捜索の協力を頼んで回っておったので覚えております。」
「そうですか・・・誘拐だったそうですが、犯人は見つかったのでしょうか?」
「犯人は・・・確か侯爵夫人に仕える侍女でした。あくまでわしが耳にした情報でしかないのですが、犯人の侍女は婚家で後継ぎを産めていないことを責められていたそうです。思い悩んでいたときに仕える主人に後継ぎとなる男児が生まれた。嫉妬に駆られた侍女は思い誤って・・・という話でした。
その侍女は後に身投げして遺体で見つかったと聞いておりますが、誘拐された赤児は行方不明のままだったと記憶しております。」
「・・・そうですか。」
「いやはや、バークレイ夫妻は諦めておりませんでしたか。
そのテオという少年がご子息であるといいですな。」
「ええ、本当に。
神殿長、どうもありがとう・・・。」
「なになに、お役に立てて光栄です。」
そう言いながら神殿長は執務室から出て行かれた。
「スーザン、バークレイ侯爵夫妻にお会いする調整を。」
「御意。」
わたしは言葉にできない複雑な思いを抱きながら、バークレイ侯爵夫妻と会うための指示を出した。




