199.ドミニクの望み
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真珠養殖事業の譲渡の話し合い後、俺は馬に股がり急ぎハーパーベル領を目指した。
早く、早くマリンに会いたい。
マリエッタ様の計らいで、国のものとなった真珠養殖事業に携わることになった。
俺を引き抜くため、陛下が望みを叶えてくれる。
爵位も、領地も、金も欲しい。
しかしそれらは真珠養殖事業を頑張ればそのうち手に入れられるだろう。
だけどマリンは違う。
彼女を手に入れるのは簡単じゃない。
お互い貴族同士の生まれ故、家格、派閥、利益になるかなどお互いの家のことがついて回る。
だけど彼女のような心も見た目も美しい女性はそうはいない。彼女ほどの女性には今後出会うことはないだろう。
チャンスだ。
王の権威を借りて彼女を手に入れる。
だけど、その前に、彼女の了承を得なければ!
マリンに会いに行く前にマリーパール工房の社屋へ立ち寄り、俺の執務机から小箱を取り出す。
小箱の中には真珠貝でできた首飾りと耳飾りが入っている。
この首飾りと耳飾りのセットは、俺が個人的に貝殻を酢に漬け、磨き上げた物を真珠協会へ持ち込み、特別に拵えた物だ。
材料費を浮かせた分、安く手に入れられた。
夜会へ着ていくようなドレスに合わせても見劣りしない出来栄えで、普通に買おうとすればしがない神官でしかない俺にはなかなか手の出せない代物だ 。
首飾りだけを注文したはずだったが、大切な女性への贈り物だと気付いた真珠協会の会長が、応援させて下さい、と耳飾りをサービスしてくれた。
息を整える余裕もなく社屋の隣に建つ孤児院へ向かう。
「マリンさんっ!!」
大学習室へ飛び込めば彼女は子供達に字の読み書きを教えていた。
「あら、ドミニク様、そんなに急いでいかが致しましたの?」
「急ぎ話が・・・このあと直ぐに王都へ帰らねばなりませんので!!」
陛下との話し合いのために、王都へとんぼ返りしなければならなかった。
俺はマリンに大股で歩み寄ると、手を引いて大学習室の外へ連れ出した。
「マリンさん、これを、貴女に。」
俺は乱れた呼吸を整えようともせず、勢いに任せて小箱を差し出した。
「まあ、なんですの?」
マリンは小箱を開け、首飾りと耳飾りのセットを見ると、はっと息を飲んだ。
「こ、これは?」
「・・・私と結婚して下さい。」
ようやく呼吸が整い、伝えたかった大切なことを言った。
だけど彼女は泣きそうな、苦しそうな表情を浮かべながら小箱の蓋を閉じた。
「これは・・・い、いただけませんわ。
私の父は、きっとドミニク様のお家の方にご迷惑をかけてしまいます。何かしらの理由を付けてお金を寄越せと言うに違いありません。立場の弱い孤児の命より、自分達の贅沢が大切な人なのです。
私は結婚を諦めておりますので、どうか、ご結婚はまともな家の方と・・・。」
俺に迷惑をかけてはいけないと、マリンは小箱を返そうとする。
今にも泣きそうな顔で。
俺は小箱を持つマリンの手の上から、覆うようにそっと手を添えた。
「心配いりません。
真珠養殖事業が成功して、事業を国へ譲渡することになりました。
それに伴って陛下が私を引き抜くため願いをお聞き下さることになったのです。
私は貴女との婚姻を願い出たいと思います。その時にハーパーベル家と貴女が一切関係をしないことを条件に折り込めばよいのですから。」
「でも・・・。」
マリンはまだ何かを思い悩んでいた。
あまりにも急な求婚だと分かってはいたが、ゆっくり考える時間など無かった。
どうか、迷わないで欲しい。
「私を信じて!」
「私、幸せになってもいいのでしょうか・・・。」
その言葉は生い立ちからくる言葉なのか、領主の娘だという責任からくる言葉なのか。
マリンは瞳を潤ませながら俺を見上げた。
「もちろんです。」
『押すな押すな!』
「今まで頑張られた分・・・。」
『き、聞こえねぇ!』
「幸せになりましょう。」
『ここでチュウだ!いけ!』
「「・・・。」」
『リーンも見たーい!』
『わっ、押すな押すな!』
外野があまりにも騒々しい。
窓や扉の隙間から、いくつもの小さな目や頭が覗く。
ドサドサドサッ。
扉の隙間から、押し出されるように子供達がなだれ込んできた。
「「・・・。」」
「へへっ、へへへへへっ。」
「マリン先生、やったね!」
「おいら達も応援してるからー。」
なんてこった。
いくら急いでいたとしても子供達のいない場所を選ぶべきだった。
「宜しくお願いします。」
「え?」
聞き間違いかと思った。
マリンをどうやって説得しようかと焦りすぎて幻聴なのかとも思った。
「子供達が応援してくれてるみたいですから。ドミニク様を信じて、全てを委ねます。不束者ですが、宜しくお願いします。」
マリンが、ぎこちなく、だけどほんのりと頬を染めて微笑んだ!
「あ、あ、ありがとう!」
やった、よかった。
今日ほど点数稼ぎで子供達の手助けをしてきてよかったと思ったことはない。
「うわーい!いやったー!」
「ドミニク様、マリン先生おめでとー!!」
「バンザーイ!」
子供達が見守る中、俺は彼女をそっと抱きしめた。
✳
調べによるとドミニク・シャークランドという男はそこそこに優秀な男のようだ。
シャークランド子爵家の三男。
長男がすでに家督を継いでおり、次男は文官として王城勤めしている。
狭き門と云われるアディーレ大神殿の白神官登用試験に十八で合格した。
神官となってからは数年に一度の頻度でしか帰国していないらしい。
そのせいかこの男についての情報は少ないが、悪い噂は聞かない。
敢えて言うなら出世欲が強いというくらいか。
真珠養殖事業を速やかにモノにするためにはこの男の助力は必要不可欠。
高い役職、爵位、領地、金、何を与えれば効果的か。
王女を降嫁させるのも手か・・・。
大神殿の神官とは城に勤める文官より地位が高く見られている。そんな男が今回の真珠養殖事業の成功に寄与したため、爵位はなくとも一目置かれる存在となった。
ここでつまらないもので駆け引きをして、下手をすれば逃げられる。
ここは直球で行くしかないか。
ドミニクとの話し合い当日。
目の前に座る男に問いかけた。
「其方に真珠庁の副長官の椅子を用意した。数年後には長官への昇進の予定でもある。権限は長官とほぼ同格で、人事についての裁量権もある。それ以外に其方の求めるものは何だ。できる限り要望に応えたい。」
「は、有り難き幸せにございます。
私の求めるもの、それはマリン・ハーパーベル伯爵令嬢を妻に迎えることでございます。
しかしハーパーベル家はこれから処罰を受ける家。
私はマリン嬢以外の者の人生を背負うつもりはございません。
どうか陛下のお力をお借りしたく存じます。」
驚いた。まさか好いた女と婚姻を結びたいなどと最初の一言目に出るとは予想だにしなかった。
しかも爵位降格と領地没収を検討していたハーパーベル伯爵家の娘か。
つまりこの男の言いたいのは、没落する家の娘を娶りたいが、娘の家族については縁を切りたい、ということか。
暫しの間、頭を巡らす。
「ドミニク、ハーパーベル伯爵家へ婿入りせぬか?」
「何を・・・。」
財政は破綻寸前、重税をかけ民を苦しめた責任で厳罰に処せられる家へ婿入りさせようとは普通だったら考えられないだろう。
一瞬言葉を失ったドミニクだったが、直ぐに俺の言いたいことを理解したらしい。当主の権限を剥奪してその後釜に据えられるのだろうと。
どうだ、と男の内心を探れば、この男はニヤリと笑って応えた。
ドミニクには『ハーパーベル領の立て直し』という名目で婿入りさせ伯爵家を継がせる。現当主のデニス・ハーパーベルには蟄居という形で退いてもらう。
ついでに領地経営のプロを派遣するつもりだ。
予定よりデニスに対する処罰が軽くなってしまうが、ドミニクは爵位と領地とマリンを手に入れることができ、なおかつハーパーベル領の建て直しを図ることもできる。
この男からすればマリン以外の者も縁戚となってしまうという面倒な一面もあるが、この男が当主になるのだ。
どうにかなるだろう。
大聖女が立ち上げた真珠養殖事業の発祥の地でもあり、事業の中心となって活躍したドミニクのいるハーパーベル領。この先国の発展のためにも重要な立ち位置となるのは間違いない。
今後王家としてもこの男とは良好な関係を築いていかなくてはならないだろうな。




