196.縁談
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「ライオネル、マリエッタ殿は脈なしらしいではないか。俺の息子でありながら女性一人口説き落とせぬとは・・・。
其方の第二妃の件はどうするつもりだ。」
はぁと溜息をもらしながら父上が言った。マリーが男爵令嬢だったころは第三妃として娶れと言っていたのに大聖女だと分かった途端正妃に迎えるよう口説き落とせとか都合が好すぎる。
そもそもマリーを口説き落とせたとしても、正妃として迎え入れる予定の長年婚約しているファイデリティー王国のフローレンス王女を第二妃に格下げするとか失礼ではなかろうか。
しかしフローレンス王女はまだ十歳。
成人するまでは妃として迎え入れることができないためあと六年。
嫁いで来てもこの国の生活に慣れてもらわなければならないため一、二年は政務を任せられない。
正直言えば、そろそろ妃が欲しい。
後継ぎの問題ではなく、諸外国からの来賓の対応や、パートナー同伴の席など一人で対応するのがキツくなってきた。
だからと言ってこの国内の貴族令嬢の中にこれぞという令嬢は思い浮かばない。
外交の場に出しても恥ずかしくない、礼儀作法や周辺諸国の情勢もわきまえている女性などなかなかいないのだ。
いや、まてよ・・・一人いるな・・・。
「父上、一人だけ第二妃に迎え入れたい女性が居ります。」
「ふむ、言ってみろ。」
「大聖女専属秘書官のスーザン・デストワーグナー嬢です。」
父上は一瞬大きく目を見開いたあと、「ふうむ、あの娘か。」と呟いた。
スーザン嬢は文句の付けがたい令嬢であることには間違いないが、唯一問題なのはその出自だった。
敵国ナディル帝国の元公爵令嬢であり、元帝王の婚約者。
しかも国外追放の刑を科せられた身だ。
俺としては全く気にしていないが、国内の貴族どもは何と言うか・・・。
「まあ良いだろう、面白い。
王妃とも相談して決めるといい。」
大聖女ほどではないが、大聖女専属秘書官という身分もかなり重要視されている。大聖女に対して直接進言できる数少ない存在だからだ。
父上はそのメリットをとったのだろう。
俺は国王の執務室を出ると、母上の下へと向かった。
✳
今日は休暇日だというのに、先触れもなしにローランド神殿長に呼び出された。
今取り組んでいる信者のお悩みの下調べをしておこうと思っていましたのに。
五大神殿の神殿長であるローランド様と大聖女専属秘書官の私では、立場はほぼ同格か私の方が少し上。
普通の聖女を呼びつけるような扱いはやめていただきたいところです。
しかしながらローランド神殿長は私がこの国の民となる時に身元保証人になって下さったお方。
あまり無碍にもできません。
「ローランド神殿長、スーザンです。」
「おお、待っておった。入ってくれ、入ってくれ。」
神殿内の応接室へ入ると、そこに居たのは最近毛量が増えて機嫌のいいローランド神殿長と、眩いばかりの微笑みを湛えたライオネル王太子殿下とそのお付きの方々でした。
「ライオネル王太子殿下、ご機嫌麗しく存じます。」
「スーザン嬢こそ、元気そうで何よりだ。先ずは座ってくれ。」
カテーシーで礼をとると、席を勧められた。王太子殿下が私にどのようなご用件でここへお見えになったのでしょうか。
マリエッタ様に対して何かしらの便宜を図るよう求めるおつもりなら、私は応じるつもりはございません。
「ふっ・・・そう警戒するな。
今日、其方をここへ呼んだのは其方に話があるからだ。」
「私に・・・ですか?」
「ああ、スーザン嬢、私と結婚して欲しい。」
は?結婚?
私と?
何をおっしゃっているのでしょうか?
「あの、聞き間違いでしょうか。
マリエッタ様ではなく私・・・ですか?」
「ああ、マリーではなくスーザン嬢、其方を第二妃として迎え入れたい。
それにマリーには思い人がいるからな。」
ああ、恐らくあの美しい旅芸人の青年のことでしょう。
見目麗しい青年に危ないところを助けていただいたのです。恋心を抱いてしまったとしても無理はありません。
どのようなお人柄かは存じ上げませんが、マリエッタ様を泣かすようなことにさえならなければ、秘書として黙って見守る所存です。
しかし、祖国を追放され一国民でしかない私を妃にするメリットは、私が大聖女専属秘書官であること以外考えられません。
「大聖女様には思い人がいらっしゃる故、大聖女様に最も近くにいる専属秘書官を引き込もうというお考えでしょうか。」
「・・・確かに其方の言うとおりではある。」
ふ、正直な方ね。
こんなときぐらいお世辞の一つでも言ってその気にさせて下さってもよろしいのに。
なんと言ってお断りしようかと頭を巡らせている私に、ライオネル王太子は言葉を続けられた。
「しかし───。
それは理由の一つであって、俺は其方の美貌、知性、教養、性格、美しい立ち振る舞い、全てが好ましく思っている。」
!し、しょ正直な方ね・・・。
私を大聖女様とのパイプ役として娶りたいとはいえ、あまりにも真面目なお顔でおっしゃるものですからどのように受け止めてよいものか困ってしまいます。
常識的に考えれば王族の申し出を断ることは言語道断。
しかし今のままでも充分幸せで、生涯独身でマリエッタ様にお仕えしていこうと思っている私には不要なお話。
それに私には守ってくれる後ろ盾もなく、第二妃の座を狙う高位貴族の令嬢を押し退けてその地位に就けば激しい抗議を受けるに違いないでしょう。
やはり国内の高位貴族の令嬢を娶られるのが最善かと。私は立ち上がり胸に手を当てて頭を下げた。
「大変光栄な申し出ではございますが、私は平民で後ろ盾もございません。
それにナディル帝国の出身。
国内の高位貴族の令嬢をお迎えするのが最善かと存じます。どうか、どうかお考え直しくださいませ。」
どうにか諦めていただけないだろうかと願いながら頭を下げる私に対して、王太子殿下は衝撃的なことをおっしゃった。
「俺が欲しいのは其方だ。
他の貴族令嬢は受け入れられない。
其方以外の女性は考えられないのだ。」
あまりにもストレートなおっしゃりように理解が追いつかなかった。
徐々に脳内での言語処理を行うと同時に、顔が熱を帯びるのを感じた。
「そ、そのような言い方は、誤解を・・・マネキマシテヨ。」
王太子殿下の方をまともに見られないのは私のせいではございません。
まるで情熱的に口説かれているような気がして勘違いしそうなんです。
「誤解ではない。
俺は俺のため、そして国のためを思い其方を口説いている。
それに後ろ盾については相応しい家柄に話をつけておく故心配するな。」
「あ、ありがとう、ゴザイマス・・・。
しかし私は生涯マリエッタ様にお仕えしたいと考えております。
私では妃として国に尽くすことができませんわ。」
「それもできるだけ配慮しよう。
其方にはこれまで通り大聖女専属秘書官を続けてもらい、俺がどうしてもパートナーが必要な時や王妃が対応できない時に助けてもらえたらいい。
頻度で言えば年に数えるくらいであろう。」
どうしましょう。
断る口実がございません。
「俺は其方を好ましく思っている。
其方は俺のことは嫌いか?」
その言い方はズルイと思います・・・。
「いいえ・・・嫌いではありません。」
「なら決まりだな。」
「・・・。」
✳
今日、お父様と一緒に王城へ呼び出された。
お父様とわたし。
ちょっと今までにない組み合わせ。
何の話だろ。と思いながらお父様と一緒に転移で王城へ出向くと、待ち構えていた王宮筆頭執事のベルナルドさんに応接室へ案内された。
にこにこと嬉しそうに微笑みながら、向かい側のソファに座る陛下と王妃様。
「今日ここへ来てもらったのは、フランツに頼みたいことがあってな。」
「私に、頼みたいこと・・・ですか?」
「うむ、ライオネルももういい年だ。
そろそろ伴侶をと思っておるが、何せ今の婚約者は未だ幼い。
故に第二妃を先に娶りたいと動いているのだが、その相手というのが王族に入るには身分が低すぎてな。」
「は、はぁ。」
いまいち要領を得ない感じのお父様。
私も何の話だろ、と思ってしまう。
「その娘をシューツェント伯爵家の養女として迎えてもらいたい。」
「「は?」」
「へ、陛下、我がシューツェント家は伯爵位を拝してるとはいえ権力は何一つ持たず、王宮内の事情にも疎いので第二妃の後ろ盾には不向きでございます。」
うんうん、その通り。と頷くわたし。
「フランツ、この話を受ければ王族と縁戚関係になるんだぞ。其方には野心というものがないのか・・・。」
わたしのお父様は権力とは無縁なんです。またまたうんうんと頷くわたし。
「私の野心は息子を宮廷音楽団団長にすることと楽団に最高の楽器を揃えることにございます。」
「・・・それは壮大な野心だな・・・。」
うんうん。
それがお父様の野心なのよ。
「フランツ、最後まで話を聞いてちょうだいな。シューツェント家に養女として迎え入れて欲しい娘というのはスーザン・デストワーグナー嬢です。」
と言ったのは王妃様だった。
ス、ス、ス、スーザン!!
スーザンが?
ライオネル王太子と?
いつの間に?
「・・・そういう事でしたか。」
と納得したお父様とわたし。
つまりシューツェント家が後ろ盾になるというより大聖女のわたしが後ろ盾になる感じか。
スーザンが幸せになるんだったら喜んでその申し出を受け入れたい。
だけどスーザンは何て言ってんだろう。
「あの、スーザンはこの縁談に前向きなんでしょうか?」
「それは心配いらないわ。ライオネルがきちんと口説き落としたから。」
そっか。それなら別にいいかな。
むしろスーザンと姉妹になれるなんて嬉しい・・・ような照れくさいような。
それに我が家から王子様へ嫁ぐ姉がいるっていうのも素敵かも。
ウエディングドレス一緒に見たり嫁入りに必要な物を・・・そうだわ!わたしが買ってあげる!!
とちょっと楽しくなってきたけど、お父様は浮かない顔。
「しかし我が家から娘を王家へ嫁がせる場合、どのような支度や援助が必要になるのか分かっておりません。
スーザン嬢に恥をかかせる訳にはまいりませんので。」
そうだった。ちょっと浮かれちゃって現実見てなかったわ。
「心配には及びません。
私の実家から手助けする者を寄越します。」
と王妃様。
つまり経験者の助言を頂けるそうで。
「そこまで言っていただけるのでしたら、慎んでこのお話を受けさせていただきます。」
とお父様。
まあ、王家からこの話を持ってこられた時点で断る選択肢なんてなかったんだけど、こうしてスーザンが我が家へ仲間入りすることになった。
ということで、早速スーザンのお部屋を整えなくっちゃね!!




