182.夜会②
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軽やかな音楽に合わせてロビンと踊る。少し酔っているせいか、周りの視線も気にならなくなって楽しくなってきた。
「今日は私にお付き合いいただいてありがとうございます。
これだけ注目を浴びれば、今までの悪い噂も払拭されることでしょう。」
「ロビンのためなら、これくらいお安い御用よ。わたし、御身代としてではなく個人的に夜会へ出席するの初めてなの。
その初めてのパートナーがロビンで良かったと思うわ。」
「そう言っていただけて光栄ですよ。」
ロビンは意外と(意外とと言うのも失礼だけど)ダンスは上手かった。
運動神経がいいからだと思う。
何というか包容力というか、大抵のことは許してくれそうなロビンだから、ちょっとくらい足を踏んでもいいかな、とか思っていたけど、わたしも練習してきただけあって踏まずに踊れた。
壁際に佇むケビンと目が合った。どうやらケビンも来ていたらしい。
軽く手を上げてわたしの視線に応えたけど、パートナーはいないみたいだった。
ロビンと踊った後、ライオネル殿下とリカルド様とも踊って、ソファへ戻った。
それを見計らったかのように、夜会の主催者であるベンロマッケン侯爵夫妻が挨拶に見えた。
「ようこそ当家主催の夜会へおいで下さいまして、誠に光栄にございます。
私がダリウス・ベンロマッケンと、こちらが妻のカーラです。」
「ベンロマッケン侯爵の名は存じておりますわ。私が当代大聖女のマリエッタ・シューツエントです。
侯爵のおかげでとても楽しい時間を過ごさせていただいてますわ。」
「それはそれは。今宵は是非、思い出に残る楽しい一夜をお過ごし下さい。」
「ええ、ありがとう。」
主催者と挨拶を交わすと、それをきっかけにわたしと挨拶を交わそうと、長い行列が出来ていた。
そうなってしまうと、夜会を楽しむどころではなくなっていた。
スーザンには「良い一夜を」と返すだけでいいと言われ、覚えきれないほどの数の挨拶を受けた。
中には挨拶が長い人や、わたしを夜会やお茶会に誘おうとする人、ダンスを申し込もうとする人などがいて、ロビンとスーザンとライオネル殿下が盾になって追い払ってくれた。
数の多さにげんなりしてきた頃だった。
一組の若い男女がわたしの前に挨拶に来た。
「ご機嫌麗しく存じます。
私、カロリーナ・ブランシェットと申します。」
ブランシェット家は確か子爵の家柄だった覚えがある。
カロリーナ嬢は黒い髪を華やかに結い上げ、胸元が大胆に開いた赤いドレスを纏った派手な感じの令嬢だった。
そしてその隣の男性が・・・。
「エ・・リ・・・。」
思わずエリックと呼んでしまうところだった。
貴族のような煌びやかな装いに、胸元に赤い薔薇を挿している。
なぜこんなところにエリックが。
エリックは貴族だったのか。
突然のことで頭が混乱した。
エリックはわたしの顔を見て、驚いたように目を見張ると、直ぐに表情を戻して貼り付けたような笑みを浮かべた。
「パートナーの、エリックと申します。」
まるで初めて会うような素振りで頭を下げるエリック。
目も合わせてくれない。いつもの優しい笑顔も見せてくれない。
そんなエリックに、わたしは『拒絶』を感じた。
わたしはどんな顔をすればいいのか、なんて言葉をかければいいのか分からなかった。
ただ挨拶を終え、腕に腕を絡ませて去って行く二人の後ろ姿を眺めることしかできなかった。
その後のことはあまり覚えていない。
かつらも被っておらず、だて眼鏡もかけていない『大聖女』のわたしをマリーだと気が付いて、明らかに壁を作られた。
なぜエリックはこんなところにいたんだろう。
ううん、そんなことはどうでもいい。
エリックに拒絶された気がした。
正体を隠してたからショックだったのだろうか。
平民のマリーは良くて、大聖女のわたしではダメなんだろうか。
わたしは大聖女でいるより変装した平民のマリーの方がどちらかというと素のわたしでいられた。それに普通の女の子が実は大聖女だと知られ、エリック達の態度が変わったりしたらどうしようかという思いもあった。だから敢えて正体を隠し続けた。
でも、正体を隠し続けた結果が、エリックの信頼を失うことになったとしたら・・・。
エリックを追いかけて弁明したい。
黙っていたことを謝りたい。
今まで通りただのマリーとして接して欲しい。
エリックと話がしたくて追いかけようと思った。
「お嬢、これであいつの正体が判っただろ?」
いつの間にか側にケビンが来ていた。
ケビンは最初からエリックがここにいることを分かっていたような口振りだ。
「正体?」
「ほら、あそこを見てみろ。」
ケビンが親指でくいっと指し示す方を見ると、見覚えのある・・・ベルナリオ芸団の団長さんがいた。
葡萄酒を片手にどこかのご婦人と親密そうに話している。
彼もエリックと同様、貴族のような装いに、胸元に赤い薔薇を挿している。
「ベルナリオ芸団の裏稼業だ。
通称『ベルナリオの薔薇』と言われていて、主に見目の良い芸団員が客の要望に応じて婦人や令嬢のパートナー役をしている。まあ、男娼紛いのことをして金を稼いでいるって訳だ。」
ケビンはエリックがなぜこんなところにいるのか教えてくれた。
それと同時になぜわたしがこの夜会に招待されたのか理由も分かった。
「・・・そう、そう言うことだったのね。」
わたしがこの夜会に招待された本当の理由。
エリックが男娼紛いのことをしていると見せたかったのだ。
よくよく考えて見れば、ロビンと良好な関係であることをアピールするだけならわざわざ夜会に出席する必要なんてなかったんだ。
方法なんていくらでもあったはず。
ロビンとライオネル殿下の顔を見る。
二人とも最初から知っていたみたいで気まずい顔をしていた。
「・・・帰るわ。」
「送ります。」
「結構よ。」
ロビンが送ると言ってくれたけど、しばらく顔を見たくないと思った。
「いいえ、送らせて下さい。」
一人で帰りたくてもそれを許してくれず、結局ロビンに送ってもらうことになり、何故かライオネル殿下もスーザンも同じ馬車に乗り込んできた。
わたしは怒っていた。
あんまり怒らないわたしは怒った。
馬車の中では気まずい空気が流れているけど、到底しゃべる気になんてならない。
ロビンとライオネル殿下は気遣わしげにこちらを見ているけど、無視だ無視。
スーザンはことの次第を何となく理解したようで、心配そうにわたしを見る。
「我らはマリーのことを心配しているのだ。分かってくれ。
マリーがあの男と親密になる度、マリーが傷つくのではないかと心配になるんだ。」
「わたしとエリックはそんなんじゃありません!」
「今はそうかも知れない。だけど俺等から見たらマリーがいつあの男に誑かされてしまうか気が気でならない。
それに旅芸人で男娼紛いの男だなんて大聖女に相応しくないだろう。
マリーはエリザベートの大切な友人だ。俺にとっても子供の頃から見てきた妹のような大切な存在なんだ。」
ずるい。エリーのことを持ち出されたら反論出来ない。
それに相応しい相応しくないとか関係ない。
わたしはエリックとの関係を大切に思っているだけなのに。
「マリエッタ様、貴女にはアンダーソン子爵家の名誉のために一肌脱いで下さったことには大変感謝しております。
それなのに貴女を騙すような形になってしまい・・・。
だけど貴女には男に泣かされるような目に遭って欲しくない。
その気持ちはケビンも私も同じなのです。」
「・・・・。」
何も言い返せなかった。
気持ちとしてはまだ怒ってる。
だけど、この人達は心からわたしを心配してくれてる。だけどそれは余計なお世話だとそれを心が否定する。
心の整理がつかない。
無言のまま馬車に揺られ、しばらくするとわたしの住む屋敷へと到着した。
「・・・送って下さいましてありがとうございました。」
そう言うのがわたしの精一杯だった。




