172.孤児のお仕事②
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「で、マリエッタ様。
十歳以下の子供向けの仕事は道具さえ揃えばすぐにでも取りかかれると思います。それで十一歳以上の子供には何をさせるおつもりでしょうか?」
ドミニクが目を輝かせながら前のめりになって聞いてきた。妙に嬉しそうだ。
「ドミニク?
貴方、妙に嬉しそうね?」
「もちろんです!!
大聖女様の興す事業に携われるとは大変な誉れ。不肖ドミニク・シャークランド、粉骨砕身マリエッタ様のお役に立つ所存にございます!!」
「そ、そう、ありがとう・・・。」
鼻息を荒くして宣言するドミニクに気圧されていると、スーザンが溜息をついた。
「マリエッタ様、大聖女の興す事業とは国の在り方さえも変える事もあります。
そしてその事業に携われるのは歴史に名を残すだけでなく、神官の中でも階級が上がったり、場合によっては国から爵位を賜ることもあるのです。
そういったこともあるので、ドミニクは張り切っているのでございます。」
あー、なるほどねー。
出世が狙いかー。
ドミニクのほうを見るとついーっと目を逸らされた。図星だな。
「十一歳以上の子供には、真珠貝の養殖に携わってもらいます。
もちろん、成人している者達も含めて。」
「「ようしょく?!」」
「そうです。真珠貝を捕らえ、貝の体内へ真珠の核を埋め込み、海に戻して真珠を育てるのです。」
「真珠とは貝の中で生まれる奇跡だと聞いたことがあります。
それを人の手を加えてわざと奇跡を起こすということでしょうか。」
「さすがスーザンね、その通りよ。
真珠とは、貝の体内に偶然異物が入り込み、その異物に真珠層が巻きつくように形成されて真珠が出来上がるのです。
その偶然に入り込む異物を人工的に挿入するのです。」
「なんと、真珠を人の手で生産することができるとは・・・まさに革命的だ!」
ドミニクがこぶしを持ち上げて立ち上がった。
ちょっとウザい。
スーザンは眉間のしわをより一層深めた。な、なんか怒ってる?
しかしこの真珠養殖の知識は、前世で中学生だった頃の課外授業で得た知識だ。
うろ覚えの部分もあるので絶対に成功するとは限らない。
「必ず成功するとは限らないわ。
しかも真珠が採れるまで何年もかかります。それでも挑戦してみようと思ったのです。あまり期待し過ぎないで下さい。」
少しだけドミニクに釘を刺しておいた。
ドミニクに出世ができる期待をされても困るんで。
そして真珠養殖の工程を説明した。
前世ではアコヤ貝を稚貝から育てていたように記憶しているが、今回は母貝を捕まえて養殖することにした。
まずは仕立て作業。
これは核入れ前の貝の下準備だ。
真珠貝の貝周りの付着物の掃除して、通水を制限した箱の中に母貝をぎゅうぎゅうに詰めて、半年ほど貝を抑制する。
これによって貝が卵を抱えるのを防ぐのと、核入れ手術のための麻酔をかけた状態にする。
その間、貝殻の破片を五ミリ程度の玉に削った核を作る。
そして核入れ手術。
貝殻を削って作った核と一緒に真珠層の成分を分泌する外套膜を小さく切ったものを、抑制期間を経た母貝の生殖巣に切れ込みを入れて挿入する。
その後核入れ手術をした母貝は、体を休ませるため負担の少ない波の穏やかな場所に一ヶ月ほど沈める。
そして一ヶ月休ませた母貝は、沖の方へ移動して、浜出しまで定期的に貝の掃除をしながら一年から二年育てる。
大きな真珠に育てたいのならさらに一年育てることになる。
それらの説明を終えると、スーザンとドミニクから質問の嵐だった。
舟は必要なのか、
海辺に工房は必要なのか、
真珠養殖が成功した場合、全ての真珠がハーパーベル領の領主に安く買い叩かれる可能性があるから【真珠仲買割符】を手に入れた方がいいとか、
孤児院にも作業場が必要になるだろうから改装はするのかとか・・・
もう、いろいろ聞かれた。
「そ、そんなに急に質問攻めにしなくても・・・。」
「発起人はマリエッタ様でございます!
私達にはこの事業を成功させるという重大な使命があるのですっ!!」
「あ、はい・・・。」
スーザンこわい。
この事業は孤児院に収入を与えるのが目的であって、別に使命でも何でもない気がするけどスーザンが怖いので黙っておくことにした。
話し合いにより小さな舟を一艘買うことにした。
そして海辺に工房を建てることになり、【真珠仲買割符】も神殿の伝手やコネを駆使して手に入れることが決まった。
そして何より、わたしが望んだことでもあるんだけどパシク孤児院の運営を、ハーパーベル領から大聖女の管轄となるよう交渉する方向で話が進んだ。
だから孤児院は改装どころか建て直しすることにした。
ハーパーベルの領主との交渉次第だけど。
その他にもいろいろと質問攻めにされ、働く子ども達への給金についても話し合った。
成人している者には固定給、すでに文字の読み書き等できる十一歳以上は家事や孤児の面倒を見なくてはいけないので時給制、そして貝を削って作る核作りだけは出来高制にした。
この場で決められない細かな労働条件は相場との兼ね合いとマリンとの話し合いで詰めていくことにした。
本格的に真珠養殖が稼働するまでには、いろいろと準備があるのでしばらく後にはなるが、一応ことは動き出した。
「ドミニク!今から緊急打合せ会議です!別室へ参りますよ!」
「はいっ!!」
まるで怒っているような顔をしたスーザンと嬉しそうなドミニク。
スーザンが怒っているように見えたのはただやる気が溢れすぎてあんな顔になっていたようだ。
わたし達のやり取りをただ黙って聞いていた護衛のシャルロッテとグローリア。
この二人には何かをして欲しい訳ではなく、今後のわたしの活動を護衛として知ってもらいたかっただけだ。
「シャルロッテ、グローリア。
今後、パシク孤児院と海岸と神殿を行き来することが増えます。
そのつもりで護衛のほう頼みます。」
「「はっ。」」
二人を下がらせた後、部屋ではわたし一人きりになった。
神気を纏わせたままの腕輪の水晶に向かって話しかける。
「ケビン、聞いてた?」
『ああ。凄いな、真珠を育てるのか。で、俺は何をすればいい?』
「聞いていた通り、パシク孤児院をわたしのものにするわ。
領主のデニス・ハーパーベルの人物像をもっと詳しく調べて欲しいの。」
パシク孤児院に大聖女が目をつけたと知って、譲渡を渋られたり、法外な金額をふっかけられても困る。
交渉を少しでも有利に運ぶにも手札が欲しかった。
『了解。もう少し調べてみるよ。』
「頼むわね。活動費は足りてる?」
『ああ、充分だ。
足りなくなったら言うよ。
因みにハーパーベルの屋敷は警備がスカスカだ。ハーパーベルのおっさんを始末して欲しかったら別料金だからな。』
「え、そこまで望んでないんですけど。」
なんと物騒なことを言う奴なんだ。
て言うか陛下はケビンをそんな使い方してたの?!こわっ!!
ケビンとの通話も切って、自室へ戻る。
この真珠養殖事業は長期に渡っての試験的な試みだけど、お金なら使い切れないくらいにあるんだ。
やれるところまでやってみよう。
そして真珠をふんだんに使ったネックレス、作るぞ!




