168.調査結果
誤字脱字報告ありがとうございます!感謝です!
夕食前にドミニクがハーパーベル領から帰還したので、食事を交えながら報告を聞く。
「で、どのような様子だったのですか、パシク孤児院の様子は。」
促したのはスーザン。
ドミニクはフォークとナイフの動きを止め、孤児院長が寄付金に大変感謝していたことを前置きし、報告を始めた。
「はい。端的に申しますと孤児院としての体裁を保っているのもギリギリの状態でした。
食糧事情も悪く、あのままでは体力のない幼い子から命を落としていくのも時間の問題でしょう。」
そこまで深刻だったなんて。
思わずフォークとナイフを動かす手が止まり、苦い物を噛み潰したような気持ちになる。
ドミニクの報告は続く。
「院長の名前はテレサ・ポートモーリア。
かなりの高齢で実質的にはマリン嬢が運営しているようでした。
孤児の人数は、十歳未満が十五名、十歳以上が十二名、そして十六歳以上が五名住んでいました。」
「それにしても多いですわね。十六歳以上が五名というのは?成人した者が五名も孤児院に居座り続けているのですか?」
とスーザンが聞く。
「はい。孤児が多いのも、最近人頭税が値上げされたのが影響しているようです。
経済的に子供を養いきれなくなった親が孤児院へ預けていくケースが増えたせいです。
それと成人した孤児が独立しないのも理由があります。
まず、彼等の収入が少ない上、値上げされた人頭税を払うととても自立などできないのが理由のひとつです。
そしてその少ない収入のほとんどを、彼等は孤児院を助けるために納めているそうです。
彼等の収入がなければ孤児達はもっと早くに立ち行かなくなっていたでしょう。」
孤児も増えてるし、その孤児を養うために成人した子達が稼いだお金を入れてくれている。
それは孤児院にとってはありがたいことではあるのだろうけど、成人した子達にすれば重い足枷にしかならないだろう。
「孤児院の多くはその土地の領主が管理運営するもの。
領主からの支援はないのですか。」
と、スーザン。
孤児院の多くがその土地の領主が設立して管理運営している。
もちろん国が運営しているものもあるし、わたし達教団が運営している孤児院もある。
しかし孤児院と言えばその土地の領主が面倒を見ているものがほとんどだ。
「それが土地と建物は領主のもの。
住むための場所を提供しているだけでも充分な支援だから後は自力で何とかしろと言っているようです。
あと、成人している五名の仕事というのが海に潜って真珠貝を採って来ることでして、他の孤児達が真珠貝を割って真珠を取り出すのが仕事。
その採れた真珠を領主が安く買い叩いているのが現状です。
しかし領主は、そのことを仕事まで与えてやってると言っているようでして・・・。」
「他に孤児院を支援したり、寄付金を出してくれる人はいないのかしら?」
ドミニクの話の内容で、何となく他に支援者はいないような気がしてた。
だけどこのかわいそうな子供達を支える救いの手が他にもあるはずだと期待を込めてと聞いてみる。
「いえ、残念ながら・・・。
地域の住民も高すぎる税金に喘いでいる状態で、支援する余裕まではないようです。」
領主の悪政に溜息が出る。
なんとかしてあげたいところだけど、宗教は政治に介入しないのが鉄則。
孤児院の収入が増える方法を考えねば。
ドミニクの報告は続き、孤児院の建物も古く、至るところに補修が必要。
食糧、医療、衣服、設備、全てに於いて不足しているとのことだった。
孤児院の置かれている状況は深刻だった。
「マリン・ハーパーベルの人柄はどうでしたか?」
孤児院のために高齢の院長の代わりを務めるくらいだ。
かなりの人格者であると考えられる。
「残念ながらマリン嬢は外出とのことで会えませんでした。」
「そう。またドミニクにはパシク孤児院へ行ってもらいます。次は服や下着などの衣類を差し入れして下さい。」
「御意。」
この日の報告だけでパシク孤児院の窮状はかなり知れた。
ハーパーベル領は孤児院だけでなく、他の領民も困窮していてるようだった。
夕食時ではそれらのことが専らの話題となった。
夕食後、部屋のテラスで涼みながら波の音を聞く。
外はぼんやりと浮かぶ月の明かりで微かに景色の輪郭を浮かび上がらせるけど、昼間見えてた海は闇に解けてしまい全く見えない。
コン、ココン。
名乗りもなく、少し変わったリズムで扉が叩かれた。
この叩き方はケビンだ。
「どうぞ。」
音もなく入って来るのはやはりケビンで、平民の服を着ている。本当は子爵家のご子息だけど、妙に似合っていた。
それを口にすると言い返されるので、敢えて言わないでおく。
「何か言いたげだな?」
「あ、いや、似合うと思って。」
あ、つい言っちゃった。
嘘のつけないこの口が恨めしい。
「お嬢ほどじゃねぇよ。」
やだ、ちょっと嬉しい。
「因みに褒めてねぇからな?」
ちっ、なんでだよ。
ケビンは、ハーパーベル伯爵家へ野菜を納入している業者に取り入って、野菜の納入のついでにそこで働く使用人から情報を集めていた。
経費削減のためなのかハーパーベル家では、働く使用人の数は年々減らされていて、一人当たりの仕事の量が膨大になっているそう。
そこへ重い荷物を持ってやったり、野菜の皮剥きを手伝ってやったりすると、かなり饒舌にハーパーベル家の内情を吐露してくれるので、情報は簡単に集まったそうだ。
やはりわたしの予想どおり、マリンの家での立場は弱く、後妻のイザベラ、妹のチェルシーに虐げられ、まるでいない人のように扱われていた。
それに父親のデニスは家族に全くの無関心で、女遊び、賭博、趣味の葉巻の集まりなどで遊んでばかりいるそう。
そんな家庭環境で育ち、マリンだけが恵まれない子供達のために奮闘している。なんと強く優しい女性なんだろうか。
ハーパーベル領の財政事情もやはりひっ迫していて、お金が無ければ税を上げればいいと年々税金が上がっているようだった。
特に、後妻の娘チェルシーが成人し社交界デビューを果たしてからは、娘にかかるドレスや装飾品の費用は嵩む一方で、財政の悪化に拍車をかけている。
イザベラとチェルシーがお茶会だ夜会だと遊んでいる間、マリンは朝から孤児院へ出かけ、孤児の世話、真珠貝を割って真珠の取り出し作業、孤児達へ読み書きを教えて、また夕刻から孤児の世話と一日中孤児院のために身を粉にしているらしい。
わたしの気持ちは固まった。何とかマリンの願いを叶えたい。
孤児達が飢えることか無く、健やかに育つ環境を整えてあげたい。
だけど、わたしが私財を投げ打ってずっと寄付をし続けるのは良くない。
万一わたしが死んでしまえばまた元の木阿弥だから。何か孤児院でお金を得る手段を講じないと・・・。
「ケビンありがと。
明日はマリンの様子とハーパーベル領を見て回りたいわ。」
「了解。この水晶のところに転移して来るんだよな。
俺の拠点としている部屋で待機してるよ。」
明日はケビンの案内で視察に出かける予定。ケビンはチラリと手首の腕輪を見せた後、「じゃあ明日な。」と言って音もなく帰って行った。




