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あたしも聖女をしております  作者: 斉藤加奈子
第二章

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150/231

150.潜入調査開始

誤字脱字報告ありがとうございます!感謝です!

 わたし達は『母さんの形見の赤いブローチが戻ってきますように。』と願いの手紙を出したキリクとその姉セイラのことを調べるため、セイラの働く絹織物の工房に研修生として潜入することに成功した。


 セイラは真冬の夜空のような藍色の髪に、ラピスラズリのような深い青色の瞳をした控え目な美しさを持つ女の子だった。

この工房で働くようになってから六年目の中堅で、物腰は柔らかく、優しく仕事を教えてくれる。


そのセイラの織機と並んで置かれた別の織機の前に座り、縦糸のセッティングの仕方を教わっていた。


スーザンもシャルロッテも同じように仕事を教わっていて、他の機織り女達は各々抱えている機織りを開始した。


バッタン

カシャカシャ

トントン トントン

バッタン

カシャカシャ

トントン トントン


工房内には機織り機の一定のリズムが響き渡る。セイラの説明を聞いていると、誰とも無しに機織り女達が歌い始めた。


『♪今日も私は機を織る

男が飲んだくれて働かない

稼ぎは酒代に消えて貧乏暮らし

子供が腹を空かせて泣いている


今日も私は機を織る

男が賭場通いで働かない

稼ぎが賭け金に消えて貧乏暮らし

子供のおむつ代も消えていく


今日も私は機を織る

男が娼館通いで働かない

稼ぎが花代に消えて貧乏暮らし

子供が玩具を我慢する♪』


な、なんて歌なの?!

ちょっと悲しすぎない?!

こんな歌じゃ働く気力がっ!!


歌の中の男のあまりのクズっぷりにわたしは驚愕した。


「初めてこの歌を聞く人は皆さんびっくりされるんです。

この歌を歌っていると、案外仕事が捗るんですよ。ふふふ。」


とセイラはおっとりと微笑んだ。

そんなものなのかといまいち腑に落ちない感じもするが、その歌をBGMにセイラに仕事を教わった。


 午前中は織機に縦糸のセッティングと、生地の織り方のパターンの説明、そして反物の端のほつれない部分を織ったところで昼休憩となった。


昼休憩は従業員専用の食堂があって、そこでは従業員が当番制で昼食を調理しているとのことだった。そしてそれをみんなでいただくというシステムだった。


昼休憩はプライベートなことを聞き出す絶好の機会なので、家族のことなどを聞き出す。

初日からズケズケと土足で人の領域に踏み込むと警戒されてしまうので、とりあえずは当たり障りのないところから。

ここでの美味しい食べ物とか観光スポットとか。


 本日のランチはソテーした鶏肉のサンドイッチだった。

スーザンやシャルロッテ達も交え、セイラと向かい合って食事をした。


「私、ちょっと庭の方へ行って来ます。マリーさんはゆっくりしてて。」


食事を終えるとセイラは一人席を立ち、食堂から出ようとした。

庭の方には何があるのだろうか?と思ったらそれが顔に出ていたらしく、


「私、庭の手入れも担当しているの。

花の水やりに。」


と言うのでわたしも庭を見てみたいと付いて行くことにした。


 庭は絹織物の工房とは別棟の、商会の建物の玄関先にこじんまりとした広さのものがあった。


専門の庭師に頼らず、機織り女のセイラが本業の片手間で管理している割には、見事な花々が咲き誇っていた。

しかも妖精もふわふわと花の回りを漂っているからかなり愛情を込めて育てている。


「見事ね。

庭の手入れは全てセイラさんが?」


「はい。

私、植物のお世話が好きなんです。」


セイラはジョウロで水を汲み花にやる。

水やりを終えてジョウロを地面に降ろすと、おもむろに驚きの行動に出た。


手を振り上げて、バシンッ!!

手を振り上げて、バシンッ!!

手を振り上げて、バシンッ!!


なんだ?!

どうしたセイラ?!


思いっきりセイラの手のひらで打たれているのは、植物の周りを漂う妖精達だった。勢いよく打たれた妖精達は、建物の壁や地面に打ち付けられて、消えていく。


顔に似合わず乱暴なことをする。

わたしはその突然の行動に思わず言葉を失った。


しかし、妖精とは生き物ではなく、生命力とかエネルギーの結晶みたいなものなので、消えたとしても再び植物からふわふわと湧いて出てくる。

それを片っ端からはたき落とすセイラ。


「セイラさん・・・何をやってんの?」


「あ、気にしないで下さいね。

ヘンな虫みたいなのがいるんで、はたき落としてるの。

見えないかも知れないですけど、いるの。ヘンな虫。」


「・・・それ、虫じゃなくて妖精よ。」


「・・・・・マリーさん見えるの?」


「・・・見えるわ。」


「妖精?」


「妖精。」


民衆の間でも、妖精は幸せを運ぶとか豊かな実りをもたらすとか言い伝えがあったりするので、存在を聞いたことがある人は多い。

しかし、妖精を見たことがある人はほとんどいないので、架空の生き物のように思われていた。


セイラは自分が今まで散々はたき落としていたものが妖精だと知り、ふわふわと浮かぶ妖精達を凝視したまま停止している。


「ど、どうしましょう・・・。」


ちょっとセイラが泣きそうになってる。


「大丈夫よ。妖精って命のある生き物ではないから、死んだりとかしてないわよ。」


「怒ったりしていないかしら?」


「怒っていないみたいよ。むしろ楽しんでるみたい。」


わたしもセイラの目の前で妖精を一つ、地面に打ち付ける。

打ち付けられた妖精はそのまま地面に消えていったが、目の前の花からふわふわとまた一つ妖精が産まれて、打ってくれと言わんばかりに近づいてきた。


「ね?」


それからセイラは妖精を仕留めようとはしなかった。

「私の目がおかしいわけじゃなかった」と、今まで疑問に思っていた自分だけには見えて他の人達には見えない謎の物体の正体を知って、抱えていた謎が解決したことに安堵していた。


それがきっかけとなって、妖精が見える者同士、わたしとセイラは仲良くなった。

セイラは優しくて、働き者で、見た目はおっとりとして守ってあげたい感じだけど、どこか強さも持ちあわせていて。

とても素敵な女の子だった。


 昼休憩も終わり、午後からは機織り。

機織り女の皆さんのスピードには到底追いつかないけど、その調子だと褒めてもらえば嬉しくなる。

楽しいかも。機織り。



 絹織物の機織り工房の研修、じゃなくて潜入調査の一日を終えて、ロックストーン城へ馬車で戻る。


転移を使いたいところだけど、どこで誰の目があるか分からないので、城と工房間の移動は馬車を利用することにした。


 ロックストーン城へ戻り、着替えの後、わたしの部屋でスーザンとシャルロッテを交えて報告会をした。


今日分かったことは、セイラはお金を工面するためにお給金の前借りをしていて、生活はかなり苦しいらしいということ。そのため自宅でも機織り機を置いて仕事をしている。

両親は元貴族で、母親は令嬢、父親は母親の護衛騎士だったということ。

二人は恋に落ち、駆け落ちの末、この辺境の地で平民の夫婦として生活していた。このことはごく親しい人は知っている事実のようだった。


やはり親は元貴族だったのか。あのおっとり美人のセイラを見ていたら納得だ。


「マリエッタ様は、何か情報は掴みましたか?」


「え?!えーと、あ!

セイラってとてもいい子なの。」


「それは私も知ってます。」


「あ!そういえば、セイラって凄いのよ!妖精が見えるのよ!」


「それは大変珍しいですけど、今回の潜入調査に関係ございません。」


「あ、はい・・・」


・・・すみません。役立たずで。



 この後辺境伯から内輪だけの晩餐会に招待された。


そこで辺境伯も引き続き調べてくれていたことを報告してくれた。


「質に預けていたルビーのブローチですが、あと五日で流れてしまうそうです。

しかも、すでに買い手が決まっているようでして・・・。

その買い手というのが・・・隣の領地の領主、セイドナーク男爵だと判明しました。」


「流れる前に買い手?しかも貴族がわざわざ質流れ品を欲しがるのですか?」


「それは私も不思議に思いもう少し深く調べてみました。

そのルビーのブローチ自体は特別な云われがある代物ではありませんでした。

質流れ品を女性への贈り物とすれば女性に対して失礼に当たる。

なのでブローチ自体が目的ではなく・・・もしかするとブローチを手に入れることでそれを餌にセイラを手に入れることが目的かも知れません。例えば愛人にするとか。」


「因みにセイドナーク男爵はどのような方なんでしょうか。」


「名前はネイソン・セイドナーク。

主に絹糸の生産が盛んな領地の領主です。年齢は五十くらい。愛人を何人か囲い込んでいると聞いております。」


「・・・。」


 セイラが目的なのか。

五十の男性が、十六の少女を愛人にしようとしている。

セイラとキリクが大切にしている母親の形見と引き替えに、愛人関係を迫るなんて卑怯だ。

何とか助けられる方々はないだろうか。


思考に耽るわたしに辺境伯は引き続き調査をすると言ってくれ、晩餐は終わった。


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