146.大失態
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王城に再び移り住むようになってから数ヶ月が過ぎた。
ここのところは冬の寒さも峠を越えて、陽射しに春の温かさを感じるようになってきた。
建設を進めているシューツエント伯爵家の離れの屋敷も順調過ぎるくらいに順調だ。
大聖女の住まいになると聞いた民衆が、賃金は要らないから手伝わせてくれと全国から人が集まった。
大人から子供まで。男女問わず。
おかげで屋敷の建設としてはあり得ない早さで出来上がっていく。
そんなに多くの人がただ働きしてくれちゃったら、何かしら感謝の気持ちを表さなきゃいけないじゃない?
だから、離れの建設現場には、雨や雪、寒ささえも遮る守りの祝福をかけた。
それと温かい物を差し入れるために、スープとパン、その他軽食の屋台を手配して、皆に振る舞った。
そしたらもっと人が集まっちゃって。
人が集まると付近で商売する人が増えちゃって、気が付いたら町が一つそこに出来上がってた。
そんなこんなで離れの建設も完成間近となった。
もうすぐ訪れる春祭りの後に、わたしはシューツエント伯爵家の離れに移り住む予定だ。
そんな王城生活も残り幾ばくもないとある日。
王城の廊下の柱の影、人目につかない場所でなぜわたしは追い詰められているのだろうか?
「マリー?そろそろ答えを聞かせて?
僕の気持ち、わかってるよね?」
リカルド様はわたしを壁際に追い詰め、抱きしめられそうな近さで詰め寄る。
左手を壁に突き、体は閉じ込めるように接近し、右手でわたしの髪を弄ぶ。
壁ドン?!壁ドンか?!
これが前世で一度も体験することなく人生を終えてしまったあの壁ドンなの?!
右にも左にも前にも後にも逃げられない。
ハンパない精神攻撃にわたしのメンタルは崩壊寸前だ。
美丈夫が覆い被さるように間近に迫り、微かにいい匂いがする。
クラクラと目眩がしそうなのを何とか堪える。
まともにリカルド様の顔を見られなくて、目の前に見える喉仏を見ていたら、リカルド様が喋る度に揺れるそれさえもわたしの心臓にダメージを与えた。
「結婚はあの、まだ、その・・・。」
「じゃ、婚約しよっか。」
「えっと・・・。」
「僕とじゃイヤ?」
「嫌とかそういうことでは・・・。」
最近までリカルド様の結婚しようという攻撃も鳴りを潜めていたが、ここ数日また復活してきた。
しかも容赦なく迫ってくる。
「だったら・・・。」
どうやって逃れようか戸惑っていると、急にリカルド様が離れた。
「リカ、マリーが困っているではないか。」
そこにいたのは、リカルド様の肩を引くライオネル王太子殿下だった。
「なんだ、殿下か。
今大切な話をしていたところだったのに。」
リカルド様は興が削がれたとばかりにむくれた顔をした。
少しだけほっとしたが、ライオネル殿下がちょうど通りかかったのは偶然ではなく、わたしを春祭りに城下へ誘うため、わたしを探していたところだった。
✳
休暇日。
マリーを春祭りに誘った。
俺に休暇日なんてものはあってないようなものだが、この日だけは多少の政務を後回しにして、一日予定を空けた。
幸いにもマリーは了承してくれたが、なぜだかリカルドも一緒に行くことになってしまった。
『ライオネル、王命だ。マリエッタ殿を正妃としろ。必ずや口説き落とせ。』
そう王命が下ったのは、マリーが大聖女の後継者として修業に向かう前日だった。現在の婚約者であるファイデリティー王国のフローレンス王女を第二妃へ格下げしてでもマリーを正妃にしろとの仰せだった。
大聖女の婚姻は、何処の誰と結ぼうと自由であり、政略結婚を押し付けてはならないと決まっている。
女神の代理人とまで言われる人を家の利益や政略のために利用することは例え産みの親であれ、国の王であれ、女神に対する冒涜であるとの考えであった。
だから残念ながらマリーを俺の持つ権力で娶ることはできなかった。
彼女のことは幼い頃から見てきたから性格も充分理解している。
容姿も可愛らしく申し分ない。
正直言えば彼女のことを好ましく思っていた。
俺としても彼女を手に入れられるものならば、なんとしてでも手に入れたいのだ。
一人の男としても、この国を担う王族としても。
そのためには、俺のことを男として意識させ、恋愛対象として見てもらわねばならない。
クソッ。
こういう時は王子教育で学んできたことなど何一つ役に立たん。
マリーに向かって、その辺の貴族婦人や令嬢を相手にするような通り一遍の美辞麗句を並べても口説き落とせる気が全くしない。
教えてもらえるのなら女性の口説き方というものを今すぐ学びたい。このままではリカルドに先を越されてしまう。
それにしても最近のリカルドのマリーに対する行いは目に余る。
この前は王城の廊下で、紳士の振るまいとは到底言えない距離で迫っていた。
あれはやり過ぎだ。
あいつのことは警戒せねばならん。
「あ、もういらしてたんですか。」
「来たか、リカルド。」
春祭りの待ち合わせ場所にした応接室で、少し早めに待っていた。
リカルドは早めに来るだろうと見越してのことだった。この男とマリーを二人きりにしては何するかわからん。
案の定待ち合わせ時刻より早くにリカルドは現れた。
「殿下の方が遅かったら先にマリーと行っちゃおうかと思ってたんですけどね。」
「俺もお前が遅かったら先にマリーを連れて行くつもりだった。」
「ははっ、殿下もなかなか隙がない。」
悪びれない様子でリカルドは笑った。
俺は最近のリカルドのマリーに対しての強引な振る舞いについて指摘する。
「最近マリーに対して強引過ぎやしないか?」
「ええ。これからもっと強引に行きますよ。マリーは押しに弱いタイプだ。
このまま婚姻まで持って行く。」
「だめだ。マリーは俺がいただく。」
「嫌だなあ。殿下の場合は陛下に命令されて仕方なくでしょ?
僕はマリーが成人する前から狙っていたんだ。殿下にとやかく言われたくありませんね。」
「其方も宰相からの命令であろう。」
「父の言うことは関係・・・。」
その時だった。
扉を叩く音も無く、突然扉は開かれた。
そしてそこに立っていたのはマリーの護衛ロビンだった。
「失礼ながら申し上げます!
マリエッタ様との待ち合わせの場所では控えられた方がよろしい会話かと!
マリエッタ様は今日はもうこちらにはお見えにならないでしょう!」
いつもは感情をあまり顔に出さない物静かな男が珍しく、怒りを露わにしていた。そして開けた扉を閉めることなくそのままマリーを追いかけて行った。
大失態だった。
陛下の命令でマリーに近づいているなど、聞かれたくなかった。
命令なんか関係ない。俺は俺の意思でマリーを娶りたかった。
俺とリカルドは、慌ててマリーを追いかけた。




