145.宵闇の大聖女エリーゼ
誤字脱字報告ありがとうございます!感謝です!
王都の城下町にウィスベンという数多くの商会が軒を連ねる商人の街がある。
そのウィスベン街の一画に今巷で人気の酒場があった。
酒場の名前は『月の宵亭』。
酒を飲みながら粋な小皿料理と洒落た音楽を提供する店。
その『月の宵亭』に現れたのは黒の外套に身を纏い、フードを目深に被った怪しい三人組・・・。
ってそれ、わたし達のこと。
わたしとライオネル王太子殿下とリカルド様で、平民の装いをして、その上顔を知られている人に会わないためにも黒の外套を纏いフードを被った。
何でも最近の噂で、偽物の大聖女が夜の酒場に現れ、酔いしれるほど素晴らしい歌声を披露して男性客をメロメロにして帰っていくのだとか。
───その名も『宵闇の大聖女エリーゼ』。
漆黒の腰まである長い髪、白磁のように滑らかな白い肌、宝石のようなブルーの瞳に見つめられれば、どんな男もその色香に酔いしれるという。
そんな『宵闇の大聖女エリーゼ』は何処から現れ、何処へ帰っていくのか誰も知らず、貴族の愛人だとか、没落した貴族の元令嬢だとか、幼い子供を連れた未亡人だとか不確かな情報だけは多く飛び交っていた。
そんな謎多き美女、『宵闇の大聖女エリーゼ』を探るべく、わたし達は夜の酒場へと足を運んだ。
『宵闇の大聖女エリーゼ』の情報をくれたのはリカルド様で、何でも従業員の間で評判になっているのを耳にし、大事になる前にと、ライオネル殿下とわたしに知らせてくれたのだった。
その噂の『月の宵亭』のテーブルに着くと、葡萄酒と小皿料理を適当に注文する。
店内は落ち着いた照明で仄暗く、流れるピアノ演奏もしっとりとした曲調だった。客層も大人な感じで騒ぐ人などいない。
ふと、流れていたピアノの曲調が変わった。店内のざわめきが徐々に静かになっていく。そしてピアノの横にある一段だけ高い舞台の袖から一人の美女が現れた。
彼女が噂の『宵闇の大聖女エリーゼ』か。
わたしはエリーゼの美しさに心を鷲摑みにされてしまった。
店のランタンの灯りを優しく反射させる艶やかな長い髪。その長い髪と同じ色の黒いドレスを身に纏っている。
黒いドレスは聖女のドレスと似てたっぷりのドレープが特徴的ではあるものの、ホルダーネックで白い肩を露わにし、スカート部分には深いスリットが入って、動く度に白い太腿をチラッと覗かせている。
アクアマリンのようなブルーの瞳に、濡れたようなまっ赤な唇。
その滴るようなまっ赤な唇の横には艶めかしい黒子があり、思わず唇の動きを目で追ってしまう。
女性の割に高身長で、そのせいかドレスから伸びるスラリとした手足が長く、とても美しい。
「ふむ・・・。」
「これは評判になるね。」
「色っぽ過ぎる・・・。」
本物の大聖女(わたし自身)と比べて偽物の方が明らかに美しく、色っぽい。
悔しいけどいろいろ負けた。
だからといって簡単に許しちゃいけない。
あまりにも大聖女の名を汚す行いをするようなら対応を考えなくちゃいけない。
それとこれとは別なのだ。
わたしはこの目でしっかりと見極めるつもりで気を引き締めた。
「皆様こんばんは、エリーゼです。
今宵『宵闇の大聖女エリーゼ』がお届けします歌とおいしいお酒で楽しいひとときをお過ごし下さい。
まず一曲目は海のような女が好きな男に抱かれながらも違う男の夢を見る曲、『魅了をかけられて』お聞き下さい。」
掠れるような色っぽい歌声。
流れるような目線にゾクリとさせられる。
長くしなやかな指先から色気が迸り、そして白くてエロい太腿を動く度にチラチラと艶めかしく覗かせている。
『魅了をかけられて』を聞きながら、わたしの方が魅了されてしまった。
殆どの男性客は鼻の下を伸ばしながらエリーゼの歌に夢中になっている。
多くの客には馴染みのある歌の様で、一緒に口ずさむ人もいた。
民衆の間ではこの様な歌が好まれているようだ。
『魅了をかけられて』以外にも、ピンク色の溜息を咲かせるという歌『ピンク色の溜息』、港町の男女の恋愛を歌った『青い街灯のベイサイド』、夏生まれの女の激情を歌った『エビ星の女』、木こりの男の哀愁を歌った『ヨサーク』、人生を川に流してしまいたいと歌った『まるで川の流れ』などなど十曲を披露していた。
歌い終わると観客席からは惜しみない拍手と喝采が贈られていた。
凄い!こんな歌手がいたなんて!
わたしもあんな風に色気を醸し出すようになりたい!どうしたらあの人みたいになれるの?
すっかりわたしも『宵闇の大聖女エリーゼ』の虜になってしまった。
「マリー、どうする?取り押さえるか?」
ライオネル殿下が強硬な手段を申し出た。
「いいえ、このままやらせてあげましょう。彼女の歌声から僅かに聖力を感じます。導きの能力持ちだわ。」
そう。聴いていて分かったのは彼女の歌声には聖力を感じる。
彼女には導きの能力があるようだった。
ほんの少しだけど。
「ほう。どうりで心地良い歌声だと感じた訳だ。」
「大聖女は言い過ぎだけど上聖女と名乗ってもいいと言う訳だね。
庶民がお手軽に上聖女の歌を聞けるというのも悪くないかもね。」
「ええ。だから彼女にはそのまま歌わせてあげてもいいと思っています。」
「大聖女様がそう言うんなら、僕達には異論はないね。」
「でも、大聖女を騙ると、彼女の身に危険が及ばないか心配で・・・。」
『ナディールの大聖女』と言われたわたしとエリーは、それを理由にナディル帝国に懸賞金をかけられた。
その結果、エリーは命を落とした。
この『宵闇の大聖女エリーゼ』が同じ目に遭うわけではないけど、大聖女を騙ったばかりに危険な目に遭うのはわたしの望むところではない。
「ふむ・・・。やはり大聖女を名乗るのは止めて貰おうか。」
そう言ってライオネル殿下は近くの店員さんを呼び止めると、責任者を呼ぶように言った。
「お客様、私が『月の宵亭』の支配人、ガーランドです。私をお呼びだと伺ったのですが・・・。」
やって来たのはガーランドという名の三十代後半の男性で、他の店員よりも整った身成をしていた。
「ああ、『宵闇の大聖女エリーゼ』と話をしたいのだが。」
「申し訳ございません。彼女との契約で客とは個人的に会わない事が条件となっておりまして・・・。」
支配人が断ろうとしたところで、リカルド様が金貨を一枚テーブルに置いた。
支配人が断りの言葉を口にする度、一枚また一枚とテーブルに積み上げていった。
「いやなに、彼女を強引にどうこうしようって訳じゃない。話をしたいだけだ。」
支配人の目は完全にリカルド様の手元を見ていた。それを分かっていてリカルド様はゆっくりと金貨の上に金貨を乗せていく。
金貨が十枚を超えて二段目を積み上げようとしたとき、支配人の喉が上下した。
「本当に彼女に客を紹介すると二度と歌ってくれなくなるのです。でも・・・そちらの女性のみでしたら会ってくれるかも知れません。」
客と会いたくないのは男性に言い寄られたくないためなのか。
支配人は外套のフードの下に隠れた私の顔を見ながら言った。
「それでいいわ。わたしと話をさせて下さい。」
わたしだけエリーゼに会わせてくれることで話がまとまり、支配人に案内されて店の奥へと向かった。一般客に交じって来ていた護衛のロビンが少し離れてわたしに付いてくる。
「ここで少々お待ちください。」
店の奥の一室に着くと、支配人が扉を叩き先に入って行った。
しばらく待つと室内に促され、代わりに支配人が出て行った。
その部屋は演奏者や歌い手さんの控え室のようになっていて、使い古したソファーやローテーブル、少しだけひびの入ったドレッサー、あとは壁一面に衣装や小道具がひしめくように置いてあった。
そして化粧道具が乱雑に置かれたひびの入ったドレッサーの前には、先ほどまでステージでとてつもない色気を放っていた迫力の美女が座っていた。
「面会に応じて下さって感謝します。
私、マリーと申します。」
「マリー・・・?
マリーじゃないか!!
どうしてここに?!」
「え・・・?!」
エリーゼさんが、わたしのことを知っているような態度に戸惑う。
わたし、いつの間にこんな美女と知り合っていたのだろうか?
「俺だよ、俺!」
そう言ってエリーゼさんは腰まである艶やかな黒髪をズルリと剥き、口元の黒子を親指で拭って消した。
「え、え、え、エリック??!!」
そこにいたのは、ハニーブロンドの短い髪で、立つとわたしより頭一つ分背の高い、黒いドレスに化粧をしたエリックが立っていた。
「え?!あっ?!えっ?!なんで?あれ?」
「参ったな。マリーに女装しているところ見られちゃったな。
とりあえずその辺座って。」
まだほぼ女性のエリックは、苦笑いをしながらわたしに席を勧めた。
わたしはあまりのショックで何か言おうと思っても何も言えなかった。
て言うか男性にいろいろ負けた事実がショック過ぎて現実が受け止められない。
ローテーブルの片隅に置かれた半球体の二つのクッションに目が釘付けになってしまう。
エリックは、元気だったか?とか王国にはいつ戻ったんだ?とか聞いてくれている気がするが、今は「ええ・・・。」としか返せない心理状態だ。
「で、話ってなに?」
エリックが本題について切り出した。
わたしは慌てて本来の目的を思い出して用件を伝える。
「わたしにその色気の出し方を教えて欲しい・・・あ、いや、そうじゃなくて───。」
うっかり本音を漏らしてしまったが、大聖女を騙る人物がいると聞き調査に来たことを話した。大聖女を騙るのは危険に巻き込まれる恐れもあるし、神殿に報告しなくちゃいけなくなる。大聖女はマズいけど、上聖女を名乗ることは黙認することを伝えた。
「マリーはそのままでかわいいよ。」と女装したままのエリックはイケメンな前置きをして、わたしの忠告を受け入れてくれた。
まさかの人物が『宵闇の大聖女エリーゼ』の正体だったけど、大聖女を騙るのは止めて貰えることにもなったし、とりあえずの一件落着となった。
ライオネル殿下とリカルド様だけには『宵闇の大聖女エリーゼ』の正体を教えると、すっごく驚いていた。
「彼女を食事に誘おうとか考えなくて良かったよ・・・。」
とリカルド様が呟いた。
それにはわたしも同感だった。




