135.エリックとロナウドとテオ①
夜も更けテオが寝静まる時間になると、俺は『協力者』宛ての手紙を書く。
便箋や封筒などは、今の俺達には贅沢過ぎるほどの最高級品を使い、情報提供や支援に対する御礼、そして今後とも俺達を支持してくれるよう文を認める。
テントの出入り口の方からバサリと幕が閉じられる音が聞こえると、外の冷気が流れ込み、蝋燭の灯火を大きく揺らした。
テントの仕切りの寝室側へ入ってきたのは、左膝を痛め少しだけ引きずるように歩く高齢の男。
「ロナウド、戻ったのか。」
「殿下、最近また帝都では異変があったようですぞ。」
ロナウドは纏った外套を脱ぐよりも先に、懐から一通の封筒を取り出した。
この男はテオが寝静まる時間になると、俺のことを『殿下』と呼ぶ。
俺の本名、エリック・ナディル───
そう、ナディル帝国の第二王子・・・いや、第一王子だったアレクサンダーの腹違いの弟だから今では王弟になるのか。
俺の母はナディル帝国の先帝の第二妃だった。
俺の父親でもある先の帝王には、妃が三人いた。
第一妃である正妃は、子供に恵まれなかった。
第二妃である俺の母は、余りにも若くして王家へ嫁いだため成人するまで父親の寵を受けることはなかった。
それで俺よりも三年早く生まれたのが第三妃の産んだ王子、それがアレクサンダーだった。
妃の順位によって生まれた王子の王位継承順位が決まるあの国では、王位継承順位一位である俺の存在は第三妃にとって邪魔でしかなかった。
そして第三妃とその実家である伯爵家の謀略により、俺の母と当時生まれたばかりの俺の命が狙われた。
ロナウドの話によると、俺が生まれて三ヶ月の頃だと言う。
第三妃から放たれた暗殺者から逃れるため、母は俺を抱き極秘に王城からの脱出を計った。
しかし馬車での逃亡中、追っ手に掴まり母は殺された。
当時の母と俺の逃亡の手引きをしていたロナウドが、何とか俺だけでも生かすため、俺を抱きながら命からがら辿り着いたのが、ナディール王国の国境内だった。
俺を抱いたままの、今にも死にそうなロナウドを見つけたのが、たまたま通りかかったベルナリオ芸団だった。
ベルナリオ芸団に助けられ、一命を取り留めたロナウドは、俺を育てるため芸団に入りたいと頭を下げた。
芸団としても、芸も何もない中年の男と乳飲み子を簡単に受け入れる訳にはいかなかった。
何か出来ることはないのかと問われたロナウドは、そこで剣舞を披露したという。
ナディル帝国では、剣舞は騎士の嗜みだったらしい。
元は軍の副騎士団長を務め、現役を退いてからは母の実家で領地軍を率いていたロナウドも例外なく、剣舞を嗜んでいた。
ベルナリオ芸団に、剣舞という新しい芸を持ち込んだのがロナウドだ。
芸団の男性達に剣舞を指南し、時には顔がバレないように仮面を被り、舞台で舞いを披露しながら俺を育てた。
かなり無理をして舞台に立ち続けてくれたのだと思う。負傷した左膝が完治する前に再び痛めることを繰り返したせいで、あの膝は一生治ることがなくなってしまった。
当時は四十代後半だったロナウドが、女性団員の手を借りたとは言え、乳飲み子を育てるというのはさぞかし苦労したことだろう。
元はナディル帝国の子爵の身分だったと聞く。貴族だったロナウドが己の身分を捨て、平民に頭を下げ、助けを請い、平民相手に舞いを披露する。
祖国に追われ、貴族の矜持を捨ててまで俺を育ててくれたロナウド。
それを思うだけで、今の俺があるのはロナウドのおかげであり、感謝してもし尽くせない。
俺に剣技や教養を授けたのもロナウドだった。
ロナウドが持てる剣の技術、知識、教養全てを叩き込んでくれた。
俺にとってのロナウドは、時には養父、時には師匠、時には臣下という存在だった。
そんなロナウドが常日頃から俺に言い聞かせていたのが、帝国の王位継承順位一位は俺であり、俺のあるべき場所は帝国城の玉座であると。
必ずや帝国へ返り咲き、母の無念を晴らせと。
わかっている。そのために俺とロナウドは水面下でいくつかの帝国の貴族と『協力者』として通じ、革命の準備を進めているのだ。
俺としても、祖国である帝国をより豊かに、富める国へと導きたい。
そしてそれが俺の使命であることもわかっている。
諸外国と比べ、あの国は今やただ広いだけの古くさく、貧しい国だ。
この芸団の一員として諸外国を旅していればその国の特徴、善し悪しが見えてくる。あの国がいかに閉鎖的で進歩していない国かということは明白だった。
ナディール王国では食べ物が豊かだ。豊富な農作物が育ち、豊かな食文化。そして近年では良質なポーションを生産することで有名だ。
アデル聖国では人材育成が優れている。
各方面で優秀な技術者を輩出し、世界各地で活躍している。
ファイデリティー王国では芸術文化の国だ。音楽や絵画などの芸術分野が素晴らしい。
一度だけ行ったがカルザニスタン王国は宝石や宝飾品加工が世界一だ。
ナディル帝国には何がある?
戦ばかり仕掛け、民は疲弊していくばかりのあの国に。
だからこそ俺しかいないのもわかっている。
アレクサンダーを討ちあの国を戦のない平和な国へと変えることができるのは。




