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あたしも聖女をしております  作者: 斉藤加奈子
第二章

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132/231

132.執行日

誤字脱字報告ありがとうございます!感謝です!

 〇月△日、時刻は十二時二分前。

聖女の矢の執行のため、マリエッタは大神殿の大礼拝堂の祭壇前にいた。

そして祭壇の裾からマリエッタを見守るスーザン。

一般の参拝は中止し、神殿関係者が大礼拝堂に勢揃いしていた。

聖女の矢が放たれるのを一目見ようと遠くの神殿からはるばるとやって来た神官や聖女もいる。

その中にはライオネルやリカルドの姿もあった。


刻一刻と迫る秒針。

誰かの唾を飲み込む音が聞こえた。


三本の時計の針が重なる三十秒前。


「『聖女の矢』」


突然マリエッタの手中に現れたのは黄金に輝く弓と矢。

声を上げる者はいないが、目を大きく見張る者、息を呑む者、祈り始める者、涙を流す者、反応は様々だった。


マリエッタはスーザンに目を向ける。スーザンは何かを決意したように一つだけ頷いた。それに応えるようにマリエッタも小さく頷く。

十秒前、弓に矢を番える。


五、四、三、二、一・・・


時計の三本の針が重なった。

同時にマリエッタは大神殿の南側の天井に向けて聖女の矢を放った。


黄金の矢は一筋の流星のように天井に向かって飛んで行く。

天井に刺さると思われたとき、矢は東の方へ大きく方向転換をした。

そして東側の天井へ吸い込まれるように消えた。

東側の屋根から飛び出した黄金の矢は、スピードを上げて東の空へと消えて行った。


 候補の立場でありながら大聖女としての素質を充分に知らしめたマリエッタ。

多くの神官と聖女が跪く中、ソフィーアとマリエッタだけが意識を集中させ、矢の行方を見守っていた。







「リリーティア王妃、女神像の前で跪きお祈りください。」


 シェーネス東神殿の女神像の前では跪くリリーティアと、その肩に優しく手を置き寄り添うアレクサンダーがいた。


 その場には多くの神官や聖女、帝国の貴族が立会人として集まった。皆固唾を呑みその行く末を見届け真偽を知ろうとしている。その中には誰よりも険しい顔で見守るモーガンの姿もあった。

見守ると言うより、女神の審判に下された罰によってはリリーティアの失墜は免れない。それによる政局の行く末や己に及ぼす影響が心配だった。


 傍に宝剣を携えたアレクサンダーが守ってくれているとはいえ、リリーティアの不安は拭えなかった。

その身に何が降りかかるのか分からない。逃げ出したいが逃げ出す訳にはいかない。

跪いて祈るリリーティアの額から冷たい汗が伝う。


その時だった。

リリーティアが祈りを捧げる女神像の額が光った。


多くの立会人達の視線は光る女神像の額に注がれる。全ての神官、聖女、貴族の視線が集まった時、シュンッと空を切り裂くような高い羽音とともに黄金の矢が現れ、リリーティアの心臓に突き刺さった。


「ひいっ!!」


「っ!!」


 あらゆる厄災から身を護ると言われる宝剣を以てしても、リリーティアを護ることは叶わなかった。


前のめりに倒れ込むリリーティアの心臓に突き刺さった矢は、一瞬発光しその根元から鎖が顕れる。

それは意思を持った生き物の如く、うねりながら全身を覆い尽くした。


「いやっ!アレク助けてっ!!」


──何?!この鎖は!怖い!!

全身の力が抜けていくようなこの怠さは何なの?!

あと顔がムズムズするっ!!


 リリーティアは己の全身をがんじがらめにしている鎖が良からぬ変化をもたらしているのは理解していた。

しかし痛みも苦しみもなく、全身の力が抜けていくような倦怠感と顔面に感じる不快さ、そして全身を覆い尽くす鎖にひたすら恐れおののいていた。


ようやく鎖が動きを止めると、黄金の矢と共に体に溶け込むように消えていった。


──今のは何だったの?!

どこにも傷は無いし、痛みもない・・・。

そうよ!私はこの国の王妃なのよ!

私は無罪だし、私を罰することなんて誰にもできないわ!!

私はあんたに勝ったのよ!!

今に見ていなさい!スーザン!!


傷も無く、痛みも無く、体のどこにも異常を感じなかったリリーティアは、自分の勝利を確信した。

そして立ち上がると満面の笑みで振り返った。


「───ぶふっ!」


突然アレクサンダーが吹き出した。


「アレク??」


立会人として集まった貴族や神官、聖女達が騒がしい。

リリーティアを指差して嘲笑する者、信じられないと口元に手を当てている者、顔をしかめ侮蔑の目を向ける者と様々だった。


「な、何?どうしたブヒ?!」


周囲の反応に戸惑うリリーティア。

アレクサンダーへ一歩一歩と歩み寄るが、アレクサンダーは一歩一歩と後退する。その顔は今にも爆笑してしまいそうなのを必死で堪えるように歪ませていた。


「王妃、ご自身のお顔をご確認しては如何ですかな?」


そう声をかけたのは神殿長のオーギュストだった。

オーギュストは近くにいた年若い神官に鏡を持ってこさせると、リリーティアの顔が映るように向けた。


「ブヒイィィィィィ!!

いやあぁぁぁぁぁぁ!!」


そこに映っていたのは、鼻は肥大化し上を向き、大きな鼻の穴をヒクヒクとひくつかせた己の顔が映っていた。


女神の審判により、リリーティアの失ったものは『顔の美しさ』だった。

しかし、聖女の矢から発現した鎖は全身を覆っていた。もしやと考えたオーギュストは水晶玉を祭壇から降ろすと、リリーティアの目の前に差し出す。


「確認したいことがございます。

この水晶玉に触れていただけますか。」


それは聖女の判定に使われる水晶玉だった。


治癒の能力ならば赤く、

導きの能力ならば青く、

祝福の能力ならば黄金色に発光し、聖力が高ければ高いほど強く光を放つ。


リリーティアは治癒の能力を持ち、聖力も六という類い希な高さを誇っていた。

本来ならば水晶玉に触れるとそれは赤く発光し、その顔を赤く照らし出すほど強い光を放つはずだった。


恐る恐る水晶玉に触れるリリーティア。

何も反応を示さない水晶玉。

何度も何度もペタペタと水晶玉に触れてみるものの何も起こらない。


「な、なぜブヒ?

私は治癒の上聖女のはずブヒッ!

赤く光るはずブヒッ!!

この水晶玉偽物ブヒ!!

神殿長が私を貶めようとしているブヒッ!!」


オーギュストは冷めた目でリリーティアを一瞥すると、溜息を一つつき一人の女性を近くへ呼んだ。

黄金色の聖女のドレスに身を包んだその女性が水晶玉に触れる。

すると水晶玉は柔らかく黄金色の光を放った。


「この通り、本物の判定の水晶玉です。ご理解頂けましたかな。」


「そんなあああぁぁぁぁ!!!

ブヒイィィィィィ!!」


泣き崩れるリリーティア。

美しさを失った。

聖力も失った。

次期大聖女となる人物を襲撃し、大罪人となったリリーティアには何の価値も無くなった。

寧ろそのような罪人が王妃であることの方が問題だった。

アレクサンダーは睨み付けるようにリリーティアを一瞥すると、泣き喚く彼女を捨て置きそのまま城へと帰っていった。

養父でもあるモーガンも同様、リリーティアに一言も声をかける事なく、己の屋敷へ帰り即刻養子縁組の解消の手続きをするのであった。


 夫にも捨てられ、養親にも捨てられ、しかも産みの親にも「こんな娘は知らん」と捨てられたリリーティアは行き場を失った。


このまま野垂れ死ぬかと思われたリリーティアだったが、持ち前のしぶとさで生き残る。

人前ではマスクをすることで鼻を隠し、目元の美しさと、男を籠絡する手練手管で生き延びていた。

ただしマスクを外すと蛇蝎の如く逃げられるため結婚などは出来ず、残りの一生をスーザンを恨みながら娼婦のまねごとをして生きながらえるのであった。







 リリーティアが聖女の矢を受けたことにより美しさを失い、治癒の能力も失った様子は遠い異国の地アデル聖国でも知る者がいた。


当代大聖女のソフィーアと、聖女の矢を放った次期大聖女のマリエッタだった。

リリーティアの鼻が豚鼻と変化したことまでは感じられないが、どのような罰が下されたのかは分かっていた。


「大聖女候補様、女神はどのような審判を下されたのでしょうか!是非お教えくだされ!」


神殿長のマクシムが問い、マリエッタが答える。


「リリーティアに女神の審判が下されました。

リリーティアは容姿の美しさを失い、上聖女としての治癒の能力も失いました。

これで私を襲うような野心など抱かないでしょう。」


当然の報いだと言う者、生きていくのは難しいだろうと言う者、罰が生温いと言う者と神官や聖女達の反応は様々だった。


そんな中、ただ一人スーザンだけが膝を折り、両手を胸に当て最上級の礼を祭壇に向けていた。


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