130.その頃の①
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マリエッタが大聖女候補としての修業を積む一方、リリーティアはひたすら東に逃走していた。
アデル聖国からの追っ手に捕まるまいと昼も夜も馬車を走らせていた。
地方の豪商の娘に扮して王国の国境を抜け、およそ二週間かけて帝都の王城へと向かっていた。
その間、リリーティアは神器の略奪の失敗と、己がなりたいと願っていた大聖女候補がまさかあのスーザンだった──と言ってもそれらしい聖女がスーザンしかいなかったためそう思い込んでしまったのだが──そのせいでどうにも苛立ちを抑えられなかった。
──なぜ、なぜ、スーザンなんかが大聖女候補なのよ?
大聖女のソフィーア様にうまいこと取り入ったに違いないわ!
本当に忌々しい女!
私の行く道で悉く立ちはだかって、妨害する邪魔にしかならない女!
あんな女が大聖女になったら世の中終わりね!
大聖女に相応しいのは美しくて、優しくて、聖力も高い私よ!
私が大聖女になれば民衆も喜ぶに決まってる。
この世の一番高い地位に相応しいのはこの私なのにっ!!
結局神器は手に入らないし、神殿の警備隊に捕まりそうになるし・・・!
散々だわっ!!
悔しいっ!!
リリーティアは頭の中で何度も何度もスーザンを呪った。
夫であるアレクサンダーの声が出なくなり、女神に快癒を祈願するために巡礼へ行きたいと願い出たのはリリーティアだった。
しかしそれは全くの建前だった。
本音は己が大聖女候補になりたいと願い出るためにソフィーアに謁見することが目的だった。
しかしどんなに会いたいと願い出ても謁見さえも叶わず、大神殿に忍ばせた間者からの情報を頼りに現在の大聖女候補に取って代わることしか方法がなかった。
神器さえ我が物にしてしまえば、後はどうとでもなると思っていた。
「王妃様、到着致しました。」
ようやく帝都の王城に辿り着き、リリーティアは長旅の疲れと思い通りにいかなかった苛立ちを、王城の大浴場にのんびりと浸かり洗い流してしまいたいと思っていた。
溜息を一つつき、王城の王族専用の玄関ロビーへ入ると違和感に気が付く。
──どういうこと?誰も出迎えがないなんて。
侍女の出迎えさえもないなんて教育がなっていないわ。
今の侍女は全員クビね。
この国の王妃が長旅から帰還したというのに、寒々しいほどガランとした玄関ロビー。出迎えの者は一人もいなかった。
リリーティアは今までにない状況に苛立ちが募る。
そこへ背後から静かに近づく一人の人物がいた。
「王妃様、お帰りなさいませ。
陛下と宰相が執務室でお待ちでございます。」
王室家令のエドモンドだった。
「出迎えが遅いわ。いったい何をしていたの。それに侍女さえも出迎えに来ないなんて。全員クビにしてちょうだい。」
「・・・。」
いつもならば恭しくリリーティアの言うことに従うエドモンドだったが、今日に限って無反応を示す。
しかしリリーティアはエドモンドのいつもと違う態度に気が付きもしなかった。
「失礼致します。
リリーティアですわ。
アデル聖国への巡礼の旅からただ今戻りました。」
執務机には、口元をマスクで覆ったアレクサンダーが座っていた。
アレクサンダーは先の大戦で、マリエッタの放った聖女の矢により声を失っていたが、そんなことを正直に言えるはずもなく、大声で檄を飛ばしすぎて喉を痛めたとごまかしていた。
しかしそれは当然ながらどんな名医に診せても、リリーティアが聖女の治癒を施しても一向に治らなかった。
そしてその隣に立っているのはリリーティアの養父のモーガン。
リリーティアが養女となったデストワーグナー公爵家の当主でもあり、宰相という政府の要職にも就いていた。
モーガンにとってリリーティアとは政略結婚の駒であり道具であった。
そしてその一方で、リリーティアにとってのモーガンは自分が王妃になるための踏み台でしかなかった。いや、踏み台どころか自分のお陰で王族の傍系となることができ、自分のお陰で宰相の地位に居続けることができているコバンザメのような存在だと認識していた。
「王妃、この手紙はどういうことですかな?」
そう言って、モーガンはいつになく険しい顔で一通の手紙を差し出した。
どこか怒っているような二人の雰囲気にリリーティアは違和感を抱く。
「手紙ですか?読ませていただいてもよろしいかしら。」
手紙を受け取ったリリーティアは差出人を確認する。それはアディーレ大神殿のマクシム神殿長だった。
まさかと思いながらリリーティアは渡された手紙に目を通す。
リリーティアは目を見開き言葉を失った。
その手紙に書かれていたのはリリーティアが大聖女候補に対して神器を奪おうとし、襲撃、誘拐、強盗、監禁、殺害未遂の罪で〇月△日の正午に聖女の矢を執行するため、厳粛に女神の審判を受けられよ。というものだった。
「なっ!何っ?これっ?!」
リリーティアの顔から血の気が引き、脇汗がどっと溢れる。
何と言い訳をしようかと頭を巡らす。
──スーザンの仕業に間違いないわ!
まさか犯罪者のスーザンがこの私にこんな仕打ちをしてくるなんて!!
リリーティアはスーザンは己の身に何が起こっても黙っていると思っていた。
話してしまえば、ナディル帝国の王妃であり妹であるリリーティアの体面、そして格式高い公爵家デストワーグナー家の体面に傷がつく。
スーザンという女は何よりも体面、格式、貴族としての矜持などというくだらないものに拘る性格だと思っていたからだった。
──あの女は今まで貴族としての責任ある行動がどうとか、淑女として相応しい振る舞いがどうだとかそんな上辺だけの面子に拘ってろくな反抗も出来なかったくせに!!
ここぞとばかりに仕返しかっ?!
私のいない所で調子に乗りやがって!!
リリーティアは今まで言われてきたスーザンの杓子定規な忠告を思い出した。
そして今回のこの反撃にふつふつと怒りが込み上げてくる。
──スーザンのくせに生意気だわ!
「ご、誤解ですわ!私は全く身に覚えはありませんもの!」
「では何なのだ!陛下にも同じような文書が届いておったぞ!」
「スーザンお義姉様の仕業ですわ!
アデル聖国でお義姉様にお目にかかりましたもの!
その時に、お義姉様は神秘的なオーラを放つ不思議な杖を持っていらっしゃいました。
そしてお義姉様の方から「この錫杖は自分の身に余る。リリーティアの方が相応しい。」と言って私に渡そうとしてきたのです。でも、私は安易にその様な大事な物を受け取る訳にはいかないとお断りしたのです!!」
「それは誠か?」
「私は嘘は申しませんわ!
もしかしてその時の神秘的な錫杖が神器だったとしたら、お義姉様が大聖女候補だったのかもしれませんわ。
でも本当に私は何も・・・お義姉様はどうしてそこまでして私に罪を被せたいのでしょうか・・・?本当に・・酷いわっ・・・!」
リリーティアは瞬きを我慢し、目を無理やりに潤ませ、大粒の涙をポロポロと落とす。
アレクサンダーは何も言葉を発することなく同情的な目線で己の妻を見つめた。
モーガンは「まさかスーザンが・・・。」と呟きながら何かを考え込んでいる様子だった。
「王妃の言い分は分かった。
しかしこの手紙と同じ内容の文書が帝都のシェーネス東神殿にも届いておる。
神官や聖女というものは貴族や富豪の家の出の者が多い。
よって国の多くの貴族にも既に知れ渡っていると考えてもいいだろう。
もしかすると世界中の神殿にも同じ文書が通達されていて、世界中の貴族の知るところとなっているやも知れぬ。
万が一、女神の審判で何かしらの罰を背負うことになれば・・・分かっておられますな?」
「そんな・・・私は何もしていないのに・・・。」
リリーティアは額を押さえながらふらついて見せた。アレクサンダーは慌てて席を立ちリリーティアに寄り添う。
「王妃には気の毒だが、東神殿のオーギュスト神殿長からの要請で、聖女の矢の執行は東神殿の女神像の前で厳粛に受けられよ、とのことだ。
それまでは外出などされませんように。
これは陛下のご意志でもあります。」
リリーティアがアレクサンダーを見るとアレクサンダーは大きく頷いた。
「はい。そのように致しますわ。」
リリーティアは力なくカテーシーで礼を執るとその場を辞した。




