128.ベルナリオ芸団
誤字脱字報告ありがとうございます!感謝です!
お持ち帰りで大聖女カステラという小さな一口サイズのカステラを買った後、多くの人だかりに遭遇した。
それは長い行列を成していて、大きなテントの入口へ吸い込まれるように、次々と人が入っていく。
「よってらっしゃい!見てらっしゃい!
ベルナリオ芸団の剣劇『囚われの姫君』始まるよー!
当芸団の看板役者エリーも出演、見ていかなきゃもったいない!
大人一人銀貨三枚!子供は銀貨一枚!
もうすぐ公演始まるよー!」
ベルナリオ芸団!
エリックやテオのいる芸団だわ!看板役者エリーってエリックのことよね?!
見たい!是非に見たい!
「見て行かれますか?」
「是非に見たいです!」
一軒家ほどの大きさのあるテントへ続く行列にわたし達も並び、銀貨九枚を払いテントの中へと入った。
テントの中は舞台とベンチ席が何列かあるだけの簡易的な劇場だった。
ほとんどが立ち見の観客ばかりで、子供やご高齢の方が優先的にベンチ席に座っていた。そして観客の中で目を引くのが、若い女性の観客が多いことだった。
そして女性客の中には手に花束や贈り物を抱えている人も多くいた。
「私、見に来るの二回目よ。」
「あら、私は三回目よ。」
「はぁ、愛しのエリー様、私の手編みのマフラー使ってくれるかしら?」
「ムリね。エリー様は年間何本のマフラー貰ってると思っているのよ。
私の手作りのミートパイだったらきっと食べてくれるわ。」
どうやらエリックのファンの子達のようだ。エリックは蜂蜜色のブロンドにアクアマリンの瞳をした、まるで物語に出てくる王子様のようなイケメンだ。わたしもたまに見とれてしまうし、あの子達の気持ちも理解できる。
タン タタン タタタタタ タン
タン タタン タタタタタ タン
ガヤガヤとした観客のおしゃべりを中断させ、小気味良い小太鼓の音が響くと観客は一斉に舞台へ向く。
軽快なリズムに合わせて舞台の右袖から現れたのはテオとロッキーだった。
二人は手足を高く上げて舞台中央まで行進すると、お行儀よくお辞儀をした。
客席から可愛いー!とかワンちゃんかしこーい!とか聞こえてくる。
小太鼓のリズムが変わると、テオとロッキーは少し距離を取った。
テオが腰にぶら下がった小袋を手に取ると小粒の何かを放り投げた。
それを勢いをつけてジャンプで口で捉えるロッキー。
右へ左へ、ひねりを加えながらジャンプして次々とそれを口の中へ納めていく。
次に両足を大きく広げたテオは、股の間から後方へ小粒の何かを放り投げた。
それを目がけて全速力で駆けるロッキー。
股の間を低い姿勢で駆け抜けると、その勢いのまま小粒の何かをパクンと捉えた。
ロッキーは勢いをそのままでUターンをすると、今度は屈んだ姿勢のテオの背中目がけて猛突進した。
テオの背中で思い切りジャンプして、まるで発射台から放たれたかのようなロッキーは、最後の一粒を見事にキャッチした。
観客席からは「おおっ!」という歓声が上がった。
ほんの五分にも満たない催しだったけど、惜しみない拍手が送られた。
丁寧にお辞儀をするテオとロッキー。
もうっ!感動!よく頑張りました!
お姉さんは嬉しいわ!
テオも立派な芸人さんだわ!
今度欲しいもの買ってあげるからね!
ロッキーに犬用クッキーもね!
「テオくんは勉学の方はいまいちですがなかなかの才能をお持ちですね。」
「ええ。将来は凄い芸人さんになっていると思うわ!!」
幼いながらも観客を沸かせたテオに感動するとともに、あぁテオもプロなんだ。と感慨深い気持ちになった。
テオが観客のハートをがっちり捕まえた後は、客席はメインの演目『囚われの姫君』への期待感で溢れていた。
バッシャーン!!
「「「ハッ!!」」」
突然鳴り響くシンバルの音。
かけ声と同時に舞台の左袖から中央へ躍り出たのは、槍を構えた七人の軍人。
先頭にいるのはダン団長さん。
赤と黒を基調とした軍服のような衣装で、軍服にしては裾が燕尾服のように長い。
その長い裾を体を回転させると同時に、花びらがひらくように裾をひらりひらりと翻しながら槍を右へ左へ薙いだり回したり。ダイナミックで勇壮な舞は男らしくとてもかっこいい。
バッシャーン!!
「「「ハッ!!」」」
二度目のシンバルで舞台の右袖から躍り出たのは、剣を手にした騎士が七人。
青と白を基調とし、やはり裾が燕尾服のように長い騎士服のような出で立ちだった。
あっ!エリック!!
その騎士七人の先頭にいたのはエリックだった。
今まで見てきたエリックと違って、前髪を後ろに撫でつけ、きりりと真剣な眼差しは、元々の容姿の良さもあってか、わたしの心臓を騒がしくさせた。
「「「きゃあああああぁぁぁ~!」」」
「エリー様!!素敵ー!!」
「エリーさまぁ~!!こっち向いてー!!」
黄色い声援を浴びながら、エリック達七人は息ぴったりに同調した動きで軽やかに舞う。
それはとても優雅でいて勇ましい。
本物の騎士を見慣れているはずのわたしでさえもドキドキしてしまった。
登場の舞を終え、ポーズを決めるとエリックは舞台中央へと歩み出た。
そして胸のポケットに刺さっていた薔薇を手に取ると、鼻先でその花びらにキスをするかのように香りを嗅いだ。
その仕草はとても優美で物語に出てくる王子様のようだった。
若い女性のほとんどが、「きゃあぁぁ!エリー!こっちに投げてー!」「エリー!こっちよー!こっちー!」と両手を伸ばしてアピールしている。
凄い熱狂ぶりの女性達に若干引きながら、これから何が始まるのかとその様子を見ていた。
エリックは顔を上げ、薔薇よりも麗しく微笑むと手にしていた薔薇を客席に投げた。
薔薇は一人の若い女性の胸元へ飛んで行く。
それをキャッチした女性は興奮しながら頬を紅潮させた。
七人の騎士は舞台に設置された階段を降りると、その女性の前まで行き敬礼をした。
その中でエリックだけが一歩前に出るとその女性に手を差し出し、舞台へ上がるよう優しくエスコートをした。
うっとりとしながらエリックの手を取る女性に周囲からは羨望の眼差しが注がれる。
舞台へ上がった女性は舞台の後方に置かれた派手な椅子に座らされると、七人の騎士は彼女を護るように並んだ。
どうやら薔薇を受け取った女性がお姫様役として騎士に護られる設定らしい。
エリックを中心とした騎士七人がお姫様を守り、お姫様を奪おうとする敵がダン団長を中心とした槍の軍人七人。
場面はお姫様を奪おうとする槍の七人の襲撃へと変わった。
七対七の舞いの対決。
ブォンブォンと空を切りながらダイナミックな動きの槍の七人と、軽やかな動きでバク転などを折り込んだ剣の七人。
どちらもかっこ良くて目が離せない。
中でも、エリックは一際輝いていたし、女性のファンが多いのも頷ける。
すでにわたしも数多くいるエリックファンの一人になってしまった。
ふと、エリックと目線がぶつかった。
ドッキーン!!
わたしの心臓が大きく跳ねた。
柔らかく微笑むエリック。
も、もしかして、わたしに気付いてくれた・・・?
「きゃあ!今!エリー様が私を見たわ!」
「違うわ!私と目が合ったのよ!私のこと覚えてくれたのね!」
近くにいた女性がわたしと同じようなことを思っていた。
エリックがわたしに気付いてくれただなんて思い込みだったのかも・・・。
そう思うと勘違いした自分が恥ずかしくなった。
「あいつが例の助けてくれたとかいう男か。ふん、身のこなしはまあまあだが実戦では勝てんな。」
聞き覚えのある声が頭上から降ってきた。
「ライ!!」
わたしの右側に立つのは平民の装いでも、醸し出すオーラで存在感がやたら高貴なライオネル王太子だった。
「練習すれば僕でもあれくらいは出来るよ。今度マリーのためだけに披露して見せようか?」
今度はわたしの左側から声をかけられた。
「リカ!!」
リカルド様も平民の装いで、こちらも醸し出すオーラが眩しい。
おかしい。三人とも平民の装いなのに二人に挟まれると気後れしてしまうのはなぜだ。
「いつからいらしていたのですか?」
「ああ、先ほどだ。
其方だけ楽しまずに誘ってくれても良かろう。」
「そうだよ。僕が面白いところを案内してあげたのに。」
そんなこと言って、ナディール王国から部下を呼んでまで忙しそうにしていた人たちだ。
気安くお誘い出来るはずもない。
舞台では、槍のチームにお姫様が攫われていた。
攫われたお姫様を奪還しようとする剣のチーム。
奪還成功かと思いきや、実は女装した敵兵でしたというお笑い要素を織り交ぜ、槍のダン団長VS騎士のエリックという対決のクライマックスを迎えた。
流石としか言いようがないほど、スピード感溢れる二人の攻防。
当たってしまうんじゃないかとハラハラドキドキ。
∞字に槍を振り回すダン団長。
隙がないため攻めあぐねいているエリック。
するとエリックは敵に背を向けて味方に向かって軽く助走をつけた。
味方の内の二人が向かい合い、右手で自分の左手首、左手で相手の右手首を掴むとぐっと腰を落とした。
その組まれた腕に足をかけるエリック。
その瞬間、味方の二人は思い切り組んだ腕を持ち上げた。
エリックが空を飛んだ。
空中でくるりと体を回転させ、ダン団長の背後に立った。
最後に思い切り剣が振り下ろされ、切り倒されるダン団長。
無事お姫様の奪還に成功し、
跪いてお姫様に求婚するエリック。
で、めでたしめでたし。
最後のカーテンコールではお姫様役を務めた一般女性にも惜しみない拍手が送られた。
エリックもテオも、そしてロッキーもとっても素敵だった。
観客も皆楽しそうな顔をしている。
若い女性達は次こそは自分がお姫様役に選ばれたいと興奮冷めやらぬ様子だ。
「次はどこに行きたいんだ?」
「え?」
「せっかく街へ出たんだ。
行きたい所へ案内するよ。」
「市場をもう少し見てみたいのと、平民用の服が欲しいのですが・・・。」
「よし、分かった。俺等が見繕ってやろう。」
「僕たちに任せて。」
それからライオネル王太子とリカルド様の案内で洋品店を何店舗か回った。
もちろんお二人はわたしに似合う服を見繕ってくれたが、農民の娘風からお花売りの娘風、そして商家の娘風までいろいろ着させられた。
脱いで着てお二人に見てもらってあーだこーだ言われて。
遊び半分で新聞配達の少年の格好をさせられて爆笑されるという屈辱を受けたが、皆が楽しそうだったので許すとする。
しかもお金は全部王家の経費で出してもらったしね。
わたしはありがたくそれらを頂戴することにした。




