122.奴隷落ちの原因
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わたし達を包み込んでいた眩い光が止み、目を開けるとそこは数秒前と変わり映えのない、同じ景色が広がっていた。
転移されていない?
いや、違う。
目の前に跪く二人の白の神官が、黒い髪、黒い瞳、褐色の肌色をしていることに明らかに違う国に来たことを理解させた。
出迎えてくれた白の神官との挨拶もそこそこに、わたし達は馬車を二台借りてメリルの住む庶民の居住区へと向かった。
メリルから寄せられた手紙の内容は、父親の営む定食屋の開業資金のために借金をしたが返済が滞ってしまい、借金の形に店は奪われ、一家で奴隷落ちしてしまう、助けて欲しいというものだった。
しかし定食屋の開業資金程度の借金で一家が奴隷落ちとはリスクが高すぎる。
わたし達はどうしてそうなったのか調べるため、メリルが家族と働く定食屋へ向かったのだった。
カラマーダの都の一般庶民が住む居住区では、石造りの建物がひしめくように建っていた。
石造りといっても神殿のように白くはなく、少し灰色をしている。
建物のほとんどが隣家と壁を共有するように増築を繰りかえしていて、全体を見ると歪になっていた。
商売をしている建物は、軒先にカラフルな日よけのシェードを張りその下に商品を陳列していたり、飲食店ではオープンカフェのようにテーブルや椅子が置かれていた。
褐色の肌色をした人々が行き交い、とても活気があって、雑多な感じで、賑やかな街だ。
そして馬車はあまり見かけない。
馬ではなく牛が荷車を引いていて、乾いた風が吹く度に砂煙を巻き上げている。
そんな街並みの一画、オレンジ色のシェードを張った店の前で馬車は止まり、わたし達はそこで降りた。
「いいから来いっ!」
「嫌っ!お父さんっ!お母さんっ!」
「お願いします!娘は!娘だけは!」
「うるせぇっ!お前等も直ぐに奴隷にしてやるから安心しろ!手っ取り早く金になるのは娘だ!早ければ早いほどお前等の借金が減っていいじゃねぇか!」
店から飛び出すように出てきた人達。早速修羅場に遭遇した。
チンピラっぽい人に腕を引かれている女の子がいる。年齢はわたしより二、三歳年下に見え、丸顔で目の大きな可愛い子だ。多分あの子がメリルだろう。
「失礼致します。メリルさんはいらっしゃいますか?」
場の空気を分断するようにロザンナ様が声をかけた。
「わ、私ですけど・・・。」
「な、なんだてめえ等は・・・。」
突然現れた白の聖女の一団にチンピラも戸惑っていた。
「貴女ですね。この手紙の差出人は。」
ロザンナ様がぴらりと封筒を見せた。
「ああっ!それは私が女神様に書いた手紙!た、助けに来て、くれたっ?!」
女神は私を見捨てたりしなかった・・・とメリルは大きな瞳からポロポロと涙を流しながら手を組み、わたし達に向かって祈り始めた。
わたし達は貸金業者の人も含めて話を聞くために、外では何だからと店の中に入った。
店内は貸金業者の人が暴れたのか、机や椅子は倒され、木製の食器が散乱していた。
わたし達は六人がけのテーブルに案内されるとソフィーア様、ロザンナ様、そして白の神官ジーニアスが並んで座り、その向かいにわたしとスーザンが座った。
そしてそれぞれの後ろには守備組の女性騎士が護衛に付いた。
貸金業者の男とその子分はメリルを連れて行こうとしたところを邪魔されたためか少し不遜な様子で、この店の店主やその妻、そして娘のメリルはテーブルの側で俯きながらわたし達の動向を窺っていた。
「私達はメリルさんからの手紙を読んで、なぜ奴隷落ちとなってしまったのか調べるために参りました。
私は大聖女専属秘書官のロザンナと申します。そしてこちらがアディーレ大神殿の神官のジーニアス、そしてこちらが大聖女のソフィーア様です。」
ロザンナ様が自己紹介をすると、メリル等は大聖女様がお見えになったことに驚いた様子で、呆けた顔でピクリとも動かなくなった。
そんな彼女達の様子を気にも止めずロザンナ様は言葉を続けた。
「早速ですけど、借金の借用書を見せていただけますか?」
「あ?え?こ、これが借用書だ。
間違いなく、ここにオヤジのサインが書かれている。」
そう言いながら貸金業者の男は一枚の紙を差し出してきた。それを受け取ったジーニアスは一通り目を通すと、眉間に皺を寄せて険しい顔をした。
「法的には問題ないのですが・・・利息が高すぎるかと・・・。」
ジーニアスは借用書をソフィーア様へ手渡した。ソフィーア様は老眼鏡をかけていても尚読みづらいらしく、目を細め「小さくて読めないわねぇ。」と言いながら目を通していた。
「本当ね。よくこんな利率でサインをしたものね・・・。」
「俺等は悪いことをなんて何もしてませんぜ?正当にこいつらを奴隷として売れるってぇ訳ですよ。」
「そ、そんな・・・利率は一割だったはず!毎月ちゃんと利息分は払っていたじゃないか!」
ソフィーア様は借用書をロザンナ様とひそひそ話しながら読むと、わたしへと回してきた。
わたしもスーザンと一緒に借用書に目を通す。
そこには、月利が一割、しかも複利であると明記されていた。
月利でしかも複利というのは毎月の利息が一割、しかも翌月にはその一割の利息も元本として計算されるので、二カ月後には一・二一倍の負債となり、十二ヶ月後には三・一三倍近くの負債額に膨れ上がるものだ。
なんて酷い利率なんだろう。借用書をちゃんと読めばこんなものにサインする気なんて起きないはずなのに・・・。
「ああ、ちゃんと一割だろ?
月利で複利だけどな!」
「そ、そんな一割だと言ったからサインしたのに・・・ツキリとかフクリとか聞いたこともないことを言われても・・・。」
そこでわたしは自分の耳を疑った。
この店のご主人は月利も複利も知らない。ましてや借用書を読んでいないことにもなる。いや、読めないのかも?
「店主、月利と言うのは────複利と言うのは───。」
店主のためにジーニアスは子供でも分かるように噛み砕いて月利と複利の説明をした。
その意味が分かると店主の顔は次第に怒気を帯びていき、貸金業者を睨み付けている。
「ジーニアス、この国の教育制度はどうなっているのかしら?」
ソフィーア様が問いかける。
「はい、どんなに貧しい子供でも字の読み書き、四則演算、社会の一般常識を勉強するように義務化されています。
そのために孤児院や神殿の礼拝室、休日の役所の会議室等を利用した学習教室が開催されているはずですが・・・いかんせん強制ではないので・・・。」
ジーニアスの説明によれば、この国の最低レベルの教育であってもきちんと身に付けていれば、この契約書の内容は理解できるはずだとのことだった。
「店主、いや店主のみならず、その妻、そして娘よ、其方達は学習教室で何を学んでいたのだ?」
ジーニアスの問いかけは冷たく、向ける視線も鋭くなっている。そんな視線を浴びせられ三人は恐縮してしまっている。
「あ、いや、俺等にしちゃあ勉強なんかより働く事の方が大事です。
子供のころから勉強なんかしている暇があったら一皿でも多く料理を客に出せって言われて育ってきたんですよ。
それに自分の名前が書けて、お金の勘定ができりゃそれで充分なんですよ。」
「何を言っている?その勉強をしないからこんな目に遭っているではないか?!
少しでも不幸にならないためにも勉強が必要だと思わないのか?」
「俺等だって不幸になりたくないです。
だから俺等を幸せに導いて貰えるように毎日朝晩と女神に祈りを捧げているじゃないですか。
今回だって女神様がきっと救ってくれる。そのために大聖女様達が来てくれたんじゃないですか?
俺等を救ってくれるのは勉強じゃない。女神様だ。」
店主達は手を組むと「女神よ我らに救いの手を」とぶつぶつと突然祈りだした。
わたしの直ぐ近くからは、はぁと溜息が漏れたのが聞こえた。
「奥様、あなた読み書きは?」
「す、少しだけ・・・。」
「学習教室へは?」
「私も親から女は勉強は要らないって・・・。」
「メリル、貴女は?」
「私は店の暇な時間だけ・・・でも勉強なんかしなくても女神様は私達を守ってくださるって・・・。」
はぁ、とソフィーア様はまた一つ大きな溜息をついた。
話を聞くと読み書きができない人というのは結構いるらしく珍しいことではないらしい。
ということはこの貸金業者は店主が契約内容をよく理解していないのをいいことにサインをさせたことになる。
詐欺まがいだけど貸金業者だけが責められる問題でもない。
ソフィーア様はどう判断なさるのだろうか。
「この国では勉強することは義務となっています。
それに我々の信ずる女神、セディア神も学ぶことを怠るなとおっしゃっていますし、それは教義にもなっています。
これは仕方がありませんね。」
「そ、そんな・・・助けてくれるんじゃないんですか・・・。」
この店の店主は愕然として肩を落とし、奥さんと娘のメリルは泣きながら抱きしめ合っていた。




