118.お礼に行く
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メリッサに用意してもらった平民用の服を着る。白のブラウスに赤のワンピース。たまにはこんな装いもいい。結構似合ってると思う。
ブラウンのかつらを装着して、だて眼鏡をかけた。
メリッサとロビンにも平民が着るような服に着替えてもらった。
神殿が所有する馬車で一番地味で装飾がないものを借り、西へ十五分、西の森へ向かった。
西の森の近くには、先日危ないところを助けてくれた旅芸人一座の拠点がある。
メリッサには庶民に人気のお菓子、ビスコッティを多めに買ってきてもらい、それを手土産にお礼に行くことにした。
しかも職人さんにお願いして、砂糖や卵の入っていない、小麦粉と少量の油と水を練って成形して焼いたガリガリクッキーも用意してもらった。
そんな不味そうなクッキーをどうするのかって?これは人間用ではない。犬用クッキーなの。
危ないところを助けてもらった人への手土産が、ビスコッティと犬用クッキーとかしょぼいのは分かっているけど、こちらの身分を隠すつもりでいるのでしょうがない。
間違っても貴族しか買えないような高級菓子など用意できなかった。
馬車を少し離れたところに預け、平民の服装なのに腰に剣を佩いているロビンには少し離れてもらい、メリッサだけを伴う。
わたしは浮き立つ心を抑えながら、エリック、テオ、ロッキーに会いに行った。
「わふ!わふ!」
最初にわたしの来訪に気がついたのはロッキーだった。
「ロッキーごきげんよう。エリックとテオはいるかしら?」
わたしは駆け寄ってきたロッキーをわしゃわしゃ撫で回す。
ロッキーの白いもふもふにわたしの指が埋もれる感触を堪能していると、少し遅れてテオの声が聞こえた。
「あっ!マリーじゃん!」
テオはエリックと剣舞の稽古中だったらしく、エリックは剣舞用の剣を、テオは木でできた短い剣を手にしていた。
「ごきげんよう、エリック、テオ。
先日助けてくれたお礼にまいりました。
お稽古中におじゃましてすみません。」
「おう!気にするな!お礼って何くれんの?」
「こら、テオ、行儀が悪いぞ。
気を遣わせて悪かったな。お礼なら、昨日神殿長から謝礼の手紙が届いたから本当に気にしなくてもいいよ。」
「え?!神殿長から?!」
「おう!手紙だけだなんてしけてるよな。どうせなら謝礼金を銅貨十百千枚くらいくれってんだよ。」
「十百千枚?」
「ああ、聞き流してくれ。テオは銅貨しか見たことがないし、数も二〇までしか数えられない。
マリー、それより怪我の具合はどうだ?」
「おかげさまで、もうすっかり。
はい、テオ。良かったらこれ皆さんで食べて。」
わたしはビスコッティの包みをテオに渡すと、ちょうど休憩にするところだったらしくわたし達もご一緒させていただくことになった。
エリック達のテントへ案内される。
テントの中は幕で半分に区切られていて、通された方には組み立て式のテーブルや折りたたみ式の椅子、収納用の木箱、簡素な棚に生活雑貨が並べられていた。前に来たときにいたロナ爺さんはお留守のようだ。
テオとしばらく待っていると、トレイに紅茶を入れた木製のマグカップと、ビスコッティを盛りつけた木製のお皿を載せてエリックが戻って来た。
ビスコッティにテオは大喜びで、エリックも美味しそうに食べてくれた。わたしも初めて食べる素朴な味わいに、自分用に買っていこうと思うほどだった。
「もぐっ、もぐっ、まりー、ひょうは、すかーほはんはな。おんなのほみはいだほ。」(マリー、今日はスカートなんだな。女の子みたいだぞ。)
「こら、食いながらしゃべるんじゃない。行儀が悪いぞ。ほら、またこぼして・・・。」
甲斐甲斐しくテオのお世話をするエリック。前にテオはエリックに拾われたとか言っていたので本当の兄弟ではないはず。だけどとても仲の良い兄弟だ。
エリックにはわたしも危ないところを助けてもらったり、怪我の手当てをしてもらったりしている。彼は世話焼きな性分なのかも知れない。
「あの時は仕事の関係でズボンだったのよ。」
「ふーん。」
「そういえば囚われていた仲間は大丈夫だったのか?」
「ええ、無事救出されました。
その節は助けていただいて本当にありがとうございました。
何か御礼をして差し上げたいのですが・・・。」
「いいよ、いいよ。こうやってお礼に来てくれたし。
それにしてもマリーってこの辺の出身じゃないのか?大神殿までの道を教えてくれって言っていたけど。」
「ええ、出身はナディール王国なの。
アディーレ大神殿へは見習いで来ていて・・・。」
「へえ、偶然だな。俺等もナディール王国からやって来たんだよ。本拠地はあっちなんだ。」
話を色々聞くと、エリックの所属するこの旅芸人一座は『ベルナリオ芸団』という名前だった。
ベルナリオとはこの芸団の創始者の名前で、本拠地はナディール王国の王都にあると言う。
春には春祭りのあるところへ行き、夏には夏祭りのあるところへ、秋には収穫祭のあるところへ行くという生活を送っている。
冬はナディール王国の王都で貴族の夜会や舞踏会の余興などで収入を得ているらしい。
エリックと色々お話ししていると、ビスコッティをおねだりにロッキーが物欲しそうな目で近づいてきた。
わたしはロッキーのために用意していた犬用クッキーを包みから出す。
「これ、犬用クッキーなの。食べさせてもいいかしら?」
「犬用?そんな贅沢なものがあるのか?」
「砂糖も卵も入ってない小麦粉を練って焼いただけのものよ。」
「たくさんやり過ぎなきゃ大丈夫だろ。」
「オレにも一個くれ!・・・ウゲッ!堅いし粉っぽいしあんまうまくねぇっ!」
やっぱり犬用だけあってあまり美味しくないようだ。
ロッキーは自分にも何かくれるのだと分かっているらしく、わたしの膝に両前足を乗せて迫ってくる。
わたしはクッキーを一枚手に取り地面に置こうとした。
「わふっ!!」
「あっ!」
気が付けばクッキーはすでにわたしの手にはなく、素早く食いついたロッキーの口の中でボリボリ言っている。
もう一枚クッキーを手に取り、今度は少し高い位置に掲げた。
「わふっ!!」
「あっ!」
しかしそれは再び地面に置く前に、ジャンプしてしかも空中でひねりまで加えたロッキーの口の中に収まってしまった。
「オレも!オレもやりたい!!」
楽しそうに見えたのかテオがねだってきたのでクッキーの包みをそのまま渡した。
クッキーを手に上に下にと振り回すテオ。それを追いかけジャンプしたり突進したりするロッキー。
テオとロッキーが戯れているのをエリックとわたしとメリッサで眺めていた。
「なあ、マリー。
マリーの時間が空いている時でいいんだ。御礼としてテオに読み書きと簡単な計算を教えてやってくれないか?」
「そんなことでいいの?」
「ああ、マリーの来られる時でいいんだ。」
「喜んでお引き受けするわ。」
「助かるよ。俺等もここに留まるのは長くはないからその期間だけでも頼むよ。」
「ええ、お安いご用よ。」
こうしてわたしは二、三日に一度の割合で、修業の後、テオへ勉強を教えるためこの拠点へ通うことになった。




