其の壱 魅琴:前篇
夕暮れ、同じようなデザインの制服を着た少年少女らの話し声が閑静な住宅街に響く。
「ね、ねえ…ほんとに行くの?妖人警戒区に私達だけでなんて……やっぱ危ないよ……」
見るからに気弱そうな少女が前を行く少年に尋ねる。少年は少し横柄な様子で振り返ると大きなため息を一つしてから答えた。
「何を今さら言ってんだよ、だーいじょうぶだって!竜弥も連れてきてるんだし!なっ?」
「え?あ、まあ、うん…」
竜弥と呼ばれた少年は突然話を振られたことに驚きつつもおずおずと答える。すると最後尾を歩いていたもう一人の少女が彼の隣へ駆け寄り、背中を思いきり叩いた。
「ちょっと!なんでそんな自信なさげなの!私たちはあんたを頼りにして来てるんだから、しっかりしてよね!」
「佳奈ちゃん!やめなよ!」
怒っているにしては少々覇気の足りない声で気弱な少女が言う。それを聞いた彼女ーー佳奈はすかさず少女の横に回り、顔をぐいっと少女の耳に近づけた。
「優希、あんたもあんたよ。竜弥と全然話せない~……なんて泣きついてくるから、折角こうしてあのバカまで誘って機会作ってるのに……。隣に並んで話すくらいしなさいよ」
「だ、だって……竜弥君全然喋んないし……」
「それはあんたもでしょうが!二人とも自分から話しかけるようなタイプじゃないんだから、そんなだとなんも変わんないわよ!」
思わず語気を荒げた佳奈に気弱な少女ーー優希はたちまち縮こまってしまう。その声には流石に気付いたようで前の少年達が振り返る。
「おいおい~泣かすなよ?お前ただでさえこえーんだから」
「うっさいバカ英治!」
「ほーら、こえーこえー」
英治と呼ばれた彼はおどける様にして佳奈から距離をとろうと走り出す。
「待って」
突如凛とした声を出す竜弥。先程までの自信なさげな声とは一変した、筋の通った声に前の三人が一斉に歩みを止め振り返る。
彼はケータイの画面を見て止まっていた。
誰も話さなくなった一瞬の静寂を煽るように風が木の葉を揺らす。
「お、おい。どうしたんだよ急に」
「そうよ、驚かせないで――」
バッと。言葉を遮るようにしてケータイの画面を見せつけると、神妙な面持ちで黙る竜弥。そして一秒も経たないうちにーー。
その表情をすぐにほどいた。
「ごめん、みんな。家から招集かかっちゃった。今日はここまでにしよう」
「……」
思わず呆けてしまう三人。
「…な、なんだよ!ビビらせんなよ~……」
「ほんとごめん、言いだし辛くて……」
途端に緊張が緩み、ホッとして竜弥に歩み寄る。
「英治ビビりすぎ!急に大人しくなっちゃってさ」
「う、うっせえよ!すぐそこが警戒区だってのに、聖人に今みたいな態度取られたら誰だってビビるだろうが!」
「すぐそこが、でしょ。ここら辺はまだ人も住んでるくらいなのに。ねー優希、あんたよりビビっちゃって、情けないね〜」
「な!お前だって――」
クスクスと笑いながら揶揄おうとする佳奈にムッとして反論しようとする英治。
「兎に角!」
脱線した話を引き戻すために竜弥がまた少し声を大きくする。
「僕はもうこれ以上一緒に行けないから、今日はここで解散にしよう。流石に君たちだけで行かせるのはほら、令状違反になっちゃうから、ね?」
竜弥は再び申し訳なさそうな表情を作ると、顔の前で手を合わせて詫びのポーズをとった。
「チェッ、なら仕方ねえ、引き返すかぁ。折角ここまで来たのになぁ」
「ほんと、ごめんね?じゃあ、また明日。近くに迎えが来るらしいから僕はここで失礼するよ」
「おう、またな。はぁ…んじゃ行くぞ、二人共」
「ま、またね竜弥君、気を付けて」
とぼとぼと少し残念そうに歩き出す英治と佳奈。そしてそれに比べ安堵したように歩き出す優希。
しかし、彼女がふと竜弥の方を見やると、別の方向へむかった彼の横顔にまた影が落ちているのが見えた。
思わず呼び止めようとしたが、彼はすぐに塀の陰に隠れて視界から消えてしまった。
「ねえ……」
そう呼びかけようとしたが、声は吐息になり伸ばした手はそのまま虚空を彷徨う。
「どうした?」
先を歩いていた二人が彼女が付いてきてないことに気づいて声をかけた。その声にはっとして振り返り、不安を払うように大きく首を振る。
「…なんでもない!」
そう言って二人の元へ駆け寄った。