第2話 皇女殿下は手駒を集める
離れに戻った私は、応接間に座り優雅に紅茶を嗜む。
私の周りでは、メイド達が部屋に足りなかった物を搬入したりと忙しない。
何故こういう事になったのかというと、父上と会った後、今まで暮らしていた離れではなく城内に戻らないかと提案されたが、私はそれを拒否した。
私が城内に戻る事で、良からぬ事を画策する輩が出ても困るからだ。
諍いを避けるために私は離れで暮らす事を選択したのだが、どっちで暮らすにしろ大きな問題がある。
そう、人員不足だ。
私の周りには極力人を置かなかったので、まずは急速にその問題を解決する必要がある。
「そういうわけだから、お前達に集まってもらった」
カップをソーサーに置き、目の前で立てる4人の人物達を見渡す。
父上との内謁の後、手が空いている者達が纏められた書類を見て、私は数人をピックアップした。
「では、左から順に挨拶してもらおうか」
左の1番端にいた、黒髪を中分けにして眼鏡をかけた男が一歩前にでる。
ピンとした背筋に、綺麗な形のお辞儀に育ちの良さが出ていた。
年は26歳、身長は私より高く185cm、胸板がしっかりしており燕尾服がよく似合っている。
「ヘイスティングス・トリガーサクリファイスです、お仕えする前に、皇女殿下にお伺いしたい事があるのですがよろしいでしょうか?」
貴族ではない平民には、私たちのように名前の間に国名や家名は入らない。
この質問が来る事を事前に予測していた私は口角を上げる。
「いいだろう、申してみよ」
腰を折ったままのヘイスの眼鏡の隙間から垣間見える眼光が鋭くなる。
「何故、私を選ばれたのですか?」
この男は優秀だが、今まで誰にも拾われずにいたのには理由がある。
彼は貴族だったが、父親が他国と繋がりスパイをしていたという嫌疑がかかった、
捜査の最中に自暴自棄となった父親は一家心中を図ったが、彼だけは運良く生き残る。
結局、スパイ疑惑は嫌疑不十分だった事もあり、幼かったヘイスは爵位は剥奪されたものの罪に問われず、憐れんだ父上が手を差し伸べ王宮で下働きしていた。
元々ヘイスの家は他の貴族から恨まれていたせいもあり、スパイ疑惑ですら疑わしいと私は思っている。
父上もそれを知っていて、彼が生きるために爵位を剥奪し庇護下においていた。
ヘイスを私の従者に推薦したのも勿論父上である。
「ヘイス、私は貴様の目つきの悪さが気に入っている」
「へっ!?」
私の予想外の答えにヘイスは表情を崩す。
ソファから立ち上がった私は、ヘイスの前まで行くと、彼の顎を掴み上にあげる。
「それとも何か、ただの下働きだった貴様にはそれ以上の価値があるのか? あるというのなら示してみよ」
私は顎から手を離し彼の眼鏡を外すと、腰を折ったままのヘイスの両頬に触れる。
「今日から貴様は私のものだ、忠義を尽くせば、貴様が望む物をくれてやろう」
嫌疑をかけた貴族に復讐をしたいのはわかっている。
助けたと言っても、ヘイスの家族を救えなかった私の父上にも、その子女である私にも思うことはあるだろう。
私は、こいつのその薄暗い気持ちにつけ込む。
ちょうど私の長い髪は垂れ下がり、他の者からは私の表情を覗き知ることはできない
私は、ヘイスだけに私の本当の顔を見せる。
ここまで踏み込まなければこの男を落とす事はできないだろう。
「...わかりました、我が皇女殿下」
私は、ヘイスの両頬から手を離す。
「よろしい、では次だ!」
ソファに戻らなかった私は、そのままヘイスの隣に居た男の前にスライドする。
「ウォルター・ブレイブヴァーミリオンです」
身長2mを超える赤髪の大男が私を見下ろす。
12歳という若さで生きるために兵士となり、数々の武功を立てた。
それから18年、年は私より少し下の30歳、顔の傷が歴戦の激しさを感じさせる。
「皇女殿下、悪い事は言わない、俺はやめておけ」
元々軍人であったウォルターは、隣国との戦争で同じく軍人だった妻を亡くした。
よくある話だが、当事者であれば話は変わってくる。
妻を愛していたウォルターは、生きる気力を無くし酒に溺れた。
戦場で武功を立てる事を辞め、やる気のなさから他の軍人に疎まれる存在に成り下がる。
「貴様、何を勘違いしている?」
私はウォルターに詰め寄った。
距離を詰めると、腰に携えた剣を引き抜き、ウォルターの胸元に剣先を押し当てる。
「選べ、我らの目の前から去るか、ここで自害するか、タダ飯喰らいはこの国にはいらん」
私の気迫に、ウォルターは思わず一歩下がる。
「ただし、私に仕えたら貴様の妻を殺した人物とやりあえるぞ」
彼を口説き落とすに当たって、争点になりそうなのはここだろう。
問題があるとしたら、彼に復讐心があるかどうかだけだ。
「復讐のために生きるか、何もせずただ死に行くか、覚悟を決めよ」
1度目を伏せたウォルターは、感情を落ち着かせ再度ゆっくりと瞼を開ける。
「条件がある、1対1だ、そいつとはサシでやらせろ」
私はウォルターの胸に押し当てていた剣を引く。
「いいだろう、取引成立だ」
ウォルターはその場に跪き、胸に手を当て騎士の礼を見せる。
「ウォルター・ブレイブヴァーミリオンです、先程までの無礼を詫び、騎士として皇女殿下に忠誠を誓います」
私はウォルターの両肩に剣を当てる。
騎士としての儀式という奴だ。
「ふむ、では次だ」
私が顔を横に向けると、肌黒い金髪の男が前に出た。
その特徴的な耳と尻尾を見れば、彼が獣人族であること事は一目瞭然である。
「ルディ・エアリアルラメントだ」
ルディは先程から私の全身を舐めるように観察している。
普通であれば鬱陶しいものであるが、卑しさを感じないためか特には気にならない。
「デッドエンドディーヴァ、俺は貴様になら仕えてもいい」
予想外の答えに、素っ頓狂な声が出そうになるが我慢する。
「ふ...ほぉ?」
さすが私、なんとかごまかした。
「俺たち亜人は魔力の強さが全て、デッドエンドディーヴァ、お前の魔力は仕えるに相応しい」
獣人族はこの世界では忌避されている存在だ。
私は彼を口説き落とすにこのポイントを使おうと思っていた。
故に、こんなに簡単に決まるとは思ってなかったのだが、まぁいいだろう。
チョロくて結構、目的さえ果たせば問題はない。
「ふむ、しかし私が主人であるならば、その言葉遣いはどうであるかな?」
それまで飄々としていたルディの纏う雰囲気が変わる。
「神に与えられしエアリアルラメントの名にかけて、皇女殿下の影として忠誠を尽くします」
ルディの役割は表面上は私の騎士として仕えるが、主な役割は情報収集と裏工作だ。
ちなみに亜人達に精霊名以外に名前があるのは、人の世で暮らしたり、人と交流している者達だけである。
「では、1番右端の貴様で最後だ」
私たちの地球ではお馴染みの、特徴的な耳を持った者が一歩前に出る。
「ノエル・リバティー=スカーレット・クレッセントイージスです」
ショートカットの青みがかかった金髪と、軍服のパンツルックが男装の麗人を匂わせる。
4人の中で1番小柄だが、女性にしては大きい方だろう。
「皇女殿下、私を雇っていただくには一つ条件がございます」
彼女が提示した条件は、仕えるべき相手が女性であり、彼女自身のお眼鏡に叶う事だ。
私は人差し指を唇の中に入れ、八重歯に押し当てる。
少し強く噛みすぎたか、薄っすらと血の滲んだ指先を彼女の鼻先に突き出すと、透き通ったブルーだった彼女の瞳が赤く染まっていく。
「どうだ? 私の血は合格か?」
彼女の母はエルフであり、その美貌を見込まれて貴族の元に輿入れした。
しかし、その美貌が仇となり吸血鬼に拐かされた彼女の母はノエルを孕む。
生まれたノエルの見目が良かった事もあり、彼女はそのまま貴族の子として扱われたが一つ問題が生じる。
彼女は吸血鬼の特徴を引き継ぎ、血を欲する体となった。
「合格...で御座います、皇女...殿下」
ノエルは必死に抑えているものの、紅潮している表情からは我慢しているのは明らかだ。
「忠誠を誓うなら吸ってよいぞ、ノエル」
私の手を両手で掴んだノエルは口を大きく開け、私の指先を咥え込む。
「んっ」
大事な物を扱うように触れるノエルの優しい舌先が気持ちよくて、少しくすぐったい。
指先に滲んだ血を綺麗に舐めとったノエルは、ゆっくりと私の指先を口元から引き抜く。
「も、申し訳ございません、皇女殿下」
我に帰ったノエルは羞恥心を取り戻したのか、顔を赤らめる。
「ふむ、そんなに美味しのか?」
私は、先程までノエルが舐めていた自分の指先を口の中に入れるが、やはりただの血の味しかしない。
「こ、皇女殿下!?」
慌てるノエルは中々に嗜虐心を唆られる。
周りに視線を流すと、ルディは何事もなくこちらを見ているが、ヘイスとウォルターは見てはいけないと視線をそらしていた。
男性陣には少し申し訳ないことをしてしまったかもしれないな。
「冗談だ、では改めてよろしく頼むぞノエル」
ともあれ、予定通りに事が運んで何よりだ。
私は再びソファに腰を下ろすと、いつのまにか入れなおされていた紅茶に口をつけた。