表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/14

第1話 目覚めのいい朝

 ここからが短編の続きになります。

 零れ落ちた朝露が、触れた私の指先を滴る。

 この感覚を味わうのも何年ぶりだろうか。

 あまりの歓喜に口の端が綻びそうになる。


「おはようございます、リリィ姉様!」


 どうやら弟のアルフレッドが私を訪ねてきたようだ。

 アルは、私が呪いをかけられてから15年後、母が43歳の時に出産した子になる。

 母は16の時に私を出産したが、呪いによって私が使えなくなったために新たに後継者を生む必要ができた。

 周囲からは第2夫人を取れ、妾を作れと催促された父であったが、それらを拒否し続けたと聞く。

 アルは初めて私の姿を見た時も怖がらず、会話もできないのに良く此方に顔を出している。


「あれ? リリィ姉様?」


 アルは、私が寝室にいない事に気がついたみたいだ。

 私のこの姿を見たらアルはどう思うだろうか。

 悪戯心から、私は無言のまま奥の部屋からアルのいる寝室へと向かう。


「あっ! リリィ姉...じゃない、だ、誰?」


 驚くアルに、私は優しく微笑みながらゆっくりと歩み寄る。

 普通なら太子であるアルが、護衛も付けずに一人でうろつく事はない。

 だが、両親や弟は気を遣ってここには極力人を入れないようにしている。


「えっ、えと」


 顔を赤くして戸惑うアルの前に、私は跪き視線を合わせる。


「ひどいわアル、私の事がわからないのかしら?」


 少し屈んで、態とらしい上目遣いで瞳を潤ませる。

 アルは当初固まっていたものの、私の発言が飲み込めたのか目を見開く。


「も、もしかしてのもしかしてですけど、リリィ...姉様ですか?」


「よくできました!」


 私は立ち上がり、アルを抱き寄せた。


「ま、まってください! リリィ姉様、その姿は一体!?」


 アルが戸惑うのも無理がないだろう。

 私は抱きついていたアルを解放する。


「私も昨夜この姿に戻っているのに気がついたばかりなの、おそらく術者の魔法使いが亡くなったのだと思うわ」


 本当にあの魔法使いが死んだのだと思うと心が踊る。

 おっと、せっかくアルの前では猫を被っているのに、これでは表情が崩れてしまうではないか。

 私は慌てて表情を取り繕う。


「なるほど、わかりました...って、それならそうと、ここでボーッとしてる場合じゃないです!」


 アルは慌てて外に出ていく。

 おそらく人を呼びに行ったのだろう。


「ふむ、アルが帰ってくるまでにバスタオルでも巻いておくかな」


 昨日ルー君から貰ったガウンを着たまままなのだが、少し生地の面積が足りてない。

 着替えをするにも、生憎とこの部屋には私が着れる物が一つもないのだ。

 化け物に成り下がっていた私が体に被せていた布地ではサイズが大きく、昨夜もそのせいで衣装がずり落ち、真っ裸で夜の庭を出歩いた結果がこれである。


「まぁ、これでよいか」


 化け物であった時の私のサイズで作られたタオルは全身を隠すのにはちょうど良かった、

 そうこうしていると部屋の外から靴音が聞こえてくる。

 アルが人を連れてきた様だ。


「リリィちゃん!」


 使用人や護衛を置き去りにした母上は、息を切らして部屋に飛び込んできた。


「お久しぶりでございます、母上」


 私は貴族の令嬢らしく、上品にカーテシーを行う。


「まぁ...まぁ! 私と同じその髪の色、陛下と同じ赤い瞳、貴女が子供だった時の面影も残っているわ、間違いないわ、貴女はリリィちゃんよ!」


 興奮した母上は、よっぽど嬉しかったのか私の顔をベタベタと触れる。

 思えば、母上には本当に苦労をかけた。

 私がこんな姿になったのに、狸どもからは後継者を催促されたり、第2夫人や妾を認める様に促されたりしたと聞く。


「母上には大変ご迷惑をおかけして申し訳なかったと...へぷっ」


 母上は私の言葉を遮り、自らの胸に抱き寄せた。


「そんなの、どうでもいいのよ! 貴女が元の姿に戻って、またこうやって話す事ができて、私はとっても嬉しいわ! 迷惑とか、そうじゃないでしょ!!」


 声を荒げた母の言葉に、感情が揺さぶられる。

 取り繕っていた無様な姿は剥がれ落ち、子供のように母の体にしがみつく。


「私も...私もずっとママと話したかった!」


 私の頬を大粒の涙が零れ落ちる。


「パパもママも12歳の時からずっとそばにいてくれたのに、辛い時も苦しい時も寄り添ってくれて本当に嬉しかったもん」


 この20年間苦しんだのは私だけではない。

 家族だって同様に苦しんだ。


「だからね、ママ、ずっと、側にいてくれてありがとう」


 よく見ると泣いているのは私だけではない。

 抱き合った私たちは涙が枯れるまで泣き腫らした。







 久しぶりのドレスに心が高鳴る。

 身体のラインを強調するマーメイドラインのドレスは、私の身長と体型によく似合う。


「綺麗です、リリィ姉様」


 病床に伏せる父上と面会するために、私は用意されたドレスに着替えさせられた。


「ありがとうアル、貴方もかっこいいわよ」


 私に合わせて、アルもナポレオンジャケットの正装スタイルに着替えている。

 

「えへへ、リリィ姉様に褒められて嬉しいです」


 我ながらに中々チョロい弟だと思う、お姉ちゃんは君の将来が心配だよ。

 王族としてそれでいいのかとも思うが、まぁ可愛いから別にいいか。


「2人共よく似合ってるわ」


 振り向いた母上はとても嬉しそうだ。

 母とこうやって再び一緒に出歩けると思うととても感慨深い。

 久しぶりに歩く王城は、所々が変わっていて時間の流れを感じる。


「さぁ、着いたわ、入るわよ2人とも」


 母上が扉の前に立つと、使用人の1人が扉を開く。

 扉の両隣には兵士がいて、そのうちの1人と視線があったので笑顔を返しておいた。


「失礼します陛下、アルフレッドとリリィヴァイスをお連れいたしました」


 母上の後に続いて父上の寝室の中に入ると、2人が私に前に出るように促す。


「お久しぶりでございます陛下、リリィヴァイス・リバティー=ブロッサム・デッドエンドディーヴァ只今参りました」


 この世界の名前は少し特徴的で、名前の後に続くのは国名、家名、精霊名とどこの国も統一されている。

 つまり私の場合は、リバティー王国のブロッサム家のリリィヴァイスという事だ。

 精霊名にあたるデッドエンドディーヴァは、生まれた時に神から授かる別称であり、エルフなどは私の事をリリィヴァイスとは呼ばずにデッドエンドディーヴァと呼ぶ。

 ちなみに弟のアルフレッドの精霊名は、ジャッジメントクライシスである。


「おぉ、おお! リリィよ、もっと近う寄れ」


 父上は1年前に体調を崩してからは自室にこもっており、私の部屋に来る事はできなくなった。

 久しぶりに見た父上の頬は窶れており、覚悟を決めていた私も心を締め付けられる。


「陛下...」


 私が言葉に詰まると、父上は優しく微笑んだ。


「そんな他人行儀な呼び方をするでない、子供の頃のようにパパと呼んでくれてもよいのだぞ」


 父上には申し訳ないが、先程泣き腫らして冷静になったせいか流石にパパは少し恥ずかしい。


「父上、ずっと私の事を守ってくれてありがとう、いつも会いに来てくれて嬉しかったよ」


 私の頭を父上が優しく撫でる。


「なに、父が娘に会いに行くのは当然であろう」


 父上が目で側仕えに合図を送ると、家族を残してみなが部屋から下がっていく。


「今日は体調が良い、少し背中を起こしてくれないか?」


 私は父上の背中に手を伸ばし起き上がるのを介助する。

 体を起こした父上は一息をつくと、真剣な眼差しで家族を見渡し口を開いた。


「もう儂は長くない、オリヴィエ、これを」


 父上は懐から一通の書状を取り出し母上に手渡す。

 書状はおそらく、次の皇帝を任命するための物だろう。


「次の皇帝はアルフレッドだ、リリィヴァイスすまないがアルフレッドを支えてやってくれ」


 父上の空気感が変わった事で、私も態度を改める。


「もちろんでございます陛下」


 もとより私は皇帝を継ぐつもりなど毛頭ない。

 弟と後継者争いで揉めたくはないし、その事で父上と母上を困らせたくないのだ。


「目覚めたばかりだというのに苦労をかけるな」


 父上の表情が再び柔らかくなる。

 少し恥ずかしいが仕方ないと私は腹をくくり覚悟を決めた。


「気にしないで、パパ」


 照れた表情でパパと呼ぶと、父上は嬉しそうに顔をクシャッと崩す。


「おぉ、そうかそうか、何か欲しい物はあるかリリィ? 残された時間は少ないがいっぱい面倒をかけさせておくれ」


「もう! ダメですよエドガー!」


 父上の言葉に母上はすかさず釘をさす。

 流石は母上だ、こんなに簡単に甘やかすのはよくないからな。


「私だってリリィちゃんを甘やかしたいんですから!」


 母上の言葉にずっこけそうになる。

 普通そこは釘をさすところですよ母上!


「僕もリリィ姉様をいっぱい甘やかしたいです」


 手を挙げぴょんぴょんと跳ねるアルが可愛い。


「そうかそうか、では3人でたっぷり甘やかすとしよう」


 なんとも言い得ぬ空気感に私はたじろぐ。

 だって、甘やかされるのはくすぐったいもの。

 この後も私たちは家族全員で過ごせる残り少ない時間を楽しんだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ