第2話 行商人の皇女殿下
前半リリィヴァイス視点、◇を挟んで後半ノエル視点になります。
物資が不足しているとはいえ、商業都市アレンスキーの行商区画は多くの露店と人で賑わっている。
特に、隣の大きな露店には多くの人が群がっていた。
そのおかげもあって、私たちのお店の売り上げも中々のものである。
周囲を見ると、隣の露店もそうだが、ストレルカは私たちと同じように獣人族の行商人が多いようだ。
「そろそろお昼ね、私とルーシーで店番しているから2人は先に済ましてきて」
アレンスキーに到着した翌日、私たちは怪しまれないためにも、アーケード街で他の行商人に混じって商いを行なっていた。
かさばらない保存食をもってきたおかげか、午前中の売り上げはなかなかのもので、自らの商才に恐れを抱く。
なんていうのは嘘で、私たち以外にも干し肉を扱っている行商は多く、商才とか関係なく売れていった。
環境の厳しい寒冷地はお酒を嗜む人も多いので、行商の商品としては鉄板のネタの一つだろう。
「わかった、レオン、先に飯にいくぞ」
ルディは呼び込みをしていたレオンを伴い、食事処へと向かう。
奥で帳簿を計算し終えた私は、ルディの代わりに店の前に立ち、先程までレオンと共に外で呼び込みをしていたルーシーをこちらに呼び戻した。
小さい女の子一人で呼び込みさせて何かあっても困るしね。
「リリアーナさん」
聞き覚えのある声に反応すると、見覚えのある黒の獣耳が目に入る。
昨日の今日で、またこやつに会うとはな。
「ようこそディミトリー様、昨日はありがとうございました」
私はディミトリーに礼を述べる。
いずれ敵同士になると言っても、今は普通に接するべきだろう。
「此方こそハンカチありがとうございました、すみません、借りていた事も忘れてしまっていて」
ディミトリーは私に洗濯しなおしたハンカチを返す。
そういえばハンカチ貸したままだったね、忘れてたけど。
「ふふ、ハンカチの一つくらいよろしかったのに」
手渡されたハンカチからは、ほのかに私の匂いとは違う、他の人の匂いが香った。
皺一つないハンカチから、彼の真面目な性格が見て取れる。
「そんなわけには参りません...ところで、これは干し肉ですね」
ディミトリーは陳列された商品へと視線を移す。
「はい、よければお一つ如何ですか?」
私はここぞとばかりに、目一杯の営業スマイルで商品を売りつける。
「そうですね、詰所に差し入れするので30個ほど頂けますか?」
さすがは副団長、太っ腹!
私の営業スマイルもはじけちゃう!!
「ありがとうございます! ルーシー、後ろの大きな紙袋とってくれる?」
私が指示を出すより先に、ルーシーは干し肉を大きな袋に詰めていた。
ルーシーは引っ込み思案だが、気が利いていて流れを読む能力が高く、こちらが指示を出す前に自ら行動している事が多い。
レオンの方は活発だが、行動には慎重さが伴っていて、意外にも堅実なタイプだ。
2人はこの仕事が終われば、何らかの仕事を斡旋しようと思っていたが、手元に置くのも悪くないかもしれないと思っている。
「よくできた妹さんですね」
どうやらディミトリーは勘違いしてしまったようね。
「あら、妹だなんて嬉しいわ、私もまだまだいけるわね、ね、ルーシー」
私の微笑みに、ディミトリーはきょとんとした表情を見せる。
「うん、ママは若くて綺麗だから、お兄ちゃんが間違うのも無理がないよ」
流石はルーシー、私にうまく合わせてくれる。
ディミトリーも驚いたのか、一瞬戸惑ったような表情を見せた。
「ごめんなさいね、ディミトリー様も、人妻よりやっぱり若い子の方がいいわよね」
私がしゅんとした表情を見せると、ディミトリーは慌てて手を振る。
「いえ、そんなことはありません、リリアーナさんはすごく魅力的だし...って、別に口説いているわけではなくてですね...」
自分でやってて言う事じゃないけど、ディミトリーは真面目だなぁ。
むしろ人妻なのに、こういう思わせぶりな態度をとる方がどうかと思うけどね。
「騎士のお兄ちゃん、どうぞ」
商品を詰め終えたルーシーがディミトリーに袋を手渡すと、後ろにある箱から商品を補充しようと向かう。
その瞬間、隣の大きな露店の積み上げた木箱がグラグラと揺れていたのが目に入る。
「あっ...」
迷うより先に体が動く。
ルーシーの身体に覆いかぶさり、痛みに備え目を閉じる。
その直後に地面に木箱が落ちる音が響いた。
ん? おかしいな?
痛みを感じなかった私は、違和感を感じて目を開くと、私の上から覆いかぶさったディミトリーと目が合った。
「あ、えっと...」
不意打ちの至近距離に、思わず顔が熱くなり言葉に詰まる。
「お怪我はありませんか?」
むしろ、心配しなければいけないのは此方なのに、ディミトリーは何事もなかったかのように振る舞う。
「ご、ごめんなさい、ママ、お兄ちゃん」
ハッとした私は、覆いかぶさっているルーシーの顔や体を触ってチェックする。
「そんなことより、大丈夫? ルーシー、どこか痛い所はある? 頭、打ってない?」
手で触ったり見た感じでは、多少の擦り傷はあるものの大丈夫そうに見える。
とっさに腕を滑り込ませたので、頭は打ってないはずだと思うけど、目に見える事が全てではない、
ルーシーは不安そうにする私の表情を見て、優しく笑う。
「大丈夫、ママ達が守ってくれたから、騎士のお兄さん、ありがとう」
先に立ち上がったディミトリーは、私とルーシーの手を取り引き上げる。
よく見れば、木箱が当たったのか、ディミトリーの額の隅からも血が滲んでいた。
私は近くにあった水の入ったボトルを手に取ると、先程返されたばかりのハンカチを濡らし、ディミトリーが怪我をした場所をそっと拭う。
「すみません、また、ハンカチ汚しちゃって」
ディミトリーの手が、ハンカチを当てる私の手にそっと触れる。
こやつめ、少しでも油断するとグイグイくるな。
「ふふ、いいんですよ」
私はハンカチから手を離し、そのままディミトリの手に預ける。
こやつのペースにだけは絶対にさせぬ。
「本当はまた洗って返すべきなんでしょうが、実は、今からこの街をたつのです」
ディミトリーがこの街から離れる理由が気になるな。
もし、オーラン達のクーデターの情報を掴まれているのであれば、こちらも動きを変えなければならない。
「どこかに行かれるのですか?」
「ええ、詳しい内容は言えませんが、ここも目的地に向かう途中に寄っただけなのです」
一応は聞いてみたが、この男からはこれ以上の情報は引き出せないだろう。
むしろ、オーランの動きが感づかれている可能性がある事に気がついた事を喜ぶべきか。
「なるほど、わかりました、それと、よろしければ、それ差し上げますよ」
私は、ハンカチを指差す。
「いや、でも、それは...」
「ふふ、大丈夫ですよ、助けていただいたお礼です、それにディミトリー様には先程いっぱい買ってもらいましたから」
私はディミトリーが手に持った袋に視線を送る。
「それでもまだ気になるのでしたら、また、どこかで出会った時に返してくだされば結構ですよ」
次に私とディミトリーが出会うとしたら戦場だ。
もし、ディミトリーが私の正体を知ったらどう思うだろうか。
「わかりました、では、次にあった時まで預かっておきます」
ディミトリーは頭を下げ、名残惜しそうにここから去っていく。
私とルーシーは、遠くから離れていく彼に、軽く手を振り見送った。
◇
主君と離れて何日が過ぎたでしょうか。
相変わらず、ウォルターは今日もどこか様子が変です。
こんな事で、この先大丈夫なのかと不安になりますが、私がしっかりしていれば問題ないでしょう。
「あれ? この道さっき通りませんでしたっけ?」
雪原を抜け、渓谷にできた洞窟を抜ける私たちの上空では、今日も元気いっぱいに吹雪いています。
獣人族ならまだしも、人族がこんなところを通るとしたら自殺志願者くらいでしょう。
「問題ない、3個前の別れ道に似ているが、ちゃんと目的の場所に向かっている」
ウォルターは迷う事なく別れ道を進む。
くっ、私だって、場を和ますためにちょっとおどけただけで、本当はわかってたんだからね!
「すまない、迷惑をかけたな、もう大丈夫だ」
いじけているのがばれたのか、足を止めたウォルターは、一言そういって再び先に進む。
ふふん、分かっていれば良いのです。
頼みますよウォルター、私達が迷わず目的地にたどり着けるかは、貴方にかかっているのですから。
「問題ない、その代わり、私が呆けた時は一発きついのをぶっとばしてくれ」
私はウォルターを追い越し、ズンズンと先に進む。
「わかった、それはそうと、その別れ道はそっちじゃない、こっちだ」
しまった!
赤面する私の後ろで、ウォルターが声を抑えて笑う。
「....わざとですから! ほら、さっさと行きますよ!!」
私は間違った道から戻り、ウォルターの背中をぐいぐいと押す。
「わかったわかった、ほら、こっちだ」
どうやら、ウォルターは少し持ち直したようです。
しかし、どうしましょう、ここに来るまでに、誘惑に負け...コホン、少し計算を間違えたのか、血を多く飲み過ぎました。
最後まで持つといいのですが。
ま、どうにかなるでしょう、細かい事を気にしても意味がありません。
私たちは目的地に向かうべく、渓谷の奥へと進んだ。
ブクマ、評価、ありがとうございました。
短編の方も増えていて驚きました、感謝します。