理恵・勝負を挑まれる…が④(終)
フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等とは一切無関係です。
ピリリリリ♪
理恵がベッドで寝転んでいると携帯電話が鳴った。
「あ、葛城さんだ。何だろ?」
理恵はメールを開いた。
『高嶋署の白き鷹より湖岸のお猿へ』
(何だこりゃ?)
『土曜の件、スタート地点を連絡されたし。本田君に『普通に走れ』と伝言頼む』
(何か協力してくれるのかな?)
「了解しました♡わかったら連絡します…送信っと」
◆ ◆ ◆
「ん?理恵ちゃんからメールだ」
風呂上りに携帯のランプが点滅しているのに気付いた速人。
「なになに…『葛城さんから普通に走る様にだって』?」
速人はとっくに勝つ気は無くしていた。モンキーに乗るのは最後かもしれない。大島から言われた『免許を汚さない様に』する方が大事。バイクを取られたとしても自転車で通えば良い。そんな事を思っていた。
「葛城さんが絡んでくるという事は理恵ちゃんの作戦が使えるのかな…」
☆ ☆ ☆
決戦の土曜になった。
「ハンデをやるよ。ルートは決めさせてやる」
「そりゃどうも。じゃ、面倒だから校門から真旭風車村跡まで」
(スタートは高校の正門です…送信…葛城さんお願い)
風車村跡にギャラリーが着くまで15分ほど待ってスタートすることになった。
集まった生徒が風車村跡へ移動する。その様子を第二教務室から眺める2つの影が有った。
「竹原、準備は良いわね?」
「御意!」
葛城は風車村跡へ自転車やバイクが移動するのを眺めていた。
「そろそろ警邏の時間ですね…仔猫ちゃん達、準備は良いかな?」
「はい…♡」
(えっと、ここで少し歯が見える程度の笑顔だっけ?)
「よろしくね」
晶はリツコに習った必殺技その②『笑顔』を発動した。何故か『キラ~ン☆』と聞こえた気がする。
「ああ…晶様…」
頬を赤らめる者、涙を流す者、そして性的興奮をする者まで居る。
イケメン扱いされる自分の容姿が役に立って嬉しいような悲しいような。
複雑な気持ちで晶はCB1300Pを駆って警邏へ出た。
「それじゃ、カウント始めっぞ!」
ファン!フゥワァン!と勇ましい排気音を出す相手に対して、速人はいつも通りの長閑な排気音。プルンプルンと軽く空ぶかしをしたが、迫力が無い。125㏄フルサイズのRS125に対して8インチタイヤのレジャーバイク・ホンダモンキー。どう考えても同じ土俵で戦うバイクではない。
「5・4・3・2・1・Go!」
脱兎のごとくスタートした相手に対して速人は普通に走り出す。
「ありゃ駄目だ。本田はバイクを取られるな」
「せめてスタートぐらい喰いつけよな~」
パウ~ウ~
ギャラリーが呆れていると、サイレンの音が聞こえた
「そこのバイク止まって…止まりなさい!待て!待ちなさい!」
ギャラリーがざわついた。サイレンの音に停止指示。取り締まりだ。サイレンの音は止まらず今都市街を回っている。
「おい、白バイから逃げてんのはどっちや?」
「本田はスロースタートしたから…田屋か?」
「アホやなぁ~白バイから逃げられる訳無いやんけ」
◆ ◆ ◆
「サイレンの音が聞こえるなぁ」
引き離された速人は知らなかったが、田屋は葛城から逃げ回り、今都町の各所ではミニパトが待機していた。田屋は白バイが入り込めないような路地へ飛び込もうとしたが、尽くミニパトに遮られていた。
「くっそ!どうなってんだ!?」
「そこのバイク!止まりなさい!」
サイレンと葛城の声が街のあちこちから聞こえる。
学校を出て少し離れた所にある一旦停止。田屋は葛城が睨んだ通りに停止せず通過した。
「ま、いいか」
制限速度を守って安全運転。一旦停止してから左右を確認して発進。
負けて命を取られるわけじゃない。バイクはまた御金を貯めて買えば良い。
(やっぱりモンキーは楽しく走るバイク。フンフ~ン♪)
残り少ない時間を楽しむつもりで景色を見ながら湖岸を走る。今日も速人のモンキーは快調である。
(もうすぐ風車村跡…これでお別れかなぁ…寂しいな)
ゴールの風車村跡に集まるギャラリーが見えてきた。
◆ ◆ ◆
「緊急自動車が通ります!道を開けてください!」
追走する葛城は先だって軽い交通規制網を貼っておいた。
「小早川巡査、名小路商店街方面よろしく」
「夏美!足ブレーキ!」
「誰それ?」
ミニパトと晶の白バイは田屋の乗るRS125が逃げ込みそうな場所は塞ぎ、ドライブレコーダーで撮影。逃走車がミスで事故を起こさない様に適度な距離・速度を保ちながらの追走。ゴールはもうすぐだ。今都市街を走り回って最終コーナーを曲がってゴール…
観念したのか、RS125は停車した…と思ったら田屋はバイクを捨てて走り出した。
「くっそ!しつこいポリ公共め!俺は今都のお子様だぞ!」
バイクを捨てて走り出した田屋は何かにぶつかって転んだ。
ドスンッ!
「うおっと!邪魔すんな!捕まるだろう…が…」
ぶつかった男に悪態を付いた田屋だったが、見る見るうちに顔は青ざめていった。
「おおっと…我が校の生徒が俺の胸に飛び込んで来たではないかぁ!」
「まぁ!竹原先生の胸に飛び込むとは何が起こったのだ~!」
竹原とリツコがわざとらしいリアクションをしている所へ葛城が来た。
ヒュウウゥン…キィ…
「一旦停止無視・速度違反・停止命令無視…おおっと、先生ですか?注意していただかないと」
「ふんっ!俺は今都に住んでるんですけどぉ?泣く子も黙る金持ち田屋家の御曹司だぞ!」
何処の金持ちかどうかなんぞ知った事ではない。市立中学なら何とかなったかもしれないが、高校は県立。警察は県警。どちらも県の組織なので市より力関係は上だ。
「なんと、きみはけいさつからにげていたのかぁわるいやつだなぁ」
「ぐうぜんみまわりをしてとんでもないものをみてしまったぁどうしよう」
騒ぎを聞いた教師や生徒たちがワラワラと集まり始めた。
ここは高嶋高校の駐車場。そう、田屋は逃げ回った挙句にスタート地点の
高島高校の正門へ戻って来たのだった。
葛城が追ってきた田屋を捕まえた竹原とリツコの行動は早かった。親を学校へ呼び出して即日のバイク通学許可の取り消し・正式な決定が出るまでは無期限の仮停学処分となった。
「はぁ?我が家は今都に住んでるんですけどぉ?」
「だから何?」
「栄光の都市・今都の住民に逆らうのか?」
「だから、それがどうしたと?」
「どうやって通わせるつもりだ!」
「御心配なく。当分の間、停学です」
保護者は抗議をしてきたが、当然、学校側は突っぱねた。
◆ ◆ ◆
速人が競争をした日の夕方、常連たちは大島サイクルへ集まった。
何事も問題なく進んだと思われた計画。だが、若干の問題があった…
「ったく…あんたの棒読みは何よ!」
「磯部先輩だって棒読みだったじゃないですか!」
小芝居が下手だった竹原とリツコ。小芝居を見た葛城は苦笑している。
「うるさい!先輩に逆らうんじゃない!」
「ごめんなさいごめんなさい!」
生徒から恐れられる『鬼の竹原』が叱られる姿を見た速人達は驚いた。
しかし、もっと驚くセリフを竹原は言った。
「それにしても、女の子で白バイに乗るって凄いよね」
「「「「「「女の子ってわかるの!」」」」」
「いや…どう見ても女の子でしょ?」
「初めて女の子扱いされたぁ…♡」
「俺の裏工作は要らんかったかな?」
「裏工作って、何したの?」
速人達が帰った後、大人たちはどんちゃん騒ぎの宴会状態だったらしい。
◆ ◆ ◆ ◆
週明けの放課後。
「結局さ、僕はリツコ先生と葛城さんの掌で踊ってただけなんだね」
「リツコ先生が怒ってた理由…聞いたか?」
「うん…『私の事をオバサンって言った』…だよな」
「女の人って、怒らせると怖いよな」
理恵を怒らせた大村、そして今回の田屋。どちらも女の子の怒りの鉄槌で破滅へ追い込まれている。どんな男も女性から生まれて女性に振り回される。結局、男は女性には敵わないと悟った速人と亮二だった。
「で、速人はどうすんのよ?」
「まぁ、しばらくはこのままで」
「こういうのは勢いよ。俺と綾なんかラブラブやぞ」
「亮二の場合は『尻に敷かれてる』って言うんだよ…」
話ながら速人と亮二は駐輪場へ向かった。そんな二人を理恵と綾は眺めていた。
「男2人で何の内緒話をしてるやろう?面白い話かなぁ?」
「さあ?帰りに買う大判焼きの相談でもしてるんじゃない?」
「今日はたこ焼きの気分かなぁ~」
季節は春。花咲く季節。でも、速人の恋の花はまだ咲かない。
「兄貴、超A級の処理係を準備したのですが…」
「断っといてくれ。違約金は預けてある金から頼む」
その夜、FM滋賀では讃美歌の13番を流す予定がキャンセルされた。