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大島サイクル営業中・2018年度  作者: 京丁椎
2018年 11月
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価値とは何か

フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。

実在する人物・団体・地名・施設等とは一切無関係です。

 大島サイクルに限らず下取り車で程度の良いバイクは修理後に中古車として店に並べられる事は多いであろう。ただ、下取りとして出されるからには買い換えられる理由もある。小型から普通自動二輪へのステップアップや加齢による衰えから免許返納。そんな場合の下取りもしくは買い取りならば車両の程度は比較的良い。逆に重大な故障で買い替えられる場合は中古車として店先に並べるより部品取りになる場合が多い。部品取りでなければ『レストアベース・趣味人に』とポップを貼られて並べられる事も有る。ホンダの旧型モンキーは人気車で部品取りにされる事は少なく、多少の壊れ具合なら大島サイクルの在庫部品で簡単に直ってしまう。とは言え昨今の純正部品の値上がりで店先に並べるのに整備をすると格安ではあるがそれなりの値段となってしまう。


「う~ん、どうしても13万円以下で売ると赤字になる」


 春先に買い取ったホンダゴリラだが、思ったより修理に手間と部品代が掛かってしまった。下取り価格と合わせると15万円以下だと俺の工賃が無くなる。13万円以下で売れば部品代が出なくなる。10万円台が売れ筋の我が店では高価な部類の商品になってしまった。メーカーから部品が出るだけまだましだが、この先が思いやられる。


「部品代の内、税金と倉庫代がどれだけ入ってるんやろうなぁ」


 メーカー純正部品は保管中にかかる倉庫代や部品自体にかかる税金の分、年々値上がりする。その結果が修理代金の値上がりに直結する。去年直したのと同じ所を今年直すと部品代の分値上がりしている。


「どうしたもんかなぁ……」


 どんよりと曇った空は俺の心と同じだ。


 ◆     ◆     ◆


 今日の夕食はカレーライス。我が家のカレーはカツオと昆布の出汁が効いた和風のカレーだ。


「売れないんなら私が買っちゃおうかな~?」

「売れんかって自分で買うてたら儲けに成らんで。やっぱり売らんとなぁ」


 下取りや買取で手元に置いておきたいバイクは入ってくる。でも、それを残しておいては商売にならない。自分で欲しいと思うバイクは八割方お客さんも欲しがるバイクだ。とは言え値段次第の面はある。ウチの大人のお客さんは10万円を超えるバイクにはなかなか手を出さない。ただ、学生は頑張ってバイトしたり、お小遣いを貯めたりして買ってくれることが多い。


「安売りはしたくないけど、ちょっと表に出す時機を逸した。こりゃ来年の春待ちやな」

「ノンビリした商売ねぇ」


「急いては事をし損じるってな、まぁ売り急ぐことは要らんやろ。飾っとくだけでも可愛らしいしな」


 ◆     ◆     ◆


 売れはしないがホンダゴリラは奥様方には好評だ。コロンとしたスタイルが可愛らしく映るらしい。タンクを撫でたり眺めたり。パンク修理やちょっとした部品交換の合間に触るお客さんが多い。


「これは買えんけど可愛らしいわぁ、置いといたら?」

「売らんと儲けに成らんやん。嫁さんも居るのに。このままやったら俺、ヒモになってしまうで」


 実家の賃貸料と店の売り上げ、それと田畑の借地料が有るとはいえ俺の収入はリツコさんより少し多いくらい。リツコさんは昇給が有ると思うけど、自営業の俺にそれは無い。将来の為に稼がなければいけない。その将来がどうなるかは分からないが。


 奥様方が夕食の支度を始めに家へ帰る頃、入れ替わるように学生たちが店を訪れた。バイクに乗り始めた1年生だ。


「ゴリラさんが15万円ねぇ。高いけど仕方ないと思うよ」

「澄香ちゃんもそう思うか」


 ホッパー改に乗る澄香ちゃんがタンクをナデナデして言った。他の3人の目にもゴリラは可愛らしく映るらしく、各々タンクを撫でたり、跨ってみたりしている。


「澄香ちゃんのお家はお金持ちやろ?私の家やったら『アカン』って言われるで」

「でも、言っても買ってもらえへんで。あくまで生活費とお小遣いの範囲やから」


「値段より小さすぎるから買わないかなぁ」

「麗ちゃんはお兄ちゃんにおねだりできるやん。私なんかお母さんが怖いんやで」


 どうやら四葉ちゃんのお母さんは厳しい人らしい。


「私は荷物が積める方が良いかな。ギヤも面倒やしなぁ」

「ああ、それはあるな」


 クラッチ操作不要の遠心クラッチにしてあるとはいえギヤチェンジは必要だ。荷物を積むには前カゴかトップケースを付けなければいけない。理恵なんかは「トップケースを付けたら乗る時にパンツが見える」って付けていないが、荷物を積むなら前カゴ付きのスクーターの方が良い。


 そんな事を言いながら談笑していたら別の客が来た。招かざる客である。


「ギュヴォッファ~(※ほほぅ~的な今都言葉)おい、このバイク売れ」

「ああ?お前、免許は?免許と常識が無い奴には売らんぞ」


 言葉ですぐわかる。今都人だ。全身から甘ったるい匂いを漂わせてのご来店。見るからにまともな人間じゃない。1年生4人には奥に避難してもらう。


めんきゃは有りぞ(免許は有るぞ)なぁん?15万?高い高い高い!5万にしろ!」


 値段を見るなり値引きとはよい根性している。


「高いか?」

「高い高い高い高い!5万!5万にしろ!」


 なるほどなぁ。高いか。


「お前、この辺のもんじゃ無いな」

「おう!今都から来てやったんやでぇ!金持ちの今都やヴぇぇ!」


 道理でこの辺りで見かけん顔だと思った。


「なるほどなぁ、10年以上前の小さいバイクが15万円って驚くほど高値やなぁ」

「そうそうそうそう!だから5万!5万でエエやろ!」


 クソガキが……調子に乗るな。昔の俺やったらシバき倒してるぞ。


「ホンダゴリラの元になったホンダモンキーは1961年に多摩テックと言う遊園地の遊具として登場した。『子供にバイクに乗る楽しさを知ってもらいたい』っていうホンダの遊び心や」


「だからなんや!俺様は忙しいんやぞ!早く早く早く!」


 クソガキが……本当に欲しいなら少しくらい話を聞け。


「登場以来、小さな車体に遊び心と笑顔を乗せて走り出したモンキーは50年も親しまれ続けている。こんな小さな車体で必死になって時代に合わせて走り続けて来た訳や」


「だから何や!高い高い高い!とっとと値引いて売れやぁ!」


 だから、黙って聞けと言うのに。


「でも、遊び心だけで道は走れたもんじゃ無い。この車体は現代の交通事情に合わせて排気量アップしたエンジンに吟味したスプロケット。調整したブレーキ……アップデートと整備済みや。オイル交換さえしていれば、当分の間新車と同じくらい壊れずに走り続けるやろう……」


 そんな俺の言葉を遮るようにガキが怒鳴る。怒鳴れば良いってもんじゃない。俺の耳はそこまで衰えていない。


「だから何や!高い高い高い高い高い!5万で十分やろ!早よ売れや!俺は今都の神子(みこ)様やぞ!」


 やれやれ、大事な事を言う前に喧しい。


「という事で、このゴリラは普通に乗って普通に月間300㎞を通勤・通学で使える様に鍛えてある。整備も完璧。だから値引きはせん。値段は15万円。びた一文まけるつもりはない。そして、お前に売る気も無い」


 まぁ最初っから今都者に売るつもりはないけどな。


「な……何やて!ヴぉくは今都の神子様!地上に降りた天使!のヴヲ(伸雄)ですゲヴォ(けど)!こんな小さなバイクを買ってあげようって言ってるんでぐゲヴォ!(ですけど!) 15万円なんて高い高い高い高い!」


 高い高いとうるさい。安けりゃいいならキットバイクを買え。新車で10万円だ。


「本田の遊び心を俺が鍛えた。それを5万やと?……口のきき方に気を付けろ小僧!」

「も……もこはろこはままろひ(僕はお子様なのに)ヴヴぇヴぇヴぇヴぇヴ(うえ~んえ~ん)


 最近のお子様、特に今都のガキは注意されたり叱られたり似なれていないのかすぐ泣く。のヴをとやらは泣きながら去っていった。つまらん時間を使ってしまった。アホを追い出して4人に店の奥から出る様に言ったら全員ビックリした様な顔をしていた。


「おっちゃん、お父さんと同じ怒り方する」

「そらそうや。同じ時代を生きた同級生やからな。おっさん等の頃はカミナリ親父が居たもんや」


 瑞樹ちゃんの親父は俺の同級生。やはり同じ叱られ方をしているのか。あいつは相変わらずだ。麗ちゃんも同じ様に驚いている。


「社長さんがおじさんに頭が上がらない訳が解りました」

「金一郎は俺の親父にも叱られてたんやぞ。親父と比べるとおっちゃんは優しいんやぞ」


俺の叱り方は前時代的だ。今の親と違うと思う。


「みんなは値段と価値が違う事は解るか? 値段が高いって事は価値が有るって事とは少し違うんや。値段が高くても価値の無い者は有るし、安くても価値がある物は有る。そこを見極めてほしいな」


     ◆     ◆     ◆


「『のヴを』?ああ、多分知ってる。ウチの生徒よ」


帰ってきたリツコさんに心当たりが有るか聞いたら思った通りの返事が返ってきた。


「妙な発音だと思ったから覚えてる。それに多分だけど、そいつに『オバサン』って言われた。こんな顔でこんな髪型じゃ無かった?」

「そう!そんな目でそんな髪型」


なかなか目立つ生徒らしい。


「そんな生徒が多いから来年度にバイク通学規定が変わるのよねぇ……」


詳しくは言ってくれなかったが来年度のバイク通学規定に変更が有るらしい。ウチの店に影響はないだろうとの事だった。






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