理恵・勝負を挑まれる…が①速人が吼える
フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等とは一切無関係です。
1年生の頃に上級生から今都~安曇河を走る競争を受けた理恵。それ以来少しだけ有名になってしまった。理恵は競走なんてしたくないし、そんな事をすれば大島からの『恐怖のお仕置き』が有るのでしたくない。
そんな理恵の想いは虚しく、2年になった今年も理恵は勝負を挑まれた。
「おい、湖岸のお猿。俺と勝負しろ。俺が勝ったらバイクをよこせ」
「お金持ちなんやろ?私から取るんや無うて自分で買いいな」
この手の輩は高嶋高校の近所に住んでいる奴が多い。この生徒の名は田屋勤。自称金持ちの嫌な奴だ。
昨年8月のホンダモンキーの生産終了以降、理恵が乗るゴリラも中古相場は高値安定中。何とか奪い取って転売して儲けようと思う輩は居る。
「嫌や言うてるやん。危ないもん」
「理恵ちゃん、相手にするだけで喜ぶから…行こう」
背を向けて歩き出す2人に田屋は罵声を浴びせ続ける。何と言われても理恵は反応しなかった。ところが最後の一言で事態が動いた。
「この腰抜け!」
「腰抜け…だと。ふざけるなっ!」
この一言に反応したのは理恵ではなかった。
「理恵ちゃんに勝負を挑む前に、僕に勝ってから物を言え!」
「速人!辞めて!辞めて!」
理恵は必死になって速人を止めようとしたが止める事が出来ない。
「誰か!誰か来て!」
必死で叫んでいると数名の男子が手助けしようと駆け寄ってきた。
「おい、本田!抑えろ!どうしたんや!抑えろっ!」
通りがかった亮二や同級生たちも必死になって止めるが速人の怒りは収まらない。
「謝れっ!理恵ちゃんに謝れっ!放せ!」
◆ ◆ ◆ ◆
「で、速人が喧嘩を買った訳か。後でお仕置きやな」
理恵から話を聞いた大島は呆れるやら情けないやら。あれほど『公道で競走はアカン』と言っていたのが伝わらなかったのかとガッカリした。今日来たのは理恵だけ。速人は亮二に連れられて帰ったらしい。
「でな、相手はKTM?何か外国の速そうなバイクなんやけど…あ、これや」
「RC125?!…逆立ちしても勝てんな。相手に謝って許してもらい」
バイク雑誌には53万円と出ている。少なくともウチの客じゃない。こんな高価な荷物が積めないバイクを通学や畑仕事に使うことは出来ない。そもそも自転車代わりの通学バイクに50万円以上の物を買うそいつの親が信じられない。
「負けるか逃げるかしたらバイクを相手に渡す事になってしもて…」
「で、いつにしょうも無い競争をするつもりや?」
「来週の土曜日。帰る時やから昼かな?」
「わかった。とりあえず今日は帰り」
時間はそこそこある。リツコさんと葛城さんに相談しておこう。
「速人によろしくな。グリグリはせんって言っといてな」
「うん、じゃあね」
◆ ◆ ◆
『帰りに寄ってください…速人の事で相談したい事が有ります』
メールを確認した葛城は大島サイクルへ寄る事にした。お腹が空いているし丁度良い。最近はラブラブな2人(と晶は思っているけど大島たちはそれなりの歳なので穏やかなもの)に遠慮していたが寄ってくれとメールが来たなら遠慮なく晩御飯を食べに行ける。誰かにご飯を作ってもらえるのは嬉しい事だ。
「でも、本田君の事で相談って何だろう」
晶の中で本田速人のイメージは理恵と一緒に居る温和な男の子といった印象だ。
「おじさん、こんばんは~」
「いらっしゃい。晶ちゃん、ウチの人がごめんね」
(ウチの人…か。すっかり奥さんだね)
「忙しいとこゴメンな。とりあえず飯を食いながら話そうか」
今夜のメニューは麻婆豆腐と大根サラダ。ワカメとモヤシの溶き卵スープ。
「今日は辛めやから。辛すぎると思ったら温泉卵も用意してあるしな」
「で、本田君の事で相談って何?」
大島から速人の話を聞いた晶とリツコは何となく納得した。
「多分だけど、本田君が怒ったのは…ね」
「おじさんには分からないかな?」
「?」
残念ながら大島には何が何やら分からなかった。
「ともかく、交通安全絡みは私の守備範囲。任せて」
「バイク通学は私が担当だから。KTMのRC125…あの子だね」
リツコは悪戯っ子の様にニシシと、晶は女神さえも惑わせる笑みを浮かべた。




