竹原・家庭訪問
フィクションです。登場する人物・団体地名・施設等は全て架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等とは一切関係がありません。
リツコが酔いつぶれたのを見て、帰ろうとした竹原でしたが……。
「竹原さん、男同士でちょっと話しませんか」
大島に引き止められて少し話をする事になりました。
リツコを布団に運んだ大島はコーヒーを淹れながら問い始めました。
「職場でリツコさんがどう過ごしているか教えてくれませんか」
こうなると先輩の家にお邪魔したと言うより家庭訪問です。幸いな事にリツコに疾しい過去は無いし、職場での浮いた噂や問題もありません。
「最近、少し地が出るようになりましたね」
「ほう、『地』ねぇ」
湯が沸き、カップに注がれました。キッチンにコーヒーの香りが広がります。
「砂糖とミルクはどうします?」
「両方たっぷりで」
竹原はコーヒーに砂糖とミルクを入れないと飲めない甘党です。
「先輩って、本当は可愛らしくて甘えたなんですよ。大好きだったお父さんを早くに亡くしているそうですし、お母さんが再婚して独り暮らしになったからか、妙に気を張ってたんじゃないかと。去年の冬辺りからかな? 妙に学生時代みたいな優しい表情をする様になったんですよ」
「なるほどなぁ。最初はキツイ女に見えたけど、気を張ってたんやな」
珈琲だけでは寂しいかと大島は棚から茶菓子を出して来ました。昔ながらの小さな袋に小分けされて入ったビスケットやクッキー、そしてチョコ。大島サイクルの客に出される者と同じ物です。
「まぁ、つまみながらどうぞ」
「どうも。この何ヶ月かは肩の力が抜けたんですかね、可愛くなって」
「そうか、もしかするとウチに下宿し始めた時辺りかな」
「多分そうです。毎日コンビニ弁当や購買のパンだったのがお弁当ですからね。周りはどう思っていたか知りませんけど僕はビックリですよ。『あの料理下手が手作り弁当……だと!』ってね」
弁当を持ち始めたのは酔って大暴れをしてからだ。
「あの弁当は俺が作ってるんですよ」
「でしょうね、先輩は料理が出来ませんからね。学生時代もそれが理由で賄い付きのバイトをしてたんですよ。なのに『男が出来て弁当を作る様になった』なんて噂になったんですよ」
「酔ってウチに泊まってからお弁当を頼まれましてね。で、下宿し始めて、私も男やもめで寂しくて、気が付けばこうなったんです。若い娘さんに悪いことした気がするんですけどね」
ポリポリと頭を掻きながら話す大島の顔は眉毛がハの字になっている。
「若くも無ければ悪くも無いですよ。先輩は年上好きですから。本人は気が付いてませんけど、お父さんを早くに亡くしたからかなぁ。同年代の男に声をかけられても「私に酒で勝負しよ♡」なんて言って尽く酔い潰してましたから。あれじゃ結婚なんて夢の夢ですよ」
すっかり打ち解けたのだろうか、竹原はリツコが聞いていたら本気で怒りそうなことを話しはじめた。
「バイクに乗ってるみたいな話になって、意気投合した相手のところへあんな大きなバイクで行って引かれたり、高速でブッ千切ったり。お転婆の塊ですよ。でもね、可愛い所もあるんですよ。暴れん坊な猫みたいですけど」
「まったくや、困ったニャンコやで」
「ニャンコですよねぇ、でも僕にとっては面倒見の良い先輩なんで、くれぐれも泣かす様な事はしないでください。この通りです」
テーブルに手を付いて頭を下げた竹原に対して大島も同じ様に頭を下げた。
「任せてください。命ある限り大事にします」
「よろしく」
そうこうしている間に時間は過ぎて「明日もありますからこの辺りで」と竹原は帰って行った。
◆ ◆ ◆
「ふにゅう……中さん、おはよ」
「うん、取りあえずパンツくらいは履こうか?」
翌朝、喉が渇いて早起きしたリツコは素っ裸で台所へ歩いて行ったところを注意された。
「シャワー浴びておいで、酒の臭いが凄いで」
「うん、朝ごはんは何?パン?」
「どっちでも行けるで。シャワーの間に支度しとくから」
「じゃあ、パン!ジャムも出しておいてね」
男達が話をしていた事を知らぬまま、今日も磯部リツコの一日が始まる……。




