なあ、おっちゃん?②自転車レース
フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等とは一切無関係です。
高嶋高校の昼休みは比較的自由な校風故か、中庭で弁当を食べたり、木陰でパンを齧ったりと生徒たちは思い思いの場所で友人や恋人たちと食事をする。
「大島のおっちゃんの頃に自転車レースが在ったって知ってる?」
「お母さんもそんな事言ってた気がする」
「何それ?」
父が大島の同級生の瑞樹が切り出した高嶋高校でブームとなった自転車レース。
四葉は母から聞いた事は有るが、大津から引っ越してきた麗と澄香は知らない。
「でも、何でそんな事を話題に出すん?」
「いや~、お父さんがバイク通学を怖がる理由が知りとうてな」
「瑞樹ちゃんのお父さんって過保護なの?」
「自転車やとしんどいやろなぁ」
実際は自転車以外では放任主義な瑞樹の父だが、自転車やバイクに関してだけは妙にうるさい。
「いっつも酔って『お父さんの同期が事故で~』って話するから、実際にどんな事をしてたんか知りとうなって、昨日聞いて来たんや。」
瑞樹は昨日大島から聞いた話を3人に聞かせた。
「…と、そんな感じでウチのお父さんと、西川先輩のお父さんの3人が走り出したんやって」
「ふ~ん、パシュートみたいやなぁ」
「それで?続きは何時聞くん?私も聞きたいわぁ」
「澄香ちゃん、ご飯は大丈夫?支度する時間、減らへん?」
独り暮らしの澄香を心配する3人だったが、
「大丈夫。あのオジサン、何かお土産くれはる」
案外図太い澄香であった。
◆ ◆ ◆
放課後、小さなバイク4台は連れだって国道161号バイパスを南下。大島の店へ来た。
「「「「こ~んに~ちは~」」」」
「いらっしゃい、今日は大勢やな…オイル交換の時期とは違うなぁ?」
思わぬ賑やかな来客に驚く大島。そんな事より4人が知りたいのは瑞樹の話の続きだ。
「なあ、おっちゃん。昨日の話の続きを教えて」
「それで4人も来たんか?まぁ飲みもんでも…サイダーでええか?」
グラスに注がれたサイダーが4人に出され、大島の昔話が始まった。
◆ ◆ ◆
3人でラインを組んだ俺達は、連戦連勝とは言えないが、そこそこ勝てるようになった。
「やっぱり交代で走ると速いな…今都~安曇河を25分を切れるな」
「単独やと必死のタイムが余裕で出せるもんな」
「プロのやる事には理由があるんやな」
『大中小トリオ』として徐々に名は売れていく。最初は半分遊びで走っていたのが
いつの間にか上級生に目を付けられ、金持ち今都のロードレーサーチームも勝負を仕掛けてきた。
普段から毎日20㎞を走って脚力が鍛えられた俺達でも自転車の性能の差をカバーすることは難しかった。
「自転車の性能差はカバー出来んよなぁ…」
「仮に脚力が同じやったら、あとは掛けた金の勝負か…」
「こっちはせいぜい5~6万、あっちは100万超えの自転車やからな…」
残念ながら出るのはスピードじゃなくてため息ばかり。
「出来る事って言ったら…空力か?」
「空力?3人並ぶ以外にか?どうやんの?」
「これや…スポークの所をカバーする皿みたいな奴」
週刊漫画誌の裏表紙に出ていた何とかディッシュを見つけた俺達は嬉々として
タイムトライアルをして効果を確認した。
「楽になると言えば楽になるな…」
「最高速伸びない…その代わりそこまでの到達時間は短縮できた」
「巡航速度も上がってるな…」
◆ ◆ ◆
「…と、まぁそんな感じに走り回ってたのがこの写真の頃やな」
「わぁ…お父さん、若い」
「おじさんも若い」
「禿げてない」
若い頃の写真だから当然とはいえ、写真に写った俺達『大中小トリオ』は若い。
「でも、競走するのにカゴは付いてる…」
「通学自転車やからな。通学で使えん様になったら不味かったからや」
実はカゴを外すと遅くなる。前カゴに乗せた鞄が上手くカウル状になって空気を逃がすのだ。
「それに、カゴを外すと親に叱られたからな…何処に鞄を乗せるんや!…てな」
そんな話をしている間に時間は過ぎて、子供は帰る時間になった。
「じゃあ、おっちゃん。また今度続きを教えてな~」
「澄香ちゃんは晩御飯を持って帰り。はい、重ね煮。解凍して食べや」
「うん、おじさんおおきに」
女子高生4人は各々の家路につき、代わりに元女子高生が我が家に帰って来た。
「あれ?中さん、ずいぶん賑やかだったみたいねぇ…」
「そうやな。少し昔話を披露してたからな…」
「ふう~ん、で、どんな話?私も聞きたいなぁ…」
この夜、俺は布団の中で愛しいリツコさんを腕枕しながら、再び同じ話をするのだった。
自転車は交通ルールを守って安全に乗りましょう。作者からのお願いです。




