中華なお猿②
フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等とは一切関係がありません。
モンキーとはホンダが生産していた小さなバイクの事だ。ゴリラはその派生車種。
「中ちゃんは、えらい可愛らしいバイクに乗ってるんやなぁ」
そんな風にご近所から言われながら若い頃から乗り続けている愛車、ホンダゴリラ。
「そうや、僕は可愛らしいのが好きでなぁ」
そんな周囲を笑顔にする可愛らしいバイクだったのに、時代は変わってしまったのだろう。
最近、買い物に乗って行ったらどこぞの知らん爺さんから声を掛けられた。
「これって高価なバイクやろ?いくらするんや?」
いつの頃からだろう。可愛らしい事や自分で弄って楽しめる事よりもオークションで高値で取引されている事を指摘されるようになった。時代は変わる。バイクも変わる。
最近、モンキーそっくりの海外製のバイクが売られている。正確に言えばモンキーをカスタムしたバイクにそっくりなバイク。純正と全く同じ形にすると問題が有るのだろう。サスペンションや細かな部分を換えて販売されている。値段はホンダ製の半分以下。ウチで出している中古車と同じくらいの値段で新車が買える。
「同じ形で安いんやったらそっちの方が良いやん」
そうかもしれない。品質はともかく、形が似た様な物ならそんな考え方も有るだろう。
ウチの店でもこの数年は新車のモンキーは売っていない。排気ガス規制でインジェクションになったモンキーは結局売れなかった。安くでモンキーが欲しければ中古。その中古の値段が上がれば…
「おっちゃん、どうしたん?ぼーっとして」
「おお、いらっしゃい」
(モンキーが買えんようになってカブで通学する子が増えたなぁ)
このお客さんは最初はモンキーを欲しがってたけど、予算の都合で諦めた子だ。
「オイル交換お願いします」
「ん、すぐやるわ。ちょっと待っててな~」
仕方なく…『仕方なくカブに乗る』なんて不適切発言かも知れない。安くで買えたスーパーカブも今では中古もタマ数が少なくなった。キャブレター時代のモデルは今ではクラシックなバイクとして価値が出てきて人気がある。
「エンジンは調子は良さそうやな。気になる所は無いか?」
「ん~っと、2速と3速が離れすぎかな?」
今のスーパーカブは丸目・テレスコピックフォーク・4速ミッションが標準装備。キャブレター時代のカブに無かったものや欲しかった装備が満載だ。俺がどんなに頑張って旧型カブを弄っても、メーカーが送り出した新型には敵わない。
「それは直らんわ」
「でも、これが良い」
若干の乗り辛さはあると思う。でもそれで良いなら触る必要はないと思う。
「そうか…じゃあ下手に触るのは止めておこう」
「うん。ところで、あのモンキーは売り物?おっちゃん、直すん?」
この何日か触る気になれず片隅に置いてあるキットバイク。この子の目にはどう映っているのだろう。
「いや、売り物と違う。しかもモンキーでもない」
「もしかして、今都の人が乗ってたキットバイクってやつ?」
御名答。最近のキットバイクは信頼性が向上していると聞くが、これは信頼性が向上する前の怪しいモデル。売り物にするつもりは無い。分解しようかなんて気も今の所出ない。
「そうや。壊れる事さえ楽しめる人限定のバイクやな」
今都の人が乗ってたバイク。つまり今は乗っていない訳だ。壊れたか飽きたかで手放してしまったのだろう。形が同じで安いから飛びついて、結局手放す。典型的な安物買いの銭失いだ。まぁ溢れるほど銭を持っている今都の者なら問題無いだろうが。
「これって壊れるんや…」
「そうや。最近のはマシみたいやけど、これは古いからなぁ」
壊れる壊れない以前に動かないのだから何ともならない。これの良い所は書類が付いている所…1000円で社外フレームを買ったと思えば安い。だけど錆は出てるから処理して溶接の怪しい所を直すと…それでも新品の社外フレームより安い。
「まぁボチボチと考えるわ」
◆ ◆ ◆
「ふ~ん、どうしてモンキーを放っておくのかな~と思ってたらそう言う事ね」
帰って速攻で風呂に入ってビールを呑むリツコさん。キットバイクの事は気が付いていたみたいだ。
「で、どう料理するの?」
「ん~どうしようかなぁ…アイデア有る?」
普段バイクを見ると『~したいなぁ』とムラムラした気持ちになるのだけれど、キットバイクにはそれが無い。見れば見るほどガッカリした気持ちにしかならない。
「まぁバイクはともかく、今日の料理はこれ」
「ミートボール?」
今日は鮭の缶詰で一品作ってみた。鮭缶と刻み玉ねぎを混ぜて片栗粉を繋ぎにして揚げ団子にしてみた。缶詰が賞味期限切れになりそうだったから作った。隠し味は生姜醤油を少し入れてある。
「ふむ…悪くない…缶詰めの塩気と玉ねぎの甘味が何とも…」
「どうかな?ケチャップなんかつけても良さそうやけど」
どれ、俺も一口…悪くない。悪くないけど鮭缶ってここまで手間をかける必要はないかも。
「私も1人の時は缶詰は良く食べたな~」
「どうやって?」
「まぁ…大概は醤油を一垂らしして…」
予想通りの答えが返ってきた。でもそんな所だと思う。シンプルなのが予想外に美味いのはバイクも一緒。手を加えすぎると本来の良さが無くなる。問題なのはあのポンコツに良さが見当たらない事だ。素材に問題が有るのだから手を加えても問題が残る。
「……」
「何?私の顔に何か付いてる?それとも惚れ直した?」
「可愛いなと思ってな…」
土台が良いから化粧をしても映える。あのポンコツを化粧直ししたくらいで美しくなるだろうか?
「鮭団子…美味しい♪リツコ感激!」
鮭団子を頬張りながらビールを呑む彼女を見ながらそう思うのだった。




