春休みが終わる
フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等とは一切無関係です。
今年の始業式は4月9日。高校生たちの休みも残る所数日だ。
今日も理恵はウチへ来て暇つぶし。速人とチェーンに油を刺したりオイルを点したりしている。
「今年は半泣きになって宿題を片付けてないんやな」
速人といつも一緒に居る理恵だが、今年は課題を無事に片付ける事が出来た様だ。
「うん。何か解らんけど片付いた。いつもより遊んでるくらいやのにな」
「お前等は仲が良いな…」
黙々と作業をする速人。そう言えば、3月に組み終わったエンジンはどうするんやろう?
「速人、あのエンジンはまだ積まんのか?バイクシーズンやぞ?」
「通学に使うのは勿体ないです。使うべき時に使います」
「そうか、わかった」
使うべき時がいつなのか、何に使うのかは言わない。速人はミステリアスな奴だ。
作業が終わったようだ。速人は借りた工具は必ず磨いて片付ける。感心な奴だ。
「さてと、これで新学期も安心して通学出来るね♪」
「そうだね。じゃあ行こっか。おっちゃんありがとう」
「おう、気を付けてな」
軽やかな排気音と共に若い二人は出掛けて行った。
「さぁてと…マグナのエンジンを何とかしようかいな…っと」
マグナのミッションはリターン式4速ミッションでカブ系ボールベアリングのケースに収まる珍しいもの。いろいろ考えたけど、今回は大幅なボアアップはせずに安上がりに出来る52㏄ボアアップシリンダーキットを組むことにした。これなら大幅にエンジンの振動は増えずにクランクケースも長持ちすると思う。ベアリングを交換してストックしておいたカブのクランクケースとキックスターターを流用して組み込み。オイルポンプだけカブ70・90用の大き目の物に替えておいた。なんでオイルポンプを2種類作ったのだろう。共用すればコストダウンできるのに。
集中して作業すると半日で組める。遠心クラッチで組もうかとも思ったけれど今回は手動クラッチで組んでみた。シフトも4速リターン。試運転をしてみたがカブに乗り慣れていると戸惑う。あと、俺は昔の怪我の後遺症のおかげで左足でかき上げる操作が辛い。まぁ俺が乗るわけじゃ無ければ大丈夫だろう。
看板代わりにと思っていたマグナだけど、外に出しておくとヤンチャな奴らが目を付ける。埃避けの布をかけておく。思ったより手間が掛からなかったので比較的安く売っても利益が出そうだ。10万円くらいか?
作業の合間に売約車の引き渡しをしたりもしている。何だかんだとバタバタしているうちに閉店の時間になった。
今日も電話には今都の番号の着信履歴が数件。リツコさんに言われてOKしたけど引取りはしない。1人で店を回しているのもあるが、やっぱり今都の奴等は嫌いだ。関わりたくない。
◆ ◆ ◆ ◆
いよいよ春休みは終わり。始業式に入学式、今年の私はバイク通学の担当も有るから忙しい。だから元気を付けるためにもしっかり食べなきゃ。そんな事を考えながらドアを開けるとパンチの効いた匂いがしてきた。
「ただいま。晩御飯は…ホルモン鍋?ガッツリね~」
「ホワイトデーのお肉が残ってたから。あの時リツコさんは少食やったしな」
新学期に備えてスタミナは付けたいところだけど…
「中さん、そんなに精を付けて私をどうするつもり?」
「リツコさん。精って言うけど…精って一体何かね?」
渋みタップリで言ったけど、本家本元のドラマでは『精』じゃ無くて『誠意』だ。最初は何を言っているかは解らなかったけど、最近やっとわかって来た。この辺りは見ているドラマの年代が違いから仕方が無い。13歳も差があると調べるのが大変だ。
「そのセリフはトラック運転手が主役の映画に出ていた役者さんが北海道を舞台にしたドラマに出た時の台詞ね。中さんはファンなの?」
「そうや。やくざ映画で狂気的な役をやっていた俳優さんが演じた二枚目半のトラック運転手の映画も好きやけど、北海道を舞台にしたドラマも好きで見てたからな」
お互いに台詞が長い。大人の事情や色々な事が絡んで固有名詞やドラマや映画の名前が出せないと会話が大変だ。この辺りは私や中さんの力ではどうしようもない。
「私も映画は好きよ。お父さんと見に行ったことが有るよ」
「リツコさんが好きなのはどんな映画?恋愛ものとか?」
お父さんの影響だろうか、私は正月にやっている様な映画が好きなのだ。
「嫁ラブで釣り好きな平社員が自分の会社の社長と知らずに釣りに誘って友達になるシリーズとかが好き」
「ああ、あの仲良し夫婦が夜になると『合体』な映画な、俺も好きやけど…」
「好きやけど?」
「映画の話は口が疲れる。ご飯にしよう」
散々長いセリフを言い合った後のホルモン鍋は顎が疲れたと記しておく。