大島・ちょっと元気が無い
フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等とは一切無関係です。
晴れた空・そよぐ風。桜の季節は終わった。傍若無人な今都町の観光客を乗せた市役所のバスの主な運航が近江八幡方面へシフトされると国道161号線は急に走りやすくなった。
(この季節が好きだなぁ~これで暴走族が出なけりゃもっと良いのに)
葛城が頑張っているものの高嶋市は広い。少ない予算と少数の交通機動隊では手が付け切れないといったところだ。少し前に廃刊された暴走族雑誌で紹介された事も有り、国道161号線は京都から福井へ抜ける暴走族のメッカとなっている。
(まぁ、通勤時間とは被らないけどね)
今日もリトルカブは絶好調。だが不調な者もいる。リトルカブとリツコの弁当を作った大島だ。
「……チューブを噛んだか?ゴメン。新品のチューブでやり直すわ」
「あら、珍しい」
せっかく新品のタイヤ・チューブで組んだのに空気が漏れる。タイヤをはめる時にタイヤレバーでチューブを噛んでしまったのだ。どうしようもない。やり直しである。
「中ちゃん、今日は仕事に身が入ってないなぁ」
「どうしたんえ?ボヤ~っとしてたら怪我するでぇ」
いつもならする事無い凡ミスをする大島を心配するベテランの奥様方。
「アカンわ、不調や。ちょっと一服やな」
「頑張り過ぎやで、昼も夜も…」
「蕨と薇持って来たし食べ」
「おおきに、天ぷらにするわ」
こんなに不調な中は珍しい。数人の奥様方が心配して差し入れを持って様子見に来た。
「奥さんと喧嘩でもした?オバチャンに話してみ」
「自転車とバイクは分からんけど夫婦関係やったらわかるで~」
厳密に言えば婚約中であってまだ結婚はしていないのだが、ここはベテランに相談するのが良いだろう。中は数日前に体調を崩したリツコを医師に見て貰った事、自身の生殖能力が皆無に等しい事、それでも奇跡が起きたと思っていたが結局リツコが妊娠してなかったことを奥様方に話した。
「それでガッカリしてな、仕事に集中できん訳や」
「まぁ慌てんでも良いんと違う?まだ籍も入れてないんやろ?」
順番から言えば籍を入れてからが正解だろう。
「まあそうやけんど、俺も40をとっくに過ぎてるしなぁ…」
「でも、おばちゃんは2人の時間を楽しむのも悪うないと思うで」
「私らの若い頃は『子供を産め』『跡継ぎを産め』ってな…」
◆ ◆ ◆
「……という事が在って、彼の元気が無いの」
「磯部先生だって若く見えても30歳ですからねぇ」
その手の経験に乏しいリツコは既婚の同僚に先日の出来事を相談した。
「赤ちゃん…私達には無理なのかなぁ」
「両〇が睾丸炎になったとすれば厳しい所でしょうねぇ」
実はリツコも妊娠の可能性は有ると思っていた。でも診断の結果は単なる胃の不調だった。
「でも磯部先生、2人の時間を過ごすのも悪くないと思いますよ。子供が出来ると『お父さん』『お母さん』になっちゃいますもん。何年かして子供が巣立ったとしても恋人同士に戻れないと思いますよ」
「あなたが言うと説得力があるね」
同僚は年下だがは数年前に結婚をして子供がいる。恋愛に関しても結婚に関してもリツコより経験豊富だ。
「それに『子供は?』なんて急かす姑が居ないんだから、急がなくって良いじゃないですか」
「もう少し2人でいるのも悪くないかな?」
リツコと中は2人きりで住んでいる。中の両親は亡くなっている。リツコは父が亡くなり母が海外に移住しているので子供を急かされることが無い。いざとなれば親子ほど年が離れた妹がいる。
「私なんか姑がうるさくて……」
どうやらリツコは地雷を踏んでしまったらしい。嫌になるほど愚痴を聞かされた。
◆ ◆ ◆
「……という訳で、昔は『男産め~』『跡継ぎ産め』って煩かったんやで」
ベテラン奥様方の話を聞けば聞くほど昔の女性は大変だったと思う。
「ウチは恋愛結婚やったけんど、それはそれは嫁に来てからいびられてなぁ」
「ウチは最初に生まれたのが娘やったさかいに大変やったわ」
「なるほどなぁ」
奥様方の時代は男尊女卑の古臭い考えの在った時代でもある。
『跡取りは婿養子を貰えばOK』なんて時代では無かったのだろう。
「そやさかいにな、2人で仲良しして過ごすのはおばちゃん等には羨ましいで」
「そうそう、料理を作ってくれて洗濯・掃除をしといてくれる旦那なんか夢の夢やで」
「う~ん、まぁ昔と今とでは考え方も環境も違うしなぁ」
「まぁ気にせんと仲良ししてたら自然と出来るし気にせんときや」
「でも声は気い付けてや。結構聞こえてるしな、ほなボチボチ帰るわ」
「え?聞こえてるん?」
「丸聞こえやでぇ~」
夜に仲良ししている声がご近所に聞こえていたらしい。
◆ ◆ ◆
ヴロロロ…カチャン…プスン…何となくリトルちゃんにも元気が無い気がする。
(私よりも中さんの方がショックなんだから、しっかりしなきゃ)
ペチペチと軽く頬を叩いて気合を入れてから玄関を開けた。
「ただ~いま。今日の晩御飯は何かな~?」
「おか~えり。今夜はガーリックステーキやで!」
胃の不調が回復したからだろう。私のお腹は猛烈に肉を求めてギュルリと大きな音を立てた。
「キンッキンに冷えたビールや力強い赤ワインも有るで」
「いやっほう!お肉~!」
(中さん…隠せてないよ)
本当は落ち込んでいる。元気な振りをしているのは御見通しだ。
(空元気でも元気。でも、それを言うのは野暮ってものだね)
だったら私も空元気に乗ろう。
「お腹空いた!ご飯!お肉!」
元気があれば何でも出来る。どこかのプロレスラーが言ってたけれど大事な事だと思う。
「でも、野菜も食べんとな、前菜はサラダやで」
モリモリ食べて元気を出して、ご飯の後は一緒に方付けて、一緒にお風呂に入った。
「同僚がね、2人の時間を大事にって言ってたの」
「俺も奥様方に同じ様なことを言われたで」
私と同じように中さんもご近所のオバサマ達の相談したんだって。
「舅・姑が居ると大変なんだって言ってた」
「らしいな、急かされて2人で仲良しする間もなく子供…どうなんやろう?」
「私たちはマイペースで行こうね。2人だけの時間を大切にしようね」
「ウエディングドレスも見たいしなぁ…」
今日あった出来事をお互いに話す。そう言えば一緒のお風呂って初めてかな?
「やっぱり男の人の背中って大きいね。晶ちゃんと全然違う」
「そうかな?自分では見られんから解らんけど」
(そう言えば、お父さんの背中も大きかったっけな…でも、ちょっと違う)
洗いっこしているうちに、すごく気分が盛り上がって来た…
「リツコさん、当ってるで」
「当ててるのよ」
ムラムラしてきた。襲ってしまおうっと。
「もう我慢できないっ♡」
「やん…リツコさん、ちょっと待って!ご近所にっ…」
私は野獣になった。多分、ニンニクが効いたんだと思う。
「良いではないか良いではないか」
「ちょっと待って!こ…」
次の日、中さんは近所の奥様に冷やかされたらしい。仲良くし過ぎた(笑)




