シーズン到来
フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等とは一切無関係です。
バイクシーズン到来…と言うか、実際に売れたのは3月中な訳で、4月に入ってからは登録してナンバーを付けるための書類仕事が多い。市役所の登録の窓口の対応はあまり良くない。何処からか異動で来たであろう職員の中に『で、ナンボくれるんえ?』なんて聞いてくる輩が居た。賄賂を渡して登録するような車体じゃないから丁重にお断りした。
別の方に問い詰めると何処かの支所では怪しい車体を登録する時はタバコ代的なお礼を渡して登録していると教えてくれた。残念ながら俺の店のバイクは疾しい所が無いので賄賂は渡さなくても登録出来た。
どうやら高嶋市も変わりつつあるらしい。安曇河町だった頃が懐かしい。
帰りに農協へ寄って自賠責保険の手続き。ウチでも保険は扱っているが、
自動車保険との絡みで農協を指定されることはよく有る。田舎の農協は強い。
ついでに買い物をしてから店へ戻った。
店に戻ってナンバープレートを取り付けて自賠責保険のシールを張り付ける。
本日の引き渡しは5台。今週はあと6台引き渡しがある。
「こんにちは~」
「はい、いらっしゃい。ちょっと待ってな~」
使い方を説明してオイル交換や無料点検の事も説明。初めて乗るバイクだから敷地内で少し練習してもらってから公道に出てもらう。試運転での笑顔は金に換えがたい価値が在る。もっとも、金を貰わなければ店が潰れてしまうけど。
次から次へと来るお客さんに説明を続けては練習運転をこなし続けるうちに夕暮れとなる。今年の春は少しだけスロースタートだ。高嶋高校のバイク通学規則が厳しくなったのが大きい。今までは免許取得自体は入学式前でもOKだったのが、今年度からは入学式後に申請受け付けになったからだ。入学式まであと数日。それまでバイクを買うのは遅生まれの生徒だ。春休み前に申請が通って新学期からバイク通学する新2年生だ。
先日仕上げたホッパー125改90は売約済みの札が掛かっている。
高値だったけど新入学の生徒が買ってくれた。代金の支払い済み。納車は月半ば。
登録はまとめてやったし、ナンバーも付けた。少し間が空いたから在庫の車体を仕上げる。知り合い経由で面白いバイクが入って来た。マグナ50だ。カブ系エンジンを積んだアメリカンタイプの原付。エンジンから異音が出ているのでオーバーホールは必須。ついでにセル始動しか出来ないのでキックスターターも取付けして中古で並べてみようと思う。
残念なことに、ウチはテレスコピックのフロントフォークを直す工具が無い。分解整備をしておきたいところだけど、オイル漏れはしていないので保留。あとは磨けば売り物になりそうだ。エンジンを降ろしてチェックする。
「ん~後ろの方からオイルが漏れて…るな…ケースか?」
残念な事にクランクケースに亀裂が走っている。亀裂からオイルが漏れて潤滑不良になったのかもしれない。だとすれば中のギヤもアウトだろうか。
マグナはドライブスプロケットの出力軸がオフセットされている。そのおかげでカブのエンジンをポン付けする事が出来ない。幸いなことにケース自体はほぼカブのセル付きと一緒なので中古のケースを使って直せる。
「クランクケース交換すると全部分解やから、ついでに弱点も直しておこう」
クランクケースはカブ90の物を使うことにした。少し肉厚で強いからだ。材質も何となく50用と違う気はするけれど、モンキーの強化クランクケースとして使われているくらいだから頑丈だろう。
「凸のあるメイン4速ギヤをモンキーのに換えたら90ケースに収まるんやな…」
速人とエンジンを組んだ時に発見した。マグナのミッションはカブ50のケースに入る。3・4速ギヤはモンキーのミッションに組める。ただし、4速メインギヤはモンキーの物に交換する必要がある。
(カウンターシャフトをカブ4速の物に換えたらモンキーにも使えるんかな…)
カブやモンキーのエンジンは車種によって細かな部品に違いが在る。
部品を組み合わせてメーカーの仕様に無い排気量・ミッション・クラッチの組み合わせが出来る。
ホンダ4miniの世界は取っ付き易くて奥が深い。
最近、純正部品の値上がりが激しい。そこでノーマルヘッド対応の社外ボアアップキットを使ってみようと思う。全部分解だからオイルポンプも強化品に交換して75㏄で組もう。75㏄となればクラッチ強化も必要だ。これはどうしよう?いっその事遠心クラッチでも面白いかもしれない。
メッキパーツが使われた車体は大きく見える。実際はそれほど大きく無いけど迫力がある。マグナ50は車体だけでも目を引く。看板代わりに丁度良い。
エンジンを降ろしてとりあえず休憩。コーヒーを飲んでホッと一息つく。
固定電話にメッセ-ジが入っていた。リツコさんに言われて今都の学生のバイクの整備を引き受けたけど、結局持って来る者は居ない。リツコさんも何も言わない所を見ると何か有ったのかもしれない。
休憩を終えてからはエンジンを分解。クランクケース左側は割れているので廃棄決定。使える部品を取り外して洗浄している間に閉店時間となった。
◆ ◆ ◆ ◆
中さんがパソコンで何か調べ物をしている。普段はサービスマニュアルを読んで調べているのに、インターネットの力を借りるという事は何か新しい事をしているって事だね。
「何調べてるの?」
「ん?マグナ50の弱点…あれ?眼鏡?リツコさん、眼は良かったな?」
パソコン仕事用の眼鏡だから度は入っていない。視力は裸眼で1.5。乱視も無いよ。
「目を保護する眼鏡よ。似合う?」
「似合うで。委員長さんみたいやな」
なるほど。委員長に見えるのか。じゃあ今度は制服も着てみよう。
「マグナ50?ああ、ハーレーみたいな恰好の奴ね」
私の学生時代にも乗ってた子は居た。値段が高かったから今都の子が乗ってたかな?
「で、弱点って何?変な壊れ方してたの?リコール?」
「クランクケースが割れてた。エンジンのマウントボルトの所が」
そんなトラブルは珍しいと思ったけど、珍しいからわざわざネットで調べているんだろう。中さんは知らない事は徹底的に調べる節がある。石橋を叩いて渡るってやつだね。
「同じフレームのJAZZは割れてるのが多いな…となるとアレは出来んな…」
「あれって何?」
「ストロークアップや。鼓動感があるエンジンを積んだらと思ったんやけんど…」
「思ったけど?」
「フレームとの相性が原因やったらボアアップに留めといた方が良いかも」
相性の良い物を組み合わせると作業がスムーズに進むとか、佇まいが違うんだって。何だか分かる様な分からない様な不思議な話だ。結局結論は先送り。今日は寝ることになった…
☆ ☆ ☆
夢を見た。女の子が泣いている。ずいぶん薄汚れた格好だ。
「どうしたんや?ずいぶん汚れてしもて」
「おじさん、助けて。まだ走りたいの…」
走りたいとはこれ如何に?
「私は走れるの…まだ走れるの…走りたいの…助けて…助けて…」
腕にすがりつく女の子…柔らかいな…俺にはリツコさんと言う大事な人が…
ここで目が覚めた。腕にまとわりついた柔らかな感触はリツコさんの物だ。
もう少しだけこの感触を楽しんで、今日も一日が始まる…