さんりんしゃ!
フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等とは一切無関係です。
ひょんな事から大島サイクルへ転がり込んだジャイロX。
一通りの整備に必要な部品は問屋に在庫が在り、何とか連休に入る前に店へ届けられた。ポンコツジャイロは連休中の大島が弄って遊ぶ良い玩具となった。それは良いのだが…
「中さんっ、かまって欲しいゾッと!」
「ん?ちょっと細かい所を触ってるから何かバイクに乗って遊んでて」
ジャイロばかりかまっている中。リツコはかまって欲しかった。
後から抱きついて胸を押し付けたり耳たぶを甘噛みしてたりしているのに
振り向いてもらえず少し不機嫌だ。
「え~私もかまってよ~」
「これが組めたら試運転してもらうから、ちょっと待ってて」
「仕方が無いなぁ」
倉庫には主を始め、数台のミニバイクがある。モトコンポ・スーパーカブ
その他旧めのスクーターが動く状態で保存されている。
リツコのお気に入りはモトコンポ。店の前で走るだけで楽しい気分になる。残念ながらナンバーが付いていないので道へは出られないが、『これは道を走るバイクと違う。危ない』と言われているので仕方ないかとも思う。真っ直ぐ走るだけで気を使う。右を向けば右に、左を向くと左に寄って行く。
倉庫の主であるホンダゴリラも絶好調。ファーストキスの後からは普通にエンジンがかかる。
「君は不思議な子だね~。私と中さんしか動かせないなんて」
敷地内で走るだけなので耳が出たヘルメットを被って試乗。エンジン音が良く聞こえる。
「ふんふんふ~ん♪」
パイロンを置いて8の字を書いたりグレーチングを一本橋の様に走ったりしていると軒先から2ストロークエンジンの乾いた排気音が聞こえ始めた。
ビン・ビン・ビン・ビン…
「リツコさ~ん、ちょっと試運転してくれる~?」
「は~い♪」
ホンダジャイロは見た目だけじゃ無くて操作も特殊だ。バイクとも自動車とも違う。
「走る時はこのロックを降ろしてな、自立はせんから止める時もロックを…」
◆ ◆ ◆
(あ、これなら大丈夫。うん、左右にバンク出来るからバイクと似てるね)
中さんに言われて3輪車の試乗をしているけど変な感触だ。右側が押されたり引かれたりする。ブレーキは良く効くのにエンジンブレーキ?スロットルのON・OFFで変な動きをする。
特にコーナリングで違和感を感じる。3輪だからかな?
「中さん、これってこんな乗り味なのかな?左右で癖が有るんだけど?」
「いや、変な感じやから外から見たかったんや。やっぱりアカンなぁ」
やっぱり壊れてるみたい。曲がるときに感じた変な動きは右側しか駆動していないからだって。
「急加速で右のタイヤだけ回ってる。左は全然駆動できてない」
「本当は両方回るんだっけ?」
中さんが説明してくれたけどデフ?要するに部品が弱ってるんだって。
「やっぱりサイドカバーを開けてデフ周りを見んとアカンな♪」
「直るの?こんなに癖が有ると売れてもすぐに返品だよ?」
私は二十歳だからそれほど色々なバイクは知らないけれどこれはチョット
※リツコは30歳。三十路です
「何とかなるやろう、でもその前に昼飯の準備をしよう。何食べたい?」
「ん~っと、パスタ!ケチャップ系で!」
「腹が減っては戦にならん。モリモリ食ってバリバリ遊ぼう」
「食べる~!遊ぶ~!」
お昼ご飯はスパゲッティミートソース。挽肉・玉ねぎ・砕いた柿ピーを塩コショウで炒めて、そこへ市販のソースを追加。そこにケチャップを入れて味を調えた中さんの特製ソース。
「柿ピーを入れたからかな?香ばしい」
「やろ?」
コンビニで買うパスタよりもノスタルジーを感じる懐かしい味がする。
「全部を作るんじゃなくって、市販のソースに一工夫するだけで美味しいんやで」
「一工夫どころじゃないと思う…」
私もお手伝いをした。麺が茹で上がる時間が来たら教えるだけだけど。
中さんは麺が茹で上がるまでの時間でキャベツを刻んで千切ったレタス・トマト・ツナ缶・缶詰のコーンをあえてサラダまで作ってしまった。この女子力は何なのだろう?女子を通り越してお母さんだ。
「ツナ缶とコーンを入れるだけで豪華な気分になるなぁ」
「私もお料理が作れると良いんだけど…」
私はお料理が苦手だ。だから私は中さんの胃袋を掴めない代わりに金(以下自粛)
「作れんでもかまわんで、その分、夜に食べさせてもらうから♪」
「言ったな!返り討ちにしてくれるわっ!」
(フッ……そっちの袋は掴かめたね…)
お昼ご飯を食べて2人で片付けてしばらく休憩。
「あのジャイロってどうするの?」
「そら、直して売るんと違う?バイク屋やもん」
「売っちゃうの?」
「ん~それで悩んでるんや。リツコさん、乗る?」
修理して売ればそれなりに儲かるんだろうけど、ヘンテコな3輪バイクが気に入っちゃった。
「なんか可愛いし、荷物も載るから手元に置いておきたいかなぁって…駄目?」
「それがな、売ろうかと思って部品を注文したら結構な金額になってなぁ」
中さんが見せてくれたのは部品屋さんからの請求書。
「げ、結構なお値段…中さんの手間賃を上乗せしたら売れないよね?」
「そうなんや。まさかここまで部品が値上がりしてるとは思わんかった」
パーツリストの値段から予想して頼んだ部品が想像以上に値上がりしてた。
「物によっては倍近い値段になってた…」
「一工夫して売るとかは?ミニカー登録とか」
「ミニカーするにはタイヤとホイール、さらにスペーサーも買わんとアカン」
エンジンの調子は良いけれど外見は良くない。外見を良くすれば売れるだろうけど、それをするには更にお金が掛かる。売れる様にすればするほど部品代がかかって高価になる。
「それになぁ、生産終了とか供給停止の部品が多いんや。次壊れたら直せんかもしれん」
「じゃあ、お客さんに売って壊れたらどうするの?」
前に中さんは『修理部品の調達が出来んバイクは売らん』って言ってた。
倉庫に何台か有るバイクは動くけれど部品調達が難しいバイクが多い。
どうしても直して欲しいってお客さんの為に部品取りとして置いてあるんだって。
「それでな、もうウチに置いといて俺のコレクションにしようかと思うんやけどな」
「賛成、私が乗っても良いよね?お嫁さんになるんだもんね」
エヘッ♡『お嫁さん』………良い響きだ。
「うん、俺のコレクションはリツコさんの物でもあるから全部乗って良い」
「カブにもゼファーにも乗る。中さんにも乗っちゃうぞ♪」
原付1種だから遠乗りはちょっと辛いかも。だけど近所でのお買い物には便利そう。
「さてと、リツコさんが冬にも乗れるように2WDに戻そうか」
「うん、でも冬にも乗れるの?」
「もともとオフロードバイクやからな、スタッドレスタイヤが有る」
「そうなの?」
ジャイロってスノータイヤの設定が有るんだって。2WDでスノータイヤなら雪道でも強いよね。
発売当初のテレビCMの動画をみたらオフロードで何たらな事を言ってた。
「チェーンも有るんやって、見た事無いけど」
「それで形式がTDなんてオフ車っぽいのが付いているんだ」
「さてと、ボチボチ作業を再開しますか」
「お~っ!」
私は見ているだけなんだけどね。
午後からはサイドカバーを外してプーリー・クラッチ周りの部品交換。
「そのダンボールは何?」
「ここに外したボルトを刺しとくんや」
サイドカバーの取付けボルトは1・2・3・4…10本以上ある。
「何処にどのボルトが付いてるか分からん様になるから」
スーパーカブやモンキーを鼻歌交じりで直す中さん。
「ん?先にブレーキやらタイヤも外さんとアカンのか?」
そんな彼だけど初めてのバイクは勝手が違うみたい。
「おおっと、このガスケットは昔のタイプやな」
「古いとか新しいで違いが在るの?」
「古い黒のガスケットは剥がしにくいんや」
「ふ~ん」
それでもプラスチックハンマーと真鍮棒で衝撃を与えているとカバーは外れた。
「わぁっ!真っ黒!真黒くろ…」
「それ以上は言うてはならん!」
大人の事情で私の台詞は遮られた。世の中って難しい。
小さな箒で中に溜まったベルトの粉を掃き出すと中はキレイになった。
「オイル漏れの形跡もないし、そのままベルトとローラーだけ変えるわ」
ベルトを外すのは普通のスクーターと変わらないんだって。
ユニバーサルプーラーだっけ?いろいろな工具を使って作業する中さんの後姿を私は見ていた。
「さてと、これからクラッチを外すんやけど…リツコさん、どうしたんや?」
「あ…ゴミが目に入ったかな?大丈夫だから続けて」
カバーとクランクケースの合わせ目にオイルストーンをかけて清掃と面出し。
黙々と作業をする後姿。私は父の姿を思い出していた。私を可愛がってくれていたお父さん。今の私を見たらなんて言うかなぁ…『おめでとう』って言ってくれるかなぁ…『しっかりしなさい』かな?
(お父さん、私は中さんのお嫁さんになります。天国から見守ってね…)
涙で景色が歪む。その間にも作業は進んでいるみたい。
「パーツリストによるとカブのクラッチのナットと同じ奴で付いてるんやな」
大きな背中。お父さんにしたみたいに凭れ掛って甘えたいけど我慢我慢。
「これが『デフクラッチ』か…えっと、万力で挟んでリングを取れば良いんやな」
「それが変な動きをする原因?壊れているようには見えないけど…」
「リツコさん、眼ぇ洗ってき」
「うん」
ゴミが目に入って泣いていると思われたみたい。違うんだけどなぁ。
洗面所で顔を洗って深呼吸。うん。落ち着いた。大丈夫。
洗面所で顔を洗って作業場に戻ると作業は進んで中さんはプーリーの中に入っているウェイトローラーを交換しようと悪戦苦闘していた。洗い油と格闘中。グリスがどうとか言ってる。ウェイトローラーの入る所がグリス漬けなんだって。
「昔の考えかも知らんけど、今は薄くグリスを塗るだけやから」
「それでいいの?元通りじゃなくて壊れない?」
30年の間に部品の耐久性が増して薄くグリスを塗るだけで良くなったのか、それとも耐久性を重視したのかは分からないけれどこれは品質過剰なんだって。
「あとは新品のベルトで組んで元通りに復元っと」
「ここでボルトを段ボールに刺したのが生きるのね」
サイドカバーのキックスターター関係のギヤ・シャフトも清掃・グリス塗布済み。
サイドカバーや細かな部品を取り付けてジャイロは完成した。
「じゃ、試運転してみようか。お願いできるかな?」
「うん、直ってると良いね」
「チョット曲がりにくいかもしれんから気を付けて」
「うん」
発進はバッチリ。敷地内しか走れないけど変速も大丈夫だと思う。
昔の2ストロークエンジンだからかな?妙にエンジンのパンチが在ってダイレクトなレスポンスが有る気がする。コーナーは…う~ん、こんなもんかな?発進でグイッと後ろから押し出される。減速では左右平均に後ろから引っ張られる。
「直ってると思うよ~これなら大丈夫♪」
「ふぅ…やれやれ、1日仕事…いや、丸1日遊べたなぁ」
ジャイロを直している間に夕方になってしまった。
「たまには外食でも行こうか?リツコさん、何か食べたい物はある?」
「私はぁ、中さんを食べたいなぁ…」
「ゴメン、2日連続は無理。弾切れ」
「弾?それとも玉?」
2日連続は却下された。晩御飯は国道沿いのレストランで食べた。
「なるほど、今度はこれを家で作ってみよう」
「もしかして新しいメニューの為の外食?」
「最近、晩御飯に何を作ろうか悩む事が多てな」
「中さんのご飯なら何でも良いんだけどな~」
『今晩、何か食べたい物は有る?』ってお母さんのセリフなんだけどな~。
私は献立以前に料理が作れない。中さんと食べる様になるまで晩御飯は焼きそばとラーメン・うどん・蕎麦のローテーションだった。もちろん基本的にカップ麺だ。
「一週間同じ物を食べることになっても良い?」
「それは嫌」
こうして丸一日かかって整備されたジャイロは中さんの新たなコレクションになった。
私のお買い物の足としても大活躍するように荷台にRVボックスを付けてもらった。
今日も中さんと一緒の布団で寝る。
「今日ね、中さんの背中を見てたらお父さんを思い出しちゃった」
「それで泣いてたんか?ゴミと違うたんやな」
「撫でれ…ギュッとして撫でれ…」
「よしよし…」
明日もお休み。作業をして疲れたのだろう。中さんはすぐに寝てしまった。
彼の寝顔を見ているうちに私も眠ってしまった。
この後、ジャイロXはリツコがホームセンターで少し嵩張る物を買いに行く足として使われることになった。