バイクは転生の道具じゃない
フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等とは一切無関係です。
今日も相棒のCB1300Pとパトロールに出る晶。
すっかり馴染んだ相棒との巡回は緊張の中にも心地よさが有る。だが、季節は春。暖かくなると変態や不審者が田舎町の高嶋市でも数多く出る。とくに今都町は不審者が多く、防災メールの『ナウ高嶋』は毎日の様に鳴り続ける。変態・不審者・火事・熊の出没を知らせる『ナウ高嶋』。8割は今都の情報だ。
(それよりも気を付けなきゃいけないのが来るからね…)
他の街の住民を見下して『頭がおかしい奴』と言う今都の住民。
(人に『頭がおかしい』って言う割におかしな事ばかりをするんだよね…)
暖かくなってからの今都ではライトノベルか何かを読んで『バイクに轢かれて転生』をしようとする者が絶えない。夢と現実の境界線が曖昧な今都の住民はライダーにとっては疫病神。轢けば免許が汚れる。避けて転べばバイクが壊れる。
(『転生できなくても慰謝料が捕れる』なんて言うんだよね~)
そんな事を考えながら今日も葛城は猟場へ着いた。今日の獲物はヴァヴィロンタウンの住民。整備不良や車両運送法違反の宝箱だ。成績を上げるのにちょうど良い。
陽気につられてか1台のバイクが爆音を立てて走り去って行く。
(ノーヘルで一旦停止を無視、どう見ても大型自動二輪なのにナンバーはピンク…)
パウ~ウ~
サイレンを鳴らして追走。停まる様子が無い。
「は~い、そこのバイク。道路の端に停まってくださ~い」
無視しているのか聞こえないのかはわからない。
(スピード違反・信号無視・横断者妨害…ちょっと酷いな)
老人の乗ったバイクは次々と違反を重ねて走り続けた。
◆ ◆ ◆
「リツコさん、これって葛城さんやな?」
朝ごはんを食べていたら新聞を持った中さんがテーブルへ来た。
「ほら、ここ」
「なになに…認知症暴走族?何だこりゃ?」
新聞には大破したオートバイと傍らに停まる白バイ。立ち姿で分かる。晶ちゃんだ。
「認知症で不正登録で無車検・無保険。単独事故で運転者が死亡」
「春になるとバイクに乗りたくなるからね」
「はい、食後のお茶」
「ありがと」
確かに春は天気も景色も良いからバイクが楽しいシーズンだ。でも、いくらなんでも無車検・無保険は駄目だと思う。お茶をすすりながら新聞に目を通す。その間に中さんはお弁当を詰めてくれている。
「白バイに追われた今都町在住の80歳男性ってある…晶ちゃん、責められるかな?」
「死んだのは今都の奴やからな、損害賠償とか慰謝料とか言うかもな」
亡くなった男性の歳が80歳?よく動かせたと感心する。認知症になると怪力になるお年寄りが居るって聞くけどその類かな?私が80歳になったらどうなってるんだろう?さすがにゼファーちゃんには乗ってないだろうな。
「葛城さんのことやから無茶な追跡とかはしてないと思うけんど」
「『も~!』って言いながら晩御飯食べに来るんじゃない?」
最近、晶ちゃんは遠慮しているみたいで以前みたいに来てくれない。
「話を聞きたいから呼んじゃおっかな?」
「仕事の事は話せんやろうけどなぁ。はい、お弁当」
お弁当を受け取って鞄へ仕舞う。カゴに鞄を入れられるカブって便利だと思う。
「晶ちゃんにメールするから、晩御飯は3人分用意しておいてね」
「OK。ガッツリ食べられる物にしておく」
「行ってきま~す♪」
「気ぃ付けてな」
今日もリトルちゃんは絶好調。春はバイクが気持ち良い。花粉症でなくて良かった。
◆ ◆ ◆
「さてと、今日もお仕事お仕事っと」
今日は格安で並べるスクーターの修理をする。正直な話、スクーターの修理は得意じゃない。何が嫌かと言えば、整備をするのにカウルを外さなければならない事だ。ウチの店に来るのは古めのスクーターだから樹脂部品が弱っている。下手に触ると爪は折れて修正に手間がかかる。新品に交換なんかしたら元が取れなくなる。最近は便利な補修材が有るけれど、やっぱり手間がかかる。
古いスクーターで動かなくなるのはキャブレターが詰まるのが殆ど。4ストロークに代わってからはバルブにカーボンが噛み込んで圧縮不良が多い。排気ガス規制が厳しい新し目の車種程カーボンが噛み込む気がする。排気ガス再循環装置の影響だろうか?排気ガスを吸気に回して燃焼温度を下げて有害ガスを減らすこのシステム。排気ガスは綺麗になるらしいがエンジンには良くない気がする。
幸い今回はキャブレター車ばかり。キャブクリーナーを吹いて詰まりを溶かして、オーバーホールキットでゴム部品や細かなパーツを換えてしまう。何度も開けたりするくらいなら一気にやった方が手間が掛からず調子が良くなる。
スクーターは手間がかかる。一日2台の商品化がやっとこさだ。やっぱり俺はカブが好き。スーパーカブよりもシンプルなモンキー・ゴリラはもっと好きだ。
エンジンをかけて敷地内で試運転をしていると高校生が歩いているのが見えた。
そろそろ高校生が帰ってくる時間。スクーターは片付けて一服する。
(腰が痛い…歳を取ったんやなぁ)
整備をする者にとって腰痛は職業病だ。風呂上りにリツコさんに揉んでもらおう
♪~♪~♪
メールが来た。リツコさんだ。なになに…
『晶ちゃんと帰ります。晩御飯よろしくね♡』
◆ ◆ ◆ ◆
ヴロロロロ…プスン
ポロロロロ…ストン
音質が違う2台のエンジン音。リツコさんが葛城さんを連れて来たんやな。
「ただいま~」
「こんばんは」
葛城さんの様子は普段通りだ。
「おかえり、新聞見たで。大変やったなぁ」
「いや~参りました。最近流行ってるんですかね?」
人差し指で頬をポリポリ掻くのは葛城さんが困っているサイン。
「お仕事で疲れたでしょ?先にお風呂に入って来たら?」
「晶ちゃん、一緒に入ろう。さっぱりしてからご飯にしよっ♪」
「今日は泊まっても良いですか?聞いてもらいたい事が有るんで」
もちろんOK。葛城さんも最初から泊まるつもりだったみたいで着替えを持って来ていた。
2人がお風呂に入っている間に食事の支度をする。今日はお好み焼きだ。
◆ ◆ ◆
ソースの焼けた匂いが食欲をそそる。リツコさんはビールを、葛城さんは檸檬酒をチビチビと呑みながらお好み焼きを頬ばっている。酔いが回ると葛城さんがポツポツと最近の困り事を話し始めた。
「異世界転生?なんやそれは?」
「違う世界で生まれ変わって人生をやり直す。小説で流行ってるのよ」
意味が分からず混乱した俺にリツコさんが説明してくれた。
最近流行のライトノベルで、バイクに乗って事故をしたり、バイクに轢かれて違う世界で生まれ変わる話が流行しているらしい。インターネット小説で『バイク・オートバイ』で調べると、そんな小説ばかりが出て来るとか。
「今都がほとんどだけど、バイクに飛び込む事件が多くって」
「今回の事故も異世界転生だったの?認知症って…ほら」
リツコさんが新聞を見せたけど葛城さんは首を横に振った。
「それも異世界転生目的の暴走。遺族の要望で…ね」
「失敗しても慰謝料が取れるからって飛び込む小中学生が多いんだって」
俺が高校生の頃の今都では猫や犬の死骸を自転車の前に放り投げられる事が有った。それで因縁をつけて金をせしめようと言う輩が居たものだ。時代は変わっても同じ様な事が有るんやな。
「まったく…最近の青少年はどうなってるんだか…」
「年寄りも大概よ。長生きして何を今まで見て来たのやら…」
「今都だけやと思うけどな」
バイクで轢かれて行くのは病院かあの世だと思う。轢かれて異世界に行く為の道具じゃない。
「同じバイクで行くんやったら異世界よりツーリングかな?」
「どうせ行くなら彼氏と行きた~い!」
「紹介しよっか?スポーツマンで男らしい年上なんてどう?」
ソースと焼ける匂いと共に会話は弾み酒はすすむ。賑やかに3人の夜は更けていくのだった。