ヘルメット
フィクションです。登場する人物・団体・地名・施設等は全て架空の存在です。
実在する人物・団体・地名・施設等とは一切無関係です。
自動二輪の教習は長袖・長ズボン。ズボンの場合は裾が搾れる物を着用が望ましい。そうでなければバンドで留めて巻き込まない様にする。肘当て・ひざ当ても有ると望ましい。
「肘当て・ひざ当ては借りても別に何とも思わんけどな」
「ヘルメットは嫌かな?髪に匂いが…」
「やっぱり臭い?」
瑞樹と四葉は毎回ヘルメットを借りて教習している。何年物か解らないヘルメットは消臭剤を吹き付けてくれているのは解るのだが他人の匂いはする。麗はお兄ちゃんのお下がりのヘルメットなので何ともない。
「もう我慢できない。お母さんに言うてお金を出してもらう」
「麗ちゃんは良いよね~お兄ちゃんに貰ったんでしょ?」
「うん、お兄ちゃんの後に乗せてもらってたから」
ヘルメットと言ってもピンからキリまである。ホームセンターに安い物は有る。ただし、安い物は安いなりに悪い所もあって、インナーを洗えないとか中のスポンジが粉になって落ちて来る物も有る。
「ATの教習では居なかったけど、MTの方は荒れてたよね?」
「うん『臭い』ってヘルメットを被るのを拒否した人と、コルク?木のヘルメットを持って来た人が教官に叱られてたよ。私の担当教官は優しい人だけど、人によって替えてるのかな?」
教習の最初の時間にバイクの免許を取りに来た理由を聞かれて『通学です』と答えたグループと『遊び』と答えたり真面目に答えなかった教習生のグループは担当教官が分けられている。前者は比較的スムースに免許を取れるが後者はなかなか免許が取れない。免許を必要とする者には取れる様に、遊びに使いたい者には厳しいシステムとなっている。
「お兄ちゃんが担当してるバイク屋さんに行ってみる?」
「麗ちゃんのお兄ちゃんって銀行屋さんだっけ?」
「行ってみようか?ホムセンのメットって可愛くないもん」
3人は教習所の送迎バスを降りて大島の店へ行く事にした。
◆ ◆ ◆
「ヘルメット?カタログが有るけど持って行くか?」
そんな大島の声は3人に届かない。3人の視線の先にあるのは少女漫画から出て来たようなイケメン・葛城晶である。残念ながらこのイケメンは女性に興味が無い。恋愛対象は男性なのだ。
「ヘルメットは大事だよ。女の子は顔を守らないとね」
「「「はい…♡」」」
3人とも目が♡になっている。だが、残念な事に葛城の恋愛対象は男性だ。
「私も追突事故に会ったけどヘルメットのおかげで顔は無傷だったからね」
「「「はい♡」」」
可愛らしい高校生3人を見ている晶は無意識のうちに『笑顔』を発動していた。
白い歯が『キラ~ン☆』と光る。晶が女性と知らない3人は魅了された。
※知っていても魅了される
おっさんが必死になって安全性や軽さについて語るより、イケメンの二言三言の方が効く。
「葛城さんは現役の白バイ隊員やから、言う事は聞いた方が良いで」
「違反をしたら検挙しちゃうぞ☆」
「「「はわわわわ…」」」
うっかりウインクしてしまった葛城。自分の魅力が未だによく解っていない。
カタログを貰った3人は家に帰って家族とヘルメットについて相談した。
麗は買い替えず、そのまま使う事になったのだが、2人は買う事になった。
四葉は『じゃあ、お金渡すから好きなのを買いなさい』と言われる程度だった。
瑞樹は結構大変だった。
「ええか、お父さんの同期で自転車で事故して大怪我をした奴が居てな…」
「もう~!何回その話をすんの!聞き飽きた!」
酔った父から何度も聞かされた昔話。今夜も話すところから察するに酷い事故だったらしい。
「普段やったら3人でラインを組んで走ってたのに、その日は用事でな…」
話し続ける父を無視して瑞樹は自室へ戻った。
◆ ◆ ◆
「で、『はわわわわ…』になったんや」
「晶ちゃん、『私は女の子』って言わなきゃ駄目よ?きちんと言った?」
「言って無い…」
夕方の出来事をリツコに話した晶は夕食が始まって早々に注意されていた。
「追突事故と言えば去年の6月やったな。あの時はおどろいた」
今都の老人が乗ったバイクが信号待ちの葛城さんに追突。葛城さんの愛車は廃車となり、ウチでカブを買ってくれてからのお付き合い。
「年々時間が過ぎるのが速ようなる気がするなぁ」
「そう?私はそんな気はしないけど」
「私も」
若い二人には分からない感覚の様だ。逆に俺の方が解らない感覚も有る。
「私は初めてヘルメットを買ったのがついこの前な気がする」
「晶ちゃん程じゃないけど、私もそんな気はする」
鶏の味付けを焼きながらそんな話をしているとあっという間に時間が過ぎる。
遅くなったので葛城さんには泊まってもらう事になった。布団はリツコさんの部屋に敷いた。
何やらキャーキャーと騒がしい声が聞こえる。
今日は俺一人で寝る。1人だと布団が広く感じた。