5-7 ヘイゼル エブニーザ エレノア アンゲル
同じころ、ヘイゼルはエブニーザをフランシスから引き離し、絵のある部屋に連れて行った。
「本物のエリ・クレマーシュだ」
かかっているのは女神アニタの絵である。紫色のドレスを着た女神アニタが、胸元で両手を重ねて、祈るように目を閉じている。
目を輝かせているエブニーザとは裏腹に、ヘイゼルは横目で白けた視線を送っていた。
「そんなに感激するもんかな?シュタイナーのところにもたくさんあっただろ?」
「そういう問題じゃありません」
「フランシスをここに入れるなよ、絵を引き裂かれるぞ」
「自分が暴れて破壊する、の間違いじゃないですか?」
「お前最近嫌味になってきたな」
「どうしていつもフランシスを怒らせるようなことを言うんですか?本当は好きでしょうがないくせに……」
ヘイゼルがすさまじい目でエブニーザを睨みつけた。
「……わかりましたよ。もう何も言いません」
「あいつが俺に変なことを言わせるんだ!」
「はいはいはい」
ヘイゼルは、そのあとずっと文句を言い続けたが、エブニーザは絵に夢中で真面目に聞いていなかった。
エブニーザが疲れて『やっと一人になれた……』と部屋でぐったりしていると、ドアをノックする音がした。エレノアだ。
「何ですか?」
エブニーザは露骨に嫌な顔をした。
エレノアはさっき聞いた『夢に出てくる女の子』の話が気になっていたのだが、どう言い出していいかわからず、
「夕食まで時間があるから、話をしない?」
とぎこちないお願いをした。
「アンゲルは?」
「どうしてそこにアンゲルが出てくるの?」
「だって……」
エブニーザは口ごもったがすぐに、
「そうだ、フランシスは?」
とまた聞き返してきた。
「そんなに私と話すのが嫌なの?」
「そういうわけじゃないですけど……」
エレノアは傷ついた顔で立ち去った。そこに運悪くアンゲルが通りがかったが、エレノアはアンゲルを無視して行ってしまった。
「お前、エレノアに何を話したんだ?あんな顔初めて見たぞ」
「何も話してません」
エブニーザは弱った顔でドアを閉めようとするが、アンゲルが無理矢理中に入った。
「ヘイゼルとフランシスがまたケンカしてるから、部屋から出ないほうがいい。俺もヘイゼルと話したくないから、かくまってくれ」
「エブニーザ!アンゲル!どこだ!!」
廊下の向こうから、ヘイゼルの怒鳴る声が聞こえてきた。
アンゲルはあわててエブニーザをつかむと、クローゼットに飛び込み、扉を閉めた。
部屋のドアが乱暴に開く音がして、足音がうろついたが、すぐに出て行った。
アンゲルは安堵のため息をついて、外に出ようとした。
しかし、クローゼットの扉が開かない。
「おい、何で開かないんだよ!?」
「騒ぐと見つかりますよ」
慌てているアンゲルとは対照的に、エブニーザは、暗い顔ですみっこに座りこんでいた。アンゲルが睨みつけると、
「いいじゃないですか。ここの方が静かだし。普通の部屋くらいの広さはありますよ」
「お前なあ……」クローゼットの中を見回す「確かに、寮の部屋と同じくらいの広さはあるな」
そこには服や荷物はなく、小さな木箱が一つ、奥に置かれていた。アンゲルが箱を開けると、そこには薬が大量に入っていた。
「何だこれ?」
「……これ、躁うつ病の薬ですよ」
エブニーザが錠剤を手にとってつぶやいた。
「え?」
「僕も処方されたことがあるんです。体質に合わなくて、ひどいめまいがしたので、すぐやめたんですが……」
「管轄区に医者なんかいるか?」
「シュタイナーには主治医がいるんです」
「シュタイナー?」
おかしい。
アンゲルは思った。
教会は、医学も心理学も認めていないし、医者なんてあの国にはいないはずなのに。
「それより……なんでこんなところに躁うつ病の薬なんかあるんだよ、しかも箱いっぱいに」
「僕に聞かれても分かりませんよ。ここはヘイゼルの……」
二人ははっとして顔を見合わせた。
「ヘイゼルが?」




