1-7 エレノア 女子寮の事務室
「もうだめ!あんな女とこれ以上一緒に暮らせない!」
女子寮の事務室、ある女生徒がそんなセリフを残して学校を去ろうとしているところに、エレノアが入ってきた。カウンターでわめいている女性の、ボリュームがありすぎてソフトクリームをさかさまにしたようになっている髪に驚きながら。
「ひどいヒステリーなの!!怒鳴りつける、物を投げる……きのうも私のフェイスクリームのビンを投げたんですよ!ロンハルトからの輸入品ですっごく高かったのに!フランシスって、何がきっかけで怒りだすか全然わからないんです。一緒にいると疲れて気が変になりそう……」
そんなソフトクリーム頭の話を聞きながら、エレノアは『困った人ってどこにでもいるのね』と思っていた。
彼女は両親と世界中を旅していたので、やっかいな人間には山ほど会っていた。演奏中にけちをつけて壇上に上がってきたり、曲芸や手品の種明かしをして『こんなのは子供騙しだ!』と文句をつけてきたり……。
ソフトクリーム頭が泣きながら出て行ったあと、エレノアがカウンターに近づくと、事務の女性が不自然なほどにこやかな笑いを浮かべて、
「ようこそ。ちょうど部屋が空いた所ですわ」
と、妙にうきうきした発音で言った。
エレノアも笑ったが、なんだか嫌な予感がした。
「あなたはとてもラッキーよ。この寮で一番格式の高い家のお嬢様と一緒よ」
「格式の高い?」
自由主義の国らしくない表現だなあとエレノアは思った。
「ええ。イシュハ名家のご令嬢よ。こんなことめったにあるものじゃないのよ!この国で2番目に資産のある家ですよ。財界や政界にも関係者がたくさんいらっしゃるの。このお嬢様と知り合えたら、あなたの世界もぐっと広がりますよ!」
事務の声がどんどん大げさに、早口に、甲高くなっていく。
エレノアは逆にどんどん心配になってきた。
「私、そんな偉い人とは合わないと思うけど……両親は二人とも芸人ですし」
「いいのいいの!そんなことこのイシュハでは誰も気にしないわ。自由国家ですからね」
事務員が押し付けるように書類を差し出した。
……じゃあなんで『ご令嬢』とか、『ラッキー』とか言うの?
矛盾を感じたが、エレノアはだまって微笑みながら、手続きを済ませた。