4-15 アンゲル ヘイゼル 辞書の話
ドアの外では、アンゲルが乱れた髪(数本ヘイゼルに抜かれた)に手をやりながら、怒鳴り散らしていた。
「お前の家の辞書をよこせ!全部書き直してやる!常識的に!」
「無理だ。さんざん探したが出てこなかった」
ヘイゼルがまじめに困った顔をして両手をひらひらさせた。
「は?」アンゲルはこの反応に困惑した「探した?」
「探したさ。家政婦も使用人も総動員でな。でも、どこにもないんだ。シュッティファントの広大かつ利用者のほとんどいない書庫もひととおり探したが、それらしきものは発見できなかった。台所も倉庫も全て、しまってあるものを全部出して捜索したのだが……」
「おいおいおい、待て」アンゲルがあわててヘイゼルの話を止めた「ほんとに辞書を探したのか?本気で見つかると思ったのか?それともただの冗談か?」
「冗談なもんか。小さいころから親父が、俺が何かするたびに『シュッティファントの辞書にはそんなこと書いてない』とか言いながら怒ったのだぞ?普通、どこかにあるに決まってると思うだろ?実物を読んで確かめなければ気が済まないだろ?」
「……ヘイゼル」
アンゲルは、自分でも驚くほど低い声を出していた。
「何かな?」
「それは……ただの例えだぁぁぁ!!!!」アンゲルが両手を震わせながら甲高い声で叫んだ「本気で辞書を探すバカがどこにいるんだよ!あるわけないだろうが!」
ヘイゼルもこの叫び声には驚いたらしい、目を丸くして、体を少々後ろに引いた。
興奮しすぎて、しばらく肩を上下させながら荒い息をしていたアンゲルだが、
「……なあ、それ、ただ親父に嫌がらせしたかっただけじゃないのか?」
ふと、思いついたことを質問すると、
「違う違う。あんなくそ真面目な男に嫌がらせなんてしたって、無反応で面白くもなんともないだろ?嫌がらせというものは、エンジェル氏のように、リアクションの大きい人間に行ってこそ意味のあるものなのだぞ?」
ヘイゼルが白い歯を見せて、目を半月型にしてニヤリと笑った。心の底から、人をからかうのを楽しんでいる顔だ。
アンゲルは、手元のものを、テーブルごと投げつけてやりたい衝動に駆られたが、必死で抑えた。相手と同じレベルに下がるのは嫌だったからだ。
「わかった、これからは何でも無反応で対応してやる」
「まあまあ、そう怒るなよ」ヘイゼルが調子のいい笑いを浮かべて、アンゲルの顔の前で手を振った「どこかに辞書があるに違いないと思ってだな、一週間みんなで館中を駆け巡って探したぞ。家中の家具という家具を全部移動して探したのだが、結局何も見つからなかった。もとに戻すのに苦労したよ。ちょっとした天災だったな」
「天災じゃなくて人災だろ!100%確実に人災だろぉ!!」
「まあまあ、落ちつきたまえ……ああ、でも、もしかしたら親父の書斎にあるのかもしれん。書斎は探せなかった。あそこは親父と、巨乳の秘書しか入れないからな」
アンゲルは呆れて何も言えなくなった。そして、そんな間抜けな捜索に付き合わされたシュッティファントの使用人たちを、心から哀れに思った。
辞書をほんとに探すなんて、単純なのかアホなのか、わからないな……・




