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アンゲルとエレノア  作者: 水島素良
第四章

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4-3 エレノア リハーサル

 エレノアは今まで、旅芸人の親と共に、数か月おきに違う街を回る生活をしていた。そのせいか、何カ月も同じアルターの同じ学校で、同じ人間と毎日顔を合わせる……という生活に、なかなかなじめなかった。

 人を避けて、一人で行動したいと思うのだが、フランシスはかまってあげないと機嫌が悪くなるし、姫君クーが一緒について来ると『近寄るな!』とは言いにくい。

 音楽科の帰り道に、できるだけ、通ったことのない道を選んだり、道のない林や藪の中を通ってみたり、変化をつけようとしているのだが、それくらいでは倦怠感をぬぐえそうになかった。

 ブースの中で一人で歌っている時が、一番気楽で、楽しい。

 でも、練習を終えてブースを出たとたん、音楽科の生徒たちの、敵意に満ちた視線を感じる……。

 エブニーザはあいかわらず気になる。

 でも、向こうがエレノアを気にしている様子は全くない。

 そもそも何にも興味がなさそうだ。

 そして、アンゲルはいつも同じカフェの同じ場所にいる……。

 お金がないと言いながら、ほぼ毎日カフェにいる。

 なぜだろう?

 やはり自分を待っているのだろうか?

 エレノアは、図書館のカフェの前を通るたびに、アンゲルに声をかけようか迷う。かけるときもあるし、かけないこともある。

 せっかくアルターの学校に来たのに、知り合った友人がみな、とてもうっとおしく思えることがあった。

 もともと優しい性格のエレノアは、そんな自分が理解できずに戸惑っていた。

 そういえば、父と母はどうして、ずっと一緒にいられるんだろう?

 何十年も、同じ誰かと一緒にいる、ということが、急に不思議なことに思えた。

 両親、曲芸師で、猛獣使い。

 全くけんかなんかしない二人。

 どちらも芸人だからだろうか、なんでも笑い飛ばして芸のネタにしてしまう。

 そんなことより、フェスティバルは明日なんだから……。

 エレノアが今向かっているのは、フェスティバルのリハーサル会場だ。この日のためだけに組み立てられた特設ステージで、音響や舞台装置の担当者が動き回っているのが、遠くからでも見える。 

 上の席に、フランシスらしき白いドレスの女性が見えた。

 たしか、双眼鏡で上から見るって言っていた……。

「あー来た来た!こっちこっち」

 演出担当者がエレノアを見つけて、両手を大きく振った。

 他の出演者であろう、楽器や譜面台を持った学生が何人も集まっていたが、やはり、エレノアを見る目つきは冷ややかだ。

 順番に歌って、マイクや楽器の音量、バランスを調整する。

 エレノアは最後に歌うので、他の出演者の歌や演奏をひととおり聞いたのだが、やはり選考を通過しただけあって、みんなプロの水準に近い演奏だった。

 できる人は、いくらでもいるのよね、世の中には……。

 ぼんやり考えているうちに順番が回ってきて、エレノアが歌いはじめた。

 あれ?

 音が小さい?

 エレノアはマイクを口元に近づけたが、何も変わらない。

 異変に気付いたのはエレノアだけでなかった。

「おい、マイクの電源入ってないぞ!」

 運営が機械担当に向かって叫んだ。

「ちゃんとつながってますよ」

 機械担当と、歌い終わった何人かの学生が、意地悪くにやにやしていた。

 遠くの席で、フランシスがその様子をじっと見守っていた。

 ……何?機械の故障?運営ってそんなにお粗末なわけ?


 そのころ、裏口からこっそり入ってきたケンタ・タナカは、ステージにつながっているケーブルのまわりに、見覚えのある先輩が何人か集まっているのを発見した。

「ざまあみろって」

 全員、ニヤニヤとあくどい笑いを浮かべている。

 足元のケーブルは、引き裂かれていて、中の線がくにゃくにゃと曲がり広がっていた。

 いじめも、ここまでくると犯罪だなぁ。

 ケンタは、呆れながらその場をあとにして、遠くからエレノアを観察する。明らかに困っている様子だ。

 ……マイク、直らないの?

 しばらく歌っていたら直るのではないかと、エレノアは期待していたのだが、いっこうに電源が入る気配がない。

 ……仕方ないわ!!

 エレノアは、発声の仕方を変えた。

 歌には合わないが、オペラのような奥からの発声で、ありったけ大声を張り上げた。

 訓練を積んでいないと、絶対に出せない響き。

 エレノアの声は、会場全体に届いた。

 ケーブルを切っただけで安心していた先輩たちは、ぞっとした顔で、ステージの上のエレノアを凝視していた。

 フランシスはにやけながら手元の用紙に『エレノアの声はマイクなしでも、大きな会場の最後列まで届きます』と書きこむ。

 そこには『新人オーディション、エントリーシート』と書いてある。

「マイク、いらないんじゃない?」

 運営が話しているのが、歌っているエレノアにも聞こえた。

「すっげえ~」

 会場の隅で、ケンタが、驚愕と歓喜の顔でステージのエレノアを見ていた。

 その後ろに、いつもエレノアのあとをつけ回している男もいるのだが、ケンタは気付いていないようだ。



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