4-1 エレノア フランシス クー セカンドヴィラ
フェスティバルが近づいてきた。
エレノアは、自分の持っているステージ衣装をすべて取り出して、窓辺に並べた。
古いものばかりで、中には、100年戦争時代のドレスまで混じっている。旅芸人をしながら集めたものだ。
そんな古いドレスの中からステージ衣装を選ぼうとしているエレノアを、フランシスはしばらく、珍しいものを見るような目で観察していたのだが、エレノアがその中でも一番古そうな衣装に手を出したとたん、
「そんな古臭いの着ないでよ!」
と、お得意の甲高い声で叫んだ。
「でもこれ、すごく由緒正しい衣装なのよ。有名な舞台女優がエルッコ・シデクラの舞台のためにわざわざ作ったもので、今では使われていないレースが……」
「だめ!」
フランシスは、エレノアの手から『由緒正しい衣装』をひったくった。
「そんな古臭い舞台とフェスティバルを一緒にしないでちょうだい!私があんたを推薦したんですからね!変なものを着てもらっちゃ困るのよ!」
フランシスは、壁にかけてあった帽子を、エレノアに向かって投げつけた。
「出かけるわよ!支度しなさい!」
有無を言わさない命令口調だ。
「どこに?」
「セカンドヴィラ!!」
フランシスが軍隊のような口調で『イシュハのファッション・キャピタル』の名前を叫んだ。
「ちゃんとしたデザイナーに作ってもらうわよ!」
「えっ?」
「早く着替えろ!!」
いきりたつフランシス。エレノアがあわてて着替えている間に、フランシスはクーに電話したらしい。女子寮を出ると、黒塗りの車が止まっていて、後部座席からクーが笑顔で手を振っているのが見えた。
「セカンドヴィラなんて久しぶりだわぁ」
クーはうきうきした様子だ。
どうやら、エレノアのためというよりは、自分が行きたいだけらしい。
こうしてエレノアは、半ば誘拐されるように、北の街セカンドヴィラに連行された。
セカンドヴィラは『ファッション・キャピタル』の名前の通り、大きな通りのほとんどが有名デザイナーのショップや工房で埋め尽くされている。歩く人々もモデルのように華やかに着飾っていて、日常がファッションショーのようだ。
エレノアは、前にもこの町に来たことがあったが、旅芸人の両親と一緒で、買い物をするお金は持っていなかったため、店のほうを見たのは今日が初めてだった。
「あの神殿のあたりだけ覚えているけど……」
「ああ、あれはずっと前からあるわね」フランシスが興味なさそうな声で言った「他の店は常に入れ替わってるし、建物もすぐに変わるから」
「町の景色も文化財産なんだけど、イシュハ人ってそういうこと考えないのよね」
「そんなつまんない話はやめてちょうだい、クー」
フランシスのお気に入りだという、どこかで聞いた名前のデザイナーの店の前で、車は止まった。
それから、自身もモデルなのではないかと思うほど美しいデザイナーに迎えられ、エレノアのためのドレスは新調された。
ドレスはあまりにも美しく、エレノアははじめて自分の姿にうっとりした。
「あんたって、クーより姫君に見えるわよ。その格好だと」
フランシスが苦笑いする。ただ、また大きな帽子をかぶろうとしてクーに、
「そんなのかぶったら、せっかくの美しい顔が見えないでしょ」
と、飾りのついた、王族がかぶるような小さいものを勧められた。
そんなふうにして衣装が決まり、今までにましてやる気になったエレノアは、必死で曲作りと練習に励んだ。
しかし、音楽科の生徒たちは、あいかわらずエレノアをよく思っていないようだ。
楽典の授業の最中に、消しゴムを小さくちぎったものがたくさん飛んできた。
廊下では、誰かに足をかけられて転んだ。
建物を出ると、誰かがくすくす笑っている声が妙に気に障り……エレノアは落ち込んでいた。
そして、肝心の歌のレッスンも大変だ。
ケッチャノッポ先生が、相変わらず変人ぶりを発揮して、
「もっと情熱を!歓喜を!」
と叫びながら、曲芸師ばりのジャンプや回転を披露して、エレノアを混乱させるのだ。
疲れる……。
ブースで練習をした帰りに図書館の前を通ると、カフェにアンゲルがいた。
沈んでいる様子なので、どうしたのか聞いてみると、
「エブニーザとけんかしてね」
と、力ない答えが返ってきた。
「どうして?」
エレノアは驚いた。ヘイゼルならともかく、アンゲルは、そんなに簡単に人とけんかをするようには見えないからだ。
「いやー、説明しにくいんだけど、あいつの意見というか、見かたというか、それが変だって言ったら、部屋にこもって口をきいてくれなくなった」
「そう」
エレノアはフェスティバルの話をした。みんなに良く思われていないのに、いきなりメインの歌姫になったのがプレッシャーだと話すと、
「そんなの、実力で認めさせればいいだろ?妬む奴なんか気にするな」強い口調でそう言うと、アンゲルは笑った「いやがらせするほど暇だなんて、どうせ大した奴らじゃない」
アンゲルの不思議な所はここだ。強そうなことを言ってもきつく感じない。押しつけるような感じが一切しない。
なぜだろう?
女子寮に帰ると、クーが遊びに来ていた。
エレノアが『みんなに嫉妬されてる』と話すと、
「大丈夫よ、あなたなら」
クーがエレノアの背中を撫でながら、どこか、うっとりするような微笑みを浮かべて、エレノアの目を覗きこんだ。
エレノアはその瞳の深さと、微笑みに現れたあまりの愛しげな色に、どぎまぎして頬を赤く染めた。
本当にこの子は姫君なんだ!やっぱり普通の人とは何かが違う!
「本当にかわいいのね、エレノア」
クーが耳元でささやいたので、ぞわぞわとした感触と共に、エレノアの顔がますます真っ赤になった。
「からかうのやめなさいよ。姫君の悪い癖ね」
フランシスが面白がっているように、カラカラと独特の笑い声をあげた。




