3-19 アンゲル バイト先
アルターの学生たちは金銭的に余裕があるのか、やたらに買い物をしたりライブに出かけたりと金遣いが荒い。アンゲルはアルバイトでギリギリの生活をしているので、そんなイシュハ人たちと同じ行動はできず、かといって、管轄区の生徒とは全く気が合わず、学校とバイト以外に行き場がなくなっていた。
ある日、バイト先のレストランに配達にやってくる食料品店の店員が、
「あれ、お前、この前学校にいなかった?」
と話しかけてきた。
この店員、ロハンは、同じ学校の『安いほうの寮』の住人だそうだ。アンゲルはその寮に遊びに行くことになった。
開いている部屋があったら、移してもらえないか頼んでみよう……。
そんなことを期待して行った古臭い建物には、残念ながら、空いている部屋はなかった。
ロハンの部屋に入ると、ドアの前にいきなりベッドが二つ置いてあって、両サイドの壁際に本棚と机があった。同じ部屋を二人で共有する造りになっているらしい。
冷房がなく、蒸し暑い。汗がだらだらと流れる。窓を開けても風が入って来ない。
どちらの本棚も、教科書や難しい専門書で埋め尽くされていて、雑誌やコミックなどは一切見当たらなかった。
「イシュハ人でも真面目な奴いるんだなあ」
「ああ、同室のノレーシュ人が怖いくらい勉強家だから、負けてられないんだよね」
「へえ……」
そういうルームメイトならいいなあ。お互いに成長できて。
こっちはティッシュファントムと……半病人だもんなあ。やっかいなだけだなあ……。
うらやみつつも話を聞いてみると、ロハンはイシュハ人だが『あまりにも貧乏で、父親が刑務所にいて、母はアル中なので』特例でこの『移民の寮』に入ったという。
「いいのは成績だけだ。おかげで助かったけどね」
「俺だってこっちに入りたかったのに、高い寮に三人押し込められて、しかもティッシュお化けと一緒なんだぞ」
「ティッシュお化け?」
「本名は、えーと、なんだったっけ、シュッティファント?」
ロハンは『シュッティファント』という単語に露骨に嫌悪感を示した。
「あいつらが好きな奴なんているもんか。国の金をどんどん吸い取りやがって」
「そうなの?」
「そうさ!」ロハンが、抗議文でも読み上げるように叫んだ「あいつらがいなかったら、俺たちの暮らしはもっと楽になっているはずなんだ!」
「ふうん……」
どういう仕組みでそういうことになるのか、アンゲルはよくわからなかったが、今まで会ってきたイシュハ人の態度から、おそらくロハンの今の言葉が、イシュハ人の一般的な『シュッティファント』の解釈なのだろうと考え、あえて反論はしなかった。
同じ学校の生徒がみんな、趣味やパーティや車に金を使っているのを見て、苦々しい思いをしていた二人は、
「あいつらおかしいんだよ」
「金を使うために学校があるわけじゃねえんだよ」
「俺たちは真面目に勉強してんだよ」
「しかも働いて税金取られてるんだぞ!」
「そうなの?」
「勝手に引かれてるよ。明細見てみろよ」
「知らなかったあああああ!!」
「何にでも金がかかりすぎるんだよなこの国は」
「遊んでる奴はろくな人生送れねえぞ!」
と変なことで意気投合し、夜遅くまで語り合ってしまった。
しかし、帰り際、アンゲルは、ロハンの部屋の隅に、飲んではいけないアルコールの空き瓶がたくさんあることに気がついた。
難しそうな本がたくさん並び、不思議なほどきちんと片付いている部屋と、その空き瓶の群れは、妙なコントラストを作り出していた。
気になったが、ロハンに『お前が飲んだのか!?』と尋ねることはできなかった。




