1-4 ヘイゼル エブニーザ シュタイナーの館
「僕はここから出たくない」
シュタイナー邸の図書資料室。
端正な顔の少年がテーブルの下にもぐりこんで震えている。ほとんど真っ白に近い灰色の目は不安げに瞬きを繰り返し、両手は美しいブロンドの髪をぐしゃぐしゃと引っかき回している。
誰が見ても、病的に神経質だとわかる動きだ。
「なーにを今頃わけのわからんことを言ってるんだ!?」ヘイゼルはエブニーザの肩をつかみ、勢いよく彼をテーブルの下から引きずり出した。机の本が床に落ちた「お前が言ってたんだろうが!エブニーザ!学校に行ってる自分が見えたってよ!」
「確かに見えましたけど」エブニーザは震えながら目を見開いている「そんなの、ずっと先の事だと思って……急すぎますよ。来週?せめてもう一年くらい」
「アホ!お前の年じゃもう学校に行くのが当たり前なんだよ!(俺は例外だ。イシュハのバカ学校が性に合わなかったんでな!)一年も遅れを取ってたまるか」
「無理ですよ……たくさん人がいるところに入っていくなんて」
エブニーザがまた机の下にもぐろうとしたので、ヘイゼルが足で彼の前をふさいだ。
「無理もくそもあるか!もう決まったんだ!」ヘイゼルはせせら笑うような笑みを浮かべた「シュタイナーもその気だ」
「えっ」
エブニーザの顔から一気に血の気が引いた。今にも死んでしまいそうだ。
「ここにいたらお前のためにならないから、学校に行って才能を生かせってよ」
明らかなる嘘であるが、ヘイゼルはこういう策略が大好きである。
「で、でも、そんなこと」
「前から言ってるだろうが、早めにシュタイナー爺さんのところからは出たほうがいいってな」
「確かに言っていたような気がしますけど、それは、僕がもっとまともになったらの話で」
「安心しろ!お前がまともになる日なんか一生来ない!」
ヘイゼルが裁判所の判決文を読み上げるように宣言した。
エブニーザは凍りついたように動きが止まってしまった。
「……ここにずっといたら、の話だよ。そんなに動揺するなよ」
エブニーザがあまりにもショックを受けたようだったので、ヘイゼルはあわてて優しく付け足した。
「それに、いつもお前が夢に見てるあの女の子、いるだろ?」
エブニーザの目がぱっと輝いた。顔色はまだ最悪だったが。
「お前がまともになって、少なくとも生活できるくらいの収入がないと、彼女を助けられないぞ?そのためにも学校で勉強しろよ。才能は活かすもんだろ?」
「それは……」ためらいつつも心が動いたようだ「そう、かも、しれません、ね」
「そうそう。それじゃ俺、学校と家に電話すっから」
「えっ?」
呆然と床に座り込んでいるエブニーザに背を向けて、ヘイゼルは部屋の隅に置かれている、金色の装飾が細かく入った年代物の受話器を取った。
そして彼はまず両親に『エブニーザと同室じゃないと学校に戻ってやらないぞ!』と脅しの電話をかけ、アルターの学校の事務に『部屋を一つおさえろ!シュッティファント様のご帰還だ!』とやはり脅し(いや、本人は普通の事務連絡のつもりだったのだが)の言葉を贈ったのだった。