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アンゲルとエレノア  作者: 水島素良
第三章

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3-7 アンゲル シギ

 そのころ、アンゲルは心理学実習の授業で、『自ら精神分析とカウンセリングを受ける』ことになった。

 まず自分がカウンセリングや精神分析を『受けて』自分を理解してから勉強に入ろうということらしいのだが、これで引っかかってしまった。

 自分のことを話すのがこんなに苦痛だとは!

 悩んでいることも考えていることもたくさんあるのだが、いざ『カウンセラー』なる人物を目の前にすると、何を話せばいいのか分からなくなるのだ。しかも、

『親子関係とか、人間関係とか、価値観の違いについて話してみては』

 と言われてまた悩みだしてしまった。女神信仰の深い地域で育ったため『価値観の違い』と言われても上手く答えられないのだ。

 管轄区ではみんな、同じような価値観で生きていた……。

 俺には自分がないのか?

 そもそも、宗教に違和感を持っていることをここで話してしまっていいのだろうか?

 疲れた顔で帰ると、エブニーザが待っていて、何か話したそうにこちらを見ていた。

「何?」

「聞きたいことがあるんですけど……」

 アンゲルは機嫌が悪かったので、エブニーザを無視してソファーに倒れ込んだ。

「自分の部屋に行ってくれ」

 そうつぶやくと、エブニーザは黙って自分の部屋に戻り、ドアをそーっと閉めた。

 電話が視界に入り、エレノアにかけようかと思ったが、そんなことを考えている自分にまたウンザリして、教科書をかかえて悩み始めた。

 心理学なんて専攻するのが間違いだったのか?

 しばらく横になってぼんやりし、ウトウトし始めたころ、突然ドアが開き、身なりの上品な、しかしどこか冷たい印象の学生が入ってきた。

 見覚えがあるな……そうだ、前ヘイゼルとサッカーをした時に参加してきた奴だ。

「俺はシギ・クォンタンで、このまえサッカーをしたもう一人のデブがエボン」

 シギは、平坦な口調で自己紹介した。

「おまえはどうしてあんなにサッカーが上手い?」

 話し方が堅いなあと思いながらも、管轄区のチームに入っていたと答えると、

「管轄区?見えないな」

 と驚かれた。相手が何を想像したか何となく見当がついたアンゲルは、

「『管轄区=気持ち悪い』だと思ってるだろ」

 と聞くと、

「その通りだ」

 と即答された。

 アンゲルが苦々しい顔をすると、

「ヘイゼルと同室は大変そうだな」

 とシギが、同情しているような、呆れているような顔をした。

 シギとエボンの部屋にも、先日急に3人目が入ってきたそうだ。

「寝室足りないだろ?どうしてるんだよ」

「俺とエボンは同じ部屋を使ってる」

「それは……嫌だなあ」

「ヘイゼルだったら俺もお断りだ。エボンはパシリだから存在感がない。いてもいなくても大して変わらない」

 平然と言うシギに、アンゲルは『こいつ、ヘイゼルと同じ性格だな』と苦笑いした。

「ヘイゼルの友達?」

「友達と言えばそうだし、競合相手と見なせば敵とも言える」

 あいかわらず平坦な、抑揚の全くない口調だ。

「敵?」

「商売相手という意味だ。家同士が」

「あ、そう」

 なんだか嫌な友情だなあ、それ。

 アンゲルはぼんやり考えた。

「ヘイゼルは、利用できる人間としか仲良くしない。だから、おまえが何者なのか気になってここにきた」

「嫌な奴だなあ、本当に」

 アンゲルがそうつぶやいたが、シギはそんなことは一向に気にしない様子で

「サッカーチームに入らないか?」

 と言った。

 チーム。

 アンゲルの胸が高鳴った。

 入りたい。またボールを蹴りたい。

 アルターの学校で活躍できたら、本当にプロチーム入りも夢じゃない!

「入りたいけど」声が震えた「勉強しなきゃいけないし、バイトしないと生活できないんだよ」

 シギは特に説得しようともせず、

「サッカー場が開いている時にまた勝負しよう」

 と言って出て行った。

 アンゲルは勉強しようと思って教科書を取り出したが、全く集中できなかった。

 イシュハのサッカーチーム。

 きっと、管轄区とはレベルが違うだろう。

 でも実力を試してみたい。

 勝てる自信はある。

 でも、俺はここに勉強しに来たんだよな?




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