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アンゲルとエレノア  作者: 水島素良
第二章 

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2-17 アンゲル ヘイゼル エブニーザ

 夕方。

 ヘイゼルがソファーにふんぞりかえって、延々と話(ほとんど悪口)をしている。

 アンゲルは何気なく時計を見て驚いた。

 すげえ、もう2時間も一人でしゃべり続けてる!

「とにかくあいつらは最悪なんだ。何でも人のせいにするくせに自分じゃなにもしない。そのくせ、人の努力を台無しにするような事件を起こすんだからな、そいつは……」

「ヘイゼル」

 アンゲルは控えめな、低い声で話に割り込んだ。

「何かな?」

「一時間前に話した内容を覚えてるか?」

「そんな昔の事は忘れたな」

 平然とそんなことを言われたので、アンゲルが呆れていると、隣のエブニーザが、

「昼の一時にやってきて、夕方の六時まで延々としゃべってたことがありますよ」

 と言いながら苦笑いした。

「シュタイナーの屋敷は退屈なんだよ!他にやることがないんだ!」ヘイゼルが叫んだ「そんなことはいいさ、それより、そいつはヴァントールのボールを盗んで、選手の名前を消して自分の名前を入れたんだ」

「ヴァントールのボール!?」

 アンゲルが叫んだ。

「ヴァントールのボールって何ですか?」

「えっ?」

「はあ?」

 アンゲルとヘイゼルは同時に驚きの声を上げたが、エブニーザは不思議な顔をしている。

「なんでお前知らないんだよ!」

 アンゲルが驚いて、説明を始めた。

 プロサッカーの一部リークに所属する一流の選手だけが、ヴァントール社から『名前入りボール』をもらえるのだ。このボールは一流の選手の証、つまり、世界中のサッカー少年のあこがれなのである。

「スポーツは好きじゃないんです」エブニーザが不愉快そうにつぶやいた「ただでさえ世界中争いだらけなのに、わざわざ予算をかけて争う理由がわからない」

 不愉快そうな顔で立ちあがって、自分の部屋に戻っていくエブニーザを見ながら、

「だからあいつには友達ができないんだな」

 とヘイゼルがつぶやいた。

 そのあと『運動場の芝生でサッカーをしよう』とヘイゼルが言いだし、二人はボールを持って部屋を飛び出した。

 二人を見かけた他の学生も参加して、ちょっとした交流戦が始まる。アンゲルはほぼ一人で数人のイシュハ人学生の攻撃をかわし、楽々とシュートした。

 管轄区のフォワードをなめるなよ!

 アンゲルは有頂天になり、管轄区の暗い信仰のことも、屋根の事も妹の事も、バイトの事も、エレノアの事もすっかり忘れていた。小さいころから、サッカーはアンゲルにとってただの遊びではなく、自分の存在が証明できる特技であり、唯一の心の慰めだった。サッカーボールはいわば友達だ。自分を裏切ることが絶対にない、おそらく唯一の。

 見物していた学生たちが『あいつすげえ』『何者?』と口々に叫びはじめた。ヘイゼルとその一味は、やられればやられるほどむきになってアンゲルを追いかけ回したが、追いついたところでボールを奪うことができなかった。

 シュートが決まる。歓声が上がる。調子に乗ったアンゲルがとびあがって喜ぶと、ヘイゼルがタックルを食らわせた。ブーイングが聞こえてきた。

 図書館に向かう途中のエブニーザが、遠くからその様子を見てしばらく立ち止まっていたが、辛そうな顔で視線をそらして歩き出した。

 僕はあの中に入っていけない……。

 そこにエレノアが通りがかった。

「アンゲルがヘイゼル軍と闘ってますよ」

 エブニーザが通りすがりに、寂しげに笑いかけて立ち去っていく。

 エレノアはその顔が気にかかり、

「何かあったの?」

 と後を追いかけたが、

「追いかける人を間違ってます!」

 エブニーザがふりかえって険しい顔で叫んだので、立ち止まった。

 間違ってる?どういうこと?

 エレノアはショックを受けた。こんなに真っ向から拒絶されたのは初めてだ。

 そして、遠ざかっていく後ろ姿を見つめながら気がついた。


 今まで、男に追いかけられて困ったことは何度もある。

 でも、自分が誰かを追いかけたくなったのは初めてだ……と。



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