2-16 エレノア フランシス 女子寮の部屋
エレノアがギターの弦を張り替えていると、フランシスが、
「この石鹸、何?いい香りね」
と言いながら近づいてきた。
「うちの母が作ってるの。カモミールよ」エレノアはギターをテーブルに置いて、フランシスに笑いかけた「母の故郷の街では、カモミールが雑草みたいに一面に生えてるんですって」
「そうなの?イシュハではけっこう高いのに……使っていい?」
「いいわよ。気に入ったらもっと送ってもらうから。いつも作りすぎて荷物になって困ってるの。旅芸人だから荷物は最小限にしなきゃいけないのに。父がよく『お前は石鹸売りじゃないだろ!そんなに作ってどうする!』って怒ってるの」
「親が何か作ってるところなんて、私、見たことないわ」
「食事は……あ、そっか、料理人がいるわよね」
「そうよ」
フランシスは手に持った石鹸を眺めながら無表情で答えた。
「掃除も人を雇ってる?」
「当り前よ」
「当り前なのかあ……」
かなり違う世界の人間なんだなあとエレノアは思う。
しかしフランシスは、
「あなたは自由でいいわね」
とつぶやいた。
「自由?」
「家にも国家にも、何にも縛られてない」フランシスはエレノアに背を向けて歩き出した「なんでもできるし、どこにでも行ける、誰にも邪魔されることがない……」
フランシスはひとり言のようにそんなことを言いながら、自分の部屋に戻って行った。
一人残されたエレノアは考え込む。
私が自由?単に居場所がないだけじゃない?どこの国のコミュニティにも入れないし、イシュハ国籍を持っているのにイシュハ人にも見えないし……。寮を出たくてもお金がないし……。




